JAVADA情報マガジン12月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-
◆2021年12月号◆
ダイバーシティ時代のキャリア開発を考える(3) |
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この連載では今日をダイバーシティの時代ととらえ、今までとは異なる「多様な人材のキャリア開発」の姿を探ってきました。第1回ではダイバーシティという概念の説明を行い、ワーク・ライフ・バランスや働き方改革との関連を考え、第2回では最も重要な多様性である能力の多様性(認知的多様性)について、調査結果を用いて検討を行いました。今回は多様性に関する数多くのテーマの中でも先進的な事例として、「病気の治療と仕事の両立を行う社員」のキャリア開発事例を見てみましょう。
1.治療と仕事の両立とは少子高齢化の進行に伴う職場の高齢化によって、治療と仕事の両立への対応が必要となる場面が増加しています。また、近年の診断技術や治療方法の進歩によって、がんを中心に病気の生存率が大きく向上しています。人生(およびキャリア)100年時代において、働く人々が自分らしく充実した人生を送るためには、病気の治療と仕事の両立が不可欠です。 2016年に厚生労働省から、「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」が公表されました(図表1)。これは、治療を必要とする人々が仕事を継続することによる病状の悪化を防ぎ、治療に対する配慮を行う企業の参考にしてもらうものです。公表後に首相官邸で開催された「働き方改革実現会議」では、「病気の治療、子育てや介護と仕事の両立」の検討が表明され、「働き方改革実行計画」の「7. 病気の治療と仕事の両立」として、①会社の意識改革と受入れ態勢の整備、②トライアングル型支援などの推進、③産業医・産業保健機能の強化、が掲げられました。 軽い病気やケガの場合は本人の判断と会社の裁量によって治療と仕事を両立させることは容易ですが、継続的な治療が必要となる場合には本人と会社の判断・合意が必要となります。さらには専門家である主治医の情報や意見も重要であり、産業医や保健スタッフのアドバイスも必要となるでしょう。その際に本人、事業場、医療機関などにおける多くの関係者が情報を正しく共有して適切な連携を行い、中長期的なキャリア視点に基づいて本人(および家族)と事業場の両方にとって望ましい意思決定を行うことは簡単ではありません。 たとえばがんに罹患し、適切な治療に基づくキャリア継続が可能であるにも関わらず、退職した末に経済的または心理的に大きなダメージを被った従業員は少なくありません。また、どう支援すべきかわからずに貴重な人材を失った会社も同じく損失を受けることになります。従来は企業の規模や方針、病気の種類や病状、主治医・産業医の意識や経験、あるいは本人の能力や上司との関係に応じて個別に行われていた治療と仕事の両立支援をキャリア開発の視点で捉え、企業におけるルール化へ向けた第一歩が始まったのです。
2.治療と仕事の両立支援のポイント事業者が疾病を抱える労働者を就労させると判断した場合に、一定の就業上の措置や治療に対する配慮を行うことは、労働者の健康確保対策に位置づけられます。また企業が両立支援を行うことによって、継続的な人材確保、人材の定着、生産性の向上、健康経営の実現、多様な人材の活躍、社会的責任の遂行、ワーク・ライフ・バランスの実現といった多くの経営メリットが期待できるでしょう。次に両立支援のポイントを見ていきます。 ①本人の申し出を促す環境の整備 ②疾病の特徴を踏まえた対応 ③対象者・対応方法の明確化 ④個人情報の保護と本人の同意取得 ⑤両立支援にかかわる関係者間の連携 支援制度としては、年次有給休暇、時間単位の年次有給休暇、傷病休暇・病気休暇といった休暇制度に加え、時差出勤制度、短時間勤務制度、在宅勤務(テレワーク)、試し出勤制度などの柔軟な働き方を整備することが重要です。ただし、こういった制度を活かすには、関係者によるきめ細かな実施とフォローを継続し、職場の同僚へも配慮を行わねばなりません。それでは、具体的な事例を見てみましょう。
3.治療と仕事の両立事例40代女性のAさんは乳がんに罹患しました。婦人科系の疾患のため、病名を職場には知らせない様に人事部と上司に配慮してもらいました。手術後に復職した直後は手術の影響で腕を上げづらく、パソコン作業などが負担となったため、適宜休憩を取りながら仕事ができるようにしてもらいました。放射線治療のための通院が何度かありましたが、時間単位で取得できる有給休暇がとてもありがたかったとのことです。 40代男性のBさんに胃がんが見つかりましたが、発見が早かったため入院から手術はスムーズに進みました。入院中は上司と連絡を取り合い、仕事の状況もよくわかっていたので当初の予定よりも早く復職できました。復職後しばらくは食事を1日に6回に分けなければならなかったので、上司の配慮によって休憩時間を分割して取らせてもらいました。 50代男性のCさんは脳卒中による治療やリハビリのために1年半休職しました。復職後は1日数時間から勤務を始め、午前中勤務から徐々に勤務時間を長くしていきました。言語と短期記憶の障害が残ったことから、コミュニケーションはメールや文字で行い、仕事内容も業務負荷を減らしてもらい、可能な範囲で仕事を続けることができています。 50代女性のDさんは店頭での接客業務に携わっていましたが、椎間板ヘルニアに罹患しました。立ち仕事である店頭接客を座って行う事務作業に変えてもらい、徐々に回復することができました。また通勤の負担を軽減するため、満員電車を避けられるように出社を1時間遅らせ、同僚の理解と応援によって現在も元気に勤務を続けています。 企業における従来のキャリア支援は健康な社員に焦点を当てたものであり、病気を抱える人々を前提とするものではありません。非正規雇用者、女性社員、さらにグローバル化の進展による外国人やLGBT当事者など、ダイバーシティ・マネジメント(多様な人材の管理)の推進が求められる中、治療を抱える従業員も多様な人材のひとつです。従業員は一人ひとりが血の通った人間であり、誰もが心や体を傷める可能性があります。これまでの人事管理を組み立て直し、ダイバーシティ・マネジメントの視点によるキャリア開発への取組みが求められているのです。
【参考文献】
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