JAVADA情報マガジン8月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】
◆2012年8月号◆
これからのキャリア戦略について考える
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング プリンシパル吉田 寿 氏 《プロフィール》 |
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◆2つの転機-筆者自身の「偶然のキャリア」
ご参考までに、今回はまず筆者自身のキャリア経験からお話ししたい。 筆者は現在、所属組織において、主として組織人事戦略や企業の人事制度改革などを手掛けるコンサルタントとして働いている。いまでこそ仕事柄、講演でのスピーチや雑誌・新聞の取材に応えて、「これからの時代には、明確な自己のキャリア・ビジョンを持つ必要がある」とか「個人の人生戦略が重要」とか、聞いた風なことをいわねばならない場面に遭遇する。しかし、自分自身の辿ってきたキャリアを振り返ってみれば、実はそれほどの計画性も緻密さも持ち合わせてはいなかった。いま、自分自身が組織人事を基軸としたコンサルタントとして仕事をしているのも、ある意味では結果論。たまたまそうなってしまっただけの話である。 振り返ってみれば、大きな転機は2つあった。 1度目は、大学を卒業して入社した前職で人事部門に配属されたときである。入社時に書いた配属希望には、実は人事は第3希望にすら入っていなかった。しかし、ある種の運命のいたずらで人事部門に配属され、地方工場で労務管理の仕事をすることになる。就業管理を担当したことから、労働組合の強面の委員長や書記長を相手にするために、必死で労働基準法を学んだ。また、仕事上必要となる人事実務を徹底的に勉強させられた。そして2度目の転機は、大学院を経て現在の所属組織に再就職したときである。このときも、実はコンサルタントを希望していたわけではなかった。しかし、こちらも配属のいたずらで、前職で身につけた実務知識をベースに、必要に迫られてコンサルティングの手法開発に迫られた。 この2つの転機に共通するのは、どちらも自らが自主的・自律的に選択したわけではなく、立場上必要に迫られてやむなく手掛けてきた結果に過ぎないということだ。そして、どちらの場合も、誰に教わることもなく、独力で知識を身につけノウハウ開発していかざるを得ない状況にあった。この分野において頼れるプロの人材が、当時の自分の周囲にはいなかったからである。いわば孤立無援の環境のなかで仕事をし、さまざまな局面での自己の判断が求められる。「日々、薄氷を踏む思い」という表現があるが、そんな状況が間断なく続いたのである。 現場のビジネス環境とは常に不完全なものであり、与えられるものではなく自らが創発的に創りだしていくものだということを、これまでの体験のなかから痛切に学んだ思いがする。多少の窮地は何度も経験しているが、必ずといっていいほど火事場の馬鹿力的な頑張りで、最終的には帳尻を合わせてきたというのが、これまでの率直な感想である。
◆プランド・ハプンスタンス・セオリーこんな自分の経験を裏付けてくれるキャリア理論に、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ1教授が提唱する「プランド・ハプンスタンス・セオリー;Planned Happenstance Theory」(計画的偶発性理論)がある(『その幸運は偶然ではないんです!』、ダイヤモンド社)。 クランボルツの理論によれば、変化の激しい時代には、キャリアは予期しない偶然の出来事によってその8割が形成される。したがって、むしろ現実に起きたことを前向きに受け止め、そのなかで自分を磨いていくことが重要となる。自分のキャリアを切り開いていくためには、むしろ自分のほうから積極的に仕掛けて予期せぬ出来事をつくり出し、実体験のなかから次の手を打っていく。そんな姿勢が必要だ。 ここで出てくるキーワードに「オープンマインド」がある。つまり、自分自身も環境も絶えず変化している今日、自分の将来をいま決めるより、積極的にチャンスを模索する。眼前に展開される出来事は、どんなことでも前向きに受け止め、自分が持っている可能性は無限であると信じて、あれこれやってみるというということである。 このような計画された偶然を実践していくうえで、重要となるキーワードは次の5つ。