JAVADA情報マガジン7月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】
◆2012年7月号◆
これからのキャリア戦略について考える
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング プリンシパル吉田 寿 氏 《プロフィール》 |
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◆キャリア論ブーム?
一定の問題意識を持って仕事を続けながら社会人大学院で学ぶ彼らにとっては、これからのキャリアをどう考えるべきかは、自身にとっても一大事であり、重大事であることだろう。だから、組織におけるキャリアについて客観的に捉えられる術を身につけたいと考えるのも無理はない。そういえば、講義を担当し始めた初年度のいちばん最初の授業の際に、自分のこれからのキャリアについて、真摯に相談を持ちかけてきた学生がいたことを、今でもよく覚えている。 仕事に携わるすべての人にとっても、キャリアをどうすべきかは切実かつ深遠なテーマである。少なくとも何らかの「戦略性」をもって対処すべき課題であることは事実だ。
◆想定外の変化に対処するしかし、最近よく指摘されるのは、将来を想定して一定のキャリアを描くことは、あまり意味がなくなってきたということである。それを如実に教えてくれたのは、昨年の3.11東日本大震災だったかもしれない。これに追い討ちをかけるように発生した原発事故も加わって、「想定外」という言葉が一時期頻繁に飛び交った。もっと大きな視点で捉えると、われわれは人類史上稀に見る歴史的な大転換期に立たされているともいえる。昨日の延長が今日であり、今日の延長が明日であるような、連続性をもった発想で日常生活や自分の仕事を考えることができなくなってきているのだ。 かつて経済大国といわれた日本も、少子高齢・人口減少社会が現実のものとなり、GDP(国内総生産)規模では世界第2位の座をすでに中国に明け渡している。これからの縮小経済を前提として、多くの日本企業は、成長余力の高い新興国を中心にグローバル展開を強力に推進し始めている。世界で闘える人材かどうかが厳しく問われている一方で、日本人の「内向き志向」が取り沙汰され、競争を忌避する世代が社会人となってくるタイミングに差しかかって、その対応が課題視されているという現実がある。 これまで日本企業のお家芸と見なされていた「モノづくり」の世界でも、高い技術力や品質への執拗なこだわりが仇をなし、リプレイス型技術の普及やデジタル化・モジュール化への対応の遅れなどによって、顧客が真に求める独創的な製品が生み出せず、アップルやサムスンの後塵を拝して、世界市場で劣勢を余儀なくされているのが実情である。 このような状況下では、これまでのような将来を見越した予定調和型のキャリア展望が通用しなくなってしまったと言っても、確かに言い過ぎではないだろう。
◆確たるキャリア・ビジョンを描くしかし、だからといって、これまでのキャリア開発の手法がまったく使い物にならなくなったということではない。たとえ想定外の変化が待ち受けていようとも、自身がこだわりを持つ確固たるキャリア・ビジョンは必要とされる。場合によっては、"機を見て敏"なキャリア・シフトの必要性が生じたとしても、確たる自分のキャリア軸を確立しておくことは重要だ。これを示せば、例えば図表1のようになる。 かつてエドガー・シャイン1が指摘したように、自分自身のキャリアの出発点に潜む「キャリア・アンカー」については、十分認識すべきだろう。キャリア・アンカーとは、個人がキャリア選択をする場合にこだわりを持つ価値観や欲求のことだが、自分のキャリアに対する考え方にブレない軸を持つことは、これからのキャリア戦略にとっては特に重要な意味を持つ。もし仮に、まだ自分自身に不動の軸が定まっていないなら、まずはキャリアの軸探しから始めなければならないだろう。 このキャリア・アンカーを起点としてキャリア・デザインを考え、自分にとって望ましいと考えられるキャリアについて、仮説を立てて検証するという一連のキャリア行動を何度も実践するなかで、自分らしい、自分に合ったキャリアに巡り会えるまで、この仮説検証行動を何度も繰り返すことになる。もちろん、自分の会社が置かれている経営環境や、自分の職場あるいは仕事を取り巻く環境が変われば、時には機を見て敏なキャリア・シフトやキャリア・チェンジが必要になる場合もあるだろう。 ポイントは、足元の変化を敏感に察知して、それに即応したキャリア行動が取れるか否かということである。状況によっては、現在の仕事の中身を進化させたり高度化させたりする必要が出てくるだろう。場合によっては、新規領域の開拓が求められてくるかもしれない。そのような局面に立たされたときに、その変化にしなやかに対応できるかどうかである。 つまり、よりよいキャリアを考えるということは、よりよい人生を考えるということに他ならないのだ。
◆職業人生におけるVSOPモデルより良いキャリアを送るということは、より良い人生を送ること。そう定義した場合に、とても参考になる考え方があるのでご紹介しておこう。 これは、新将命2氏がご自身の著書『リーダーの教科書』(ランダムハウス講談社)のなかで触れられているモデルである。新氏によれば、職業人生や仕事人生は、各年代で4つに区分される。それは、図表2に示すように、ブランデーの高級品種になぞらえて「VSOP」の4つの頭文字で表現される。 まず20代はV(Vitality;活力)である。つまり、20代はとにかく体力が充実している年代だから、筆者の経験からしても確かにそうであったが、ときには馬車馬のように働ける。またこの年代は、とかく試行錯誤はつきものなので、多少の失敗は恐れずがむしゃらに頑張れる。そうすることで、後の年代で活きてくる仕事の基本や基礎が身についてくる。この年代は、30代以降に向けた仕事力の充電の時期でもある。 次に30代はS(Speciality;専門性)。つまり、自分にとっての専門性を確立する時期である。20代に基礎固めができていれば、それを土台として自分の得意技を自身の強みに転化させる。特定の専門分野で自信がつき、仕事も充実してくる時期でもあるだろう。30代には、自分の拠って立つ専門性の軸を確立しておきたいところだ。 これを受けて、40代はO(Originality;独自性)。つまり、自分ならではの境地に達する時期である。自分の仕事の核となる専門性の上で「自分らしさ」を表現できると、他人と比べても競争優位を維持できる蓋然性が高くなる。 そして50代はP(Personality;人間力)。結局のところ、相手が「誰に仕事を依頼するか」や「誰と一緒に仕事がしたいか」という選択に対する意思決定をする場合には、仕事を依頼される当該本人の人間力に依存するケースが多い。これは、仕事人として生きてきた本人の全人格の勝負ということになってくる。人間力を磨いていくためにも、不断からの継続的な努力は重要となる。 最近では、60歳超の働き方も十分視野に入れるべき時代となってきた。だから、これからの時代には、このVSOPモデルにさらに1つ別の要素を加える必要があるかもしれない。その場合の要素とは何だろうか? 職業人生の約40年を経て、仕事力や人間力を極め、人生を極めれば、その後についてくるものは、もう1つのP(Philosophy;哲学)であるかもしれない。仕事に携わる者はすべて、職業人生の集大成として60代においては自身の哲学が持てるよう、日々研鑽に努めるということである。 それでも、長い職業人生のなかでは予期せぬ事態が発生するものだ。その場合にどうすべきかについては、次回のテーマとしたい。
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