JAVADA情報マガジン10月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-
◆2021年10月号◆
ダイバーシティ時代のキャリア開発を考える(1) |
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この連載では、多様な人材の活躍が期待される今日におけるキャリア開発の姿を考えていきます。今回はダイバーシティについて概観し、国や企業の重要施策である働き方改革とワーク・ライフ・バランス(WLB)の関係を明らかにします。多様な人材のキャリア開発を推進するには、柔軟な働き方によるWLBの実現が不可欠となることがポイントです。
1.ダイバーシティとは何か“ダイバーシティ(diversity)”とは一人ひとりの違いや組織における多様性を意味します。本来は個人の性別、年齢、人種・民族の違いを示す概念でしたが、現在ではさらに習慣、所属組織、社会階級、コミュニケーションスタイル、性的指向、家族構成、パーソナリティ、宗教、外見特徴、雇用形態、能力なども含め、個人が有するほとんどの属性(個性)が対象とされています。組織において多様な人材や多様な働き方を管理することをダイバーシティ・マネジメント(DM:多様な人材と働き方の管理)、あるいは ダイバーシティ・アンド・インクルージョン(D&I:多様性の受容)と呼びます。「ダイバーシティ」は個人の差異と制約を、「インクルージョン」は組織による統合を意識した言葉です。DMは多様な人々が働くことのできる環境を整える考え方に近いのに対し、D&Iは一人ひとりが自分らしく組織に参加できる機会を創出し、貢献していると感じることができる日々のマネジメントや文化を作ろうとする発想が特徴です。 女性社員の活躍推進、障害者法定雇用率の引上げ、希望者全員の継続雇用が必要となった高齢者の扱い、同一労働同一賃金や無期契約への転換要件が明示された非正規雇用者への対応、労働力不足による外国人労働者の受入れ促進の流れ、さらにこういった施策の基盤となる「働き方改革」など、近年において政府はダイバーシティ推進に関連する政策を立て続けに打ち出しています。国の動きに加え、グローバル競争に晒されている企業においては、ダイバーシティ推進が以前から重要な経営課題として注目を集めています。企業におけるダイバーシティ推進とは、一人ひとりの個性を活かして能力を発揮できる組織を作ることが、個人のみならず組織にとっても大きなプラスになるという考え方です。環境変化の激しい時代に、一人ひとりの違いをいかして創造性とモチベーションを高め、多面的な思考をとりこみながら顧客に対して柔軟に適応できる組織へと変革するマネジメント手法と言えるでしょう。これは決してグローバル企業や大企業に限った話ではありません。 ダイバーシティ推進の具体的なテーマとしては、まず女性社員の活躍推進が日本企業全般に共通する最優先課題です。また高齢者の雇用延長と活性化も法律改正と相まって喫緊のテーマですが、若手社員の採用拡大・離職防止・登用促進も重要です。外国人に関しては国内の事業場における外国人労働者の均等処遇や活躍支援に加えて、海外における現地従業員の処遇やキャリア開発への対応が必要です。さらに身体障害のみならず知的障害・精神障害を持つ社員の雇用拡大、非正規労働者の均等処遇や育成支援、LGBT社員への理解と支援、病気の治療や育児・介護を抱える社員に対する両立支援、副業を持つ従業員への対応など枚挙に暇はありません。世界でも有数の同質的な文化と働き方が特徴である日本では、ダイバーシティの取組みは始まったばかりと言えるでしょう。
2.「働き方改革」による「ワーク・ライフ・バランス」の実現次にダイバーシティ推進のキーワードである働き方改革とWLBの関係を明らかにしましょう。2007年12月、政労使代表者らが参加した「官民トップ会議」において、政府は「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」と行動指針を策定しました。憲章では、仕事と生活の調和が実現した社会とは、「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」としています。行動指針においては、2017年までに年次有給休暇を完全取得させ、男性の育児休業取得率を0.5%から10%に引き上げるなど、具体的な数値目標が盛り込まれました。