つまり、計画された偶然は、以下の行動特性を持った人に起こりやすいということだ。 (1)好奇心(Curiosity):自分の専門だけにこだわらず、自分の知らない領域にも関心を持つ。 (2)執着心(Persistence):いったん始めたら、ある程度の結果が出るまで粘り強く努力する。 (3)柔軟性(Flexibility):こだわりを捨て、どんなことにも柔軟に対応する。 (4)楽観主義(Optimism):どんなことでもチャンスととらえ、楽観的に受け止める。 (5)リスクテイク(Risk take):未知の世界に果敢に挑戦し、積極的にリスクを受け入れる。 結果がわからないときでも常に行動を起こし、人生に起きる偶然の出来事を最大限に活用するとする考え方には、個人的にも共感が持てる。
◆「モジョ(MOJO)」(前向き思考)の大切さ一方、人生において少しでも成功しようと思うなら、「モジョ」(前向き思考)が重要であると説いたのは、マーシャル・ゴールドスミス2である(『コーチングの神様が教える「前向き思考」の見つけ方』、日本経済新聞出版社)。「モジョ」という言葉は、あまり聞き慣れない方も多いかと思われるが、超自然力を信じる、ブードゥー教3に由来する。モジョとは、いま自分がしていることに前向きな気持ちを持つことであり、それは自分の心の内から始まり外に輝き出るものとされる。 確かに、物事は何でも前向きに考えるほうが望ましい結果につながることは、経験則的にも理解できる。望ましい結果につながらないのは、少しでも「失敗したらどうしよう」とか、「うまくいかないのでは?」と考えてしまうところにあるようだ。 この前向き思考を強めるためには何が必要か?ここでは次の5つを挙げておこう。 (1)幸せ:自分の人生を通じて幸せを感じることができているかどうか? (2)意義:自分の人生がもたらす結果を意義あるものと捉えているかどうか? (3)報酬:自分の人生を通じて物質的・精神的な報酬が得られているかどうか? (4)学び:自分の人生から何を学び自己の成長に役立つものとしているかどうか? (5)感謝:自分の人生に感謝し有意義な時間を過ごしているかどうか? 上記の問いに対して確信が持てるようになるためには、まずは自分自身の「アイデンティティ」を確立しなければならない。そして、自信の持てる「成果」を上げる必要がある。また、そのような自分に対する周囲の「評価」が伴っていることが必要だ。何よりも、人生で変えられることや変えられないことを現実的に捉え、それを「受け容れる」ことが重要である。
◆上を向いて歩こう!いま日本は、東日本大震災からの復興に性根を据えて取り組まねばならない正念場を迎えている。原発稼動の問題や歴史的な円高、ギリシャに端を発した欧州債務危機など、国内外にはまだなお不安定要因が残されている。差し迫ったグローバル化への対応に加え、政治に対する信頼の欠如や国内景気の先行き不透明感がこれに拍車をかけている。 一時期、「頑張れニッポン!」という言葉をよく耳にした。昨年話題になったジブリ・アニメ『コクリコ坂から』では、「上を向いて歩こう!」がキャッチフレーズとして使われていた。このような人心を鼓舞する言い回しに対しては、一部に「精神論だけでは、不十分だ」とする批判があったことも否めない。確かに、いまの日本にとっては、具体的な施策に関する議論がなされ、かつ効果が期待できる具体的なアクションが採られることが求められていることに間違いはない。 しかし、絶望的なまでの惨事を目の当たりにして、軽々に物事の優先順位がつけにくい状況のなかでは、人の気持ちを高揚させるこの種の表現は、やはり意味あるものだと考える。人は思い込みが重要であり、かつ物事に対してポジティブに取り組む姿勢が肝要だ。 自分の人生がどうなるかなんて、結局誰にもわからない。ここまで生きてみてさらにこれからを展望するとき、おそらく不確実性がつきまとう将来を自分の身近に引き寄せる絶対的な術などないだろう。変化を確実に予測することは不可能に近いが、いま起きている変化にしなやかに対応していくことならばできる。そして、成功するかしないかは、ある意味で"時の運"。しかし、どんな結論が出ようとも、あるべき「明日」のために日々の努力を怠らないことである。 そんな日々の不断の行動から、あるべきキャリアは見えてくる。
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