JAVADA情報マガジン キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2012年5月号

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高齢者のキャリアと人事管理

学習院大学 経済学部 教授 今野 浩一郎 氏 《プロフィール

求められる企業と社員の覚悟

学習院大学 経済学部 教授 今野 浩一郎 氏人事管理を「高齢者が働き続けることのできる社会」に適合した形に再編しなければならない。こうした思いから、最近、高齢者のキャリアと人事管理について考えることが多い。

懐かしいハッピー・リタイヤメントという表現は、キャリアの頂点に達したビジネスパーソンが定年を機に静かに頂点から降りていくという響きがある。セカンドキャリアはハッピー・リタイヤメントほど古臭くはないが、セカンドという以上は本丸のファーストがあるので、これにも本丸のキャリアを終えたあとに残されたキャリアという響きがある。

しかし高齢者をとりまく環境はハッピー・リタイヤメントやセカンドキャリアを許さない時代を迎えており、企業は高齢者を戦力として雇い続ける覚悟が、社員は高齢者になっても戦力として働き続ける覚悟が求められている。

戦力として期待するのは定年前の現役社員であり、高齢者は政府の政策に従わざるを得ないから引き続き雇用する。こうした福祉的雇用ともいえる方針を前提にした人事管理では、これからの事態には対応できない。高齢者が少数であれば福祉的雇用でもどうにかなるが、これからは雇用しなければならない高齢者が急増するからである。

同じように社員にも、現役として働くのは定年まで、それ以降は「おまけ」の職業人生という考え方は許されない。年金支給開始年齢が伸びること、企業が福祉的就労を許さなくなるであろうことを考えれば、65歳あるいは70歳までは現役で働くことを覚悟して、職業人生を考えなければならない時代である。

 

「のぼる」キャリアからの転換

それでは、高齢者の人事管理はどうあるべきか。何もできない新人として入社し、経験を積み重ね職業人として成長しながら、上位のポジションを目指して働く。こうした「のぼる」キャリアを目標にすることは、社員が能力を高め、意欲をもって仕事に取り組むうえでの基盤である。しかも定年制度が「のぼる」キャリアの頂上で現役から離れるための制度であるためで、社員は「のぼる」ことしか知らない人材として形成され、人事管理はそれを前提に作られているのである。

しかし、定年後も働き続けることになれば、職業人生の最後まで「のぼる」を続けることは難しく、職業人生のある時点で、キャリア形成の方向を切りかえねばならない。ところが、「のぼる」ことしか知らない社員にとって、この切りかえは苦しい選択だろう。

高齢者の処遇で難しいのは管理職の経験者であるといわれるが、それは彼ら(彼女ら)が「のぼる」キャリアの成功者であり、「のぼる」キャリアに強くこだわってきた社員群であるからである。それにもかかわらず、社員が「のぼる」は継続するとのキャリア観を変えない限り、高齢者のための新しい人事管理を構築することは難しい。

 

「キャリア転換定年制」の勧め

そうなると、高齢者になるかなり前にキャリアの方向を切りかえる(あるいは、その準備をする)ことが必要になり、そのためのキャリア転換定年制を整備する意義は大きい。この制度を企業と社員が覚悟をもって受け入れれば、その後は意外に道が開けると思う。キャリア転換定年を契機に蓄積してきた能力を棚卸し、その後のキャリアを考え、その実現のために「この能力をつける」「この経験を積む」という選択ができるからである。この時に重要なことが二つある。

第一には、求められる「仕事の仕方と姿勢」が変わることを、高齢者自身が認識し受け入れることである。組織の長に立って部下という組織資源を活用して成果を上げるというより、後輩が長に立つ組織のなかで自身の能力をもってプロ等として成果をあげることが求められるので、「仕事の仕方と姿勢」をそれに合わせなければならない。
 後輩や昔の部下に頼めばやってもらえるといった「仕事の仕方と姿勢」を変えなければならないし、職場の同僚とはフラットな関係にあることを理解する必要がある。

第二に、社内あるいは社外で「何ができるのか」を考えてキャリアプランを工夫する必要がある。その際に重要なことは、どのような「働く姿勢」と「働く能力」をもつと、社内あるいは社外のどこで働く場を得ることができるのかを正しく認識することである。これは人材ニーズに合わせて、自分の「働く姿勢」と「働く能力」をどのように変える必要があるのかを知ることでもある。
 長い職業経験のなかで多くの財産を積み上げてきたので、それに合った仕事が提供されるのは当然という姿勢をもっている限り新しいキャリアは開けない。上向きのキャリアのなかで形成されてきた「働く姿勢」と「働く能力」が活きないことは多く、上向き指向をもっている限り、快く受け入れてくれる職場を見つけることは難しい。

 

キャリア支援政策のポイント

もちろん、企業はこうした社員のキャリア転換の努力を支援する必要がある。一つは、「〇〇の業務分野」でプロとしてのキャリアを積んできた高齢者には、社内外の「○○の仕事」でニーズがあるといった、社員がキャリア転換を考えるうえで役立つ情報を提供することである。

この「高齢者活躍仕事リスト」を営業、技術、人事・総務などのそれぞれの職能ごとに整備する意義は大きく、人事職能を例にとれば、教育やキャリア相談のプロは社内ニーズが多く、労務のプロは中小企業でニーズが大きい等の情報が提供される。キャリア転換定年を迎えた社員は、このリストを参考にしてキャリアを新たに選択し、それにむかって準備を始めるのである。高齢期まで視野にいれて、十分な準備と経験を積むための時間を考えればキャリア転換定年年齢は40歳代のどこかの時点になるように思う。

もう一つは、キャリア転換が円滑にできるように「第二の新入社員教育」を高齢者に提供することである。上向き指向であった「働く姿勢」を横向き指向に変える、後輩や部下に指示することを前提にした「コミュニケーションの仕方」を後輩が同列の同僚であることを前提にした仕方に切り換える、後輩・部下に頼んでいた仕事も自分でできる能力を身につける等々。たとえ高度な専門能力をもっていたとしても、こうした「働くうえで基本となる姿勢と能力」がなければ仕事はできない。「第二の新入社員教育」の場で、この点から自己を見直し、働く姿勢と能力を改造する必要性について気づいてもらう意義は大きい。

 

最後に一言

私が所属している日本人材マネジメント協会をご存知ですか。企業を超えて人事プロが個人の資格で集まる非営利の職能団体です。同協会はこれまで説明してきたことを踏まえて「働くうえで基本となる姿勢と能力」を評価するうえでの基本的な考え方を整理し、中央職業能力開発協会と協力して評価手法を開発しています。

この評価手法は、高齢者が豊かなキャリアを形成するうえで、また企業が高齢者の人事管理を構築するうえで役に立つ管理ツールになると思っています。最後に少し宣伝させていただきましたが、人事プロの方たちには、新しい時代に合った高齢者のキャリアと人事管理の実現にむけた工夫と挑戦を期待します。

 

 

 

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