先に施行された次世代育成支援対策推進法と本憲章の策定によってWLBの取組みは急速に拡大しました。 さて、憲章策定から10年以上が経過する中、WLBの理念は社会や企業にある程度は浸透し、一定の成果はあったと言えるでしょう。しかしながら、殆どの数値目標の未達や長時間労働が社会問題化する中、政府は次なる一手として2016年9月に「働き方改革実現会議」を開催しました(図表1)。その理由は、"従来の働き方を変えなければ、WLBの実現は困難である"というシンプルな事実です。ちなみにWLBの国際的な広まりに大きく寄与したとされる、英国貿易産業省における定義は以下のものです。 (ワーク・ライフ・バランスとは、)年齢、人種、性別に関わらず、誰もが仕事とそれ以外の責任、欲求とをうまく調和させられるような生活リズムを見つけられるように、就業形態を調整すること。 つまり、就業形態を調整すること(働き方を変えること=働き方改革)はWLBの実現にとって必要条件であり、従来の固定的な働き方を継続する限りはWLBが実現できないことを意味します。一方、日本において憲章が制定された際の内閣府の定義は次のとおりです。 (ワーク・ライフ・バランスとは、)老若男女誰もが、仕事、家庭生活、地域生活、個人の自己啓発など、様々な活動について、自ら希望するバランスで展開できる状態。 日本の定義からは、明らかに方法論が欠如していることが見て取れます。「働き方を変える」という核心を欠く"精神論"で進められた日本のWLB施策は、国、企業、個人においてその限界を露呈し、10年近くが経過した後にようやく「働き方改革」へ踏み出したと言っても過言ではないでしょう。WLBの理念を浸透させた第一期(2007-2015年)に続き、具体的な働き方の変革を模索する第二期(2016-2020年)へと日本のWLBは歩を進めました。 この流れを受けて労働基準法などの法律も改正され、2019年度には「働き方改革関連法」として、①残業の上限規制(原則「月45時間かつ年360時間」、繁忙期も年720時間まで)、②高度プロフェッショナル制度創設(年収1075万円以上の一部専門職を労働時間規制から除外)、③年次有給休暇制度の取得(年10日以上付与されている労働者に対して5日分は企業が時季を指定)、④勤務間インターバルの設置(終業時間と次の始業時間の間に一定の休息時間を設ける努力義務)、さらに2020年度には、⑤同一労働同一賃金(正社員と非正規労働者の不合理な待遇格差を認めない)が施行されました。コロナ禍において柔軟な働き方の定着に向けて格闘する現在は、ダイバーシティ実現に向けた第三期(2021年-)を迎えていると言えます。最後にこの点を見ていきましょう。
3.感染症リスク社会におけるキャリアの姿新型コロナウイルスによる全世界での感染拡大は、誰も予想しなかった社会変動であることは間違いありません。しかし述べた様に21世紀に入ってから人々の働き方や暮し方は、すでに大きな変化を遂げつつありました。これからも人々と感染症との闘いは形を変えながらも継続していきます。つまり、働き方改革はコロナ禍によって阻害されるのではなく、加速すると考えることが必要です。たとえば、課題を抱えながらも多くの人々がメリットを実感したテレワークは、仮に感染拡大が完全に収束しても無くなることはありません。昔の様な硬直的な働き方に後戻りすることは最早できないでしょう。 働き方改革を進める際、中でもテレワークは有効な手段・仕組みとして期待されていますが、経営者や働く人々はその重要性やありがたみを十分に理解していないようです。テレワークとは、かつて人々がそうであった様に職と住を近接させ、雇用される側が自ら働き方を選べる、つまりイニシアチブをとる働き方に他なりません。会社や上司からプロセスを任され、自らの裁量で仕事を進めていく"プロフェッショナルの働き方"です。そのためには、ITリテラシーや文書のデジタル化といった環境整備と一人ひとりの能力向上が必要となります。 働き方改革を通じてWLBを実現することで、すべての人が抱える時間的・物理的な制約を軽減することができます。このことによって初めて多様な人材の活躍が可能になるでしょう。そしてWLBを実現するために働き方改革を通じた自己研鑽のプロセスこそ、これからのキャリア開発の姿である"キャリアオーナーシップ"(主体的・能動的な考えと行動に基づくキャリア形成)なのかもしれません。
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