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2021年9月号

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“社会人の学び直し”について

福山平成大学経営学部経営学科 教授
   小玉 一樹 氏 《プロフィール

最近、リカレント教育という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。リカレント教育とは、義務教育を終えた就労者が、職業に必要なことを身につけるために再び教育機関で学ぶことを言います。「人生100年時代」を迎え、昭和、平成を通して、終身雇用や年功序列型賃金が当たり前だった社会から、今では、働く人々が一つの会社で一生を過ごすという考えも薄れ、転職することが当たり前になりつつあります。図1は、リクルートワークス研究所の「全国就業実態パネル調査2017」個票データを内閣官房人生100年時代構想推進室がグラフとしてまとめたものですが、このグラフからは、初職が正規雇用で、一度も退職することなく「終身雇用」パスを歩んでいる男性は、30代後半で42%、40代で38%、50代前半で36%に過ぎないことがわかります。このような雇用環境の変化により、働く人たちは、常に自分自身の専門分野でのスキルアップや知識のアップデートが必要となっており、学び直しという意味でよく使われる「リカレント教育」に注目が集まっているわけです。

 終身雇用の状況(年齢階級別の転職割合)

社会的にリカレント教育が注目されるようになり、リカレント教育を開講する大学や団体などが増えてきました。現在では、基礎から応用までを体系的に学ぶ「学位課程」、業務に必要な知識、技術及び技能を体系的に習得する1年程度の「履修証明プログラム」、短期間で業務に必要な知識、技術および技能を習得できる「短期プログラム」などが行われています。また、受講者にも配慮し「土日祝日や夜間の授業開講」「通信教育やオンライン講座」など、受講しやすい環境も整ってきました。

リカレント教育は個人だけでなく企業にも注目され、社員に対するリカレント教育の取組も行われています。企業がリカレント教育に取り組み理由として、「従業員の年収アップが見込めること」「企業の業績・就職率の向上」「能力・専門スキルのある人材育成に繋がること」