JAVADA情報マガジン11月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-

2021年11月号

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ダイバーシティ時代のキャリア開発を考える(2)
-「能力の多様性」とは何か-

県立広島大学大学院 経営管理研究科 教授
   木谷 宏 氏 《プロフィール

前回は連載の開始にあたってダイバーシティ(多様性)の概念を説き起こし、多様な人材が活躍するために必要なワーク・ライフ・バランスと働き方改革の関係について考察を行いました。感染症リスク社会である今日こそ多様な人材の能力が必要であり、働き方の変革を通じた自己研鑽のプロセスが新たなキャリア開発の姿です。今回は多様性において最も重要な「能力の多様性」について考えてみましょう。最初にダイバーシティ・マネジメントの目的をキャリア開発との関係で整理しておきます。

 

1.ダイバーシティ・マネジメントとキャリア開発

ダイバーシティ・マネジメント(DM)の目的は4つあると言われます。一つ目はすべての組織においてDMを行わざるを得ないという必然性の視点です。女性、非正規雇用者、高齢者、外国人など、職場はすでに多様な人材で占められており、従来の同質性、たとえば"日本人で健康な新卒の男性正社員"という前提に基づく人事管理やキャリア開発の手法は通用しません。二つ目は危機管理あるいはコンプライアンスの視点です。セクシャル・ハラスメントを含めた様々な人権への対応を誤ることは企業にとって致命傷となりかねませんし、個人のキャリアに対して大きなダメージを与えます。

三つ目は公正の視点です。男女雇用均等推進や男女共同参画といったジェンダー関連の法令や施策の推移を見るだけでも、DMが社会公正の文脈に沿っていることは明らかです。すべての人々が自らキャリアを切り拓いていける組織と社会を人々は求めています。最後が業績向上の視点です。働く人々のモチベーションや定着率が改善する、業務の創造性が向上する、市場・顧客に対して柔軟に対応できる、組織変革・風土改善が進む、組織の求心力が高まるなど、これからの組織経営においてDMを通じた組織の能力発揮は重要な競争戦略と捉えられています。

このようにDMとキャリア開発は密接な関係を持っています。これまで人事管理や人材開発の一環とされていたキャリア開発を一人ひとりの個別性に着目するDMの枠組みにあらためて位置付け、個人と組織で双方向的に推進することが必要です。

 

2.能力の多様性とは何か

そもそも能力とは一体何でしょうか。一般的には「仕事もしくは仕事に関連する課題を成し遂げる力」、あるいは「働く人々の内部に備わっている力」「仕事において必要とされる資格」とも言われます。能力とは対応する物事や仕事があって初めて語ることが可能であり、独立して存在することはできません。ここでは「能力」を仕事や課題を成し遂げる、つまり「成果」を生み出すために必要な要素あるいは根拠であり、職種や業務といった個人の「役割」によって規定される概念としておきましょう。

さて、多様な人材の活用については、多様性の根拠となる個人の属性やそれぞれが抱える制約ごとに検討を行うことが一般的です。たとえば、女性管理職の登用推進策、65歳以降の高齢者の処遇、障がい者雇用に向けた特例子会社の設立、外国人労働者の雇用拡大、がん治療を抱える従業員の両立支援といったテーマです。しかし一人ひとりで異なる「能力の多様性」について、企業はどのように対処してきたのでしょうか。今までも企業は個人の能力に基づいて採用選考し、人事考課によって異動・昇進・昇格を行い、細かな処遇の差をつけてきたはずです。その意味では、「従来も日本企業は能力の多様性に対応してきた」とも言えますが、これは事実でしょうか。

もしも企業が個々の業務に求められる能力を正しく定義して基準を定め、一人ひとりの能力を適切に評価して配置・処遇を行っていたのであれば、ダイバーシティという概念はそもそも不要のはずです。なぜならば、の活用とはの活用に他ならないからです。日本企業は多様な人材を活用する以前に、「同質な人々が持つ多様な能力」を十分に活用できていたのでしょうか。これは大きな命題です。

 

3.人材育成の現状から見た能力の多様性

この点を明らかにするには、人材育成の現状を分析することが近道です。少し古いデータになりますが、筆者が企業に対して行った5年間に及ぶ調査結果があります。約200社の日本企業に対して過去10年における人材育成の状況を聞いた質問からは、以下の課題が明らかになりました。第一は、人材育成が不十分であった背景として、①業績不振による予算不足、②成果偏重によるプロセス軽視、③不明確な人材育成方針、の三点を多くの企業が挙げたことです。バブル崩壊に始まる世界同時不況の影響は総額人件費における人材育成の予算を削減させる結果となり、さらに結果を重視する成果主義の導入によって、OJTを中心としたプロセス(能力)支援が弱体化したと解釈できます。第二は、そういった状況で行われた人材育成策は、短期的で散発的な研修、社員の自主性に任せた自己啓発、一部の限定された社員に対する教育が中心であった点です。法改正やリスクに対応する場当たり的な研修や新人研修に代表される特定層への教育、あるいは幹部候補育成のための限定的な選抜教育などが人材育成の実態であったことが窺えます。そして第三に、その結果として、人材育成が行われない真空地帯が発生し、教育訓練とキャリア開発の乖離が生じ、成長や学習を支援する風土が醸成されない現状に至った点です。

育成が手薄となった真空地帯としては、管理職、高齢社員、女性社員、非正規労働者が指摘できるでしょう。日本企業における人材育成は、若年層には丁寧な育成プログラムが提供されていますし、部長以上の優秀な選抜人材に対しても次世代幹部養成の名目で手厚い育成が講じられています。しかし30歳前後の中堅層から40代半ばのミドル層、そして従来の同質性から逸脱する高齢者、女性、非正規雇用者の育成計画は極めて脆弱であると言えるでしょう。人材育成を構成する教育訓練とキャリア開発において、教育訓練はOJTの弱体化による限定的なOff-JTと個人に丸投げされた自己啓発が中心となり、キャリアとの連動は機能しなくなっています。その結果として、組織学習が実践されていないのが日本企業の今日の姿かもしれません。人材育成の面では、日本企業は同質性に基づく教育訓練とキャリア開発を最低限の範囲でしか行って来なかったことは紛れもない事実です。あるいは、従来の日本企業における「能力の多様性」とは、曖昧な基準と勤続年数に基づく「優秀な人材」と「劣った人材」の区別に過ぎなかったのかも知れません。

 

4.多様な能力にあふれた組織づくりへ

先ほどの調査結果には続きがあります。調査では過去10年間の取組みに加えて、今後の取組みの意向も併せて聞いています。今後の方向性としては、従来以上に従業員の成長や学び続ける姿勢を支援し、全社的に学び続ける企業文化を醸成し、人材力を強化したいと考える企業が圧倒的多数を占めました。自由回答欄からは、「企業は人なり」といったスローガンに留まらず、環境がめまぐるしく変化して従来以上に業務が多様化・複雑化する中、企業が成長していくためには従業員が継続的に学び、成長することが不可欠という認識が広がっていることがわかりました。

性別、国籍、年齢、雇用形態などとは異なり、「能力」という基準を適用するのであれば、かつての日本企業の職場も十分に多様だったのかもしれません。しかし企業はこの事実に気付かず、多様な能力にあふれた組織づくりを怠ってきたと言えるでしょう。これからも企業の人材と能力は多様であり続けなければなりません。企業が行うべきことは、多様な人材が持っている潜在能力を適切な基準と評価によって可視化し、職場を「多様な顕在能力」で満ち溢れたものに変えていくことです。

そのためには、能力評価や能力開発のツールとして一時ブームとなったコンピテンシー等の能力基準を見直すこと、あるいは製造現場で培われたカイゼン活動や小集団活動をすべての職場に適用することなどが有効でしょう。多様な人材のキャリア形成に向けた日本企業の取組みは、ようやく緒に就いたばかりなのかもしれません。

 

 


  • 2008年から2012年にかけて日本生産性本部と筆者で行った「人事部門が抱える課題とその取り組みに関するアンケート調査」。2012年度の調査では、過去10年間における、従業員の成長や学び続ける姿勢を支援する取り組みが十分であったかについて質問した。十分であったと認識している企業は4割にも満たず、十分ではなかったと認識している企業が多いことがわかった。

【参考文献】

  • 尾崎俊哉(2017)、ダイバーシティ・マネジメント入門-経営戦略としての多様性、ナカニシヤ出版
  • 木谷宏(2016)、「人事管理論」再考-多様な人材が求める社会的報酬とは、生産性出版
  • 本田由紀(2020)、教育は何を評価してきたのか、岩波新書

 

 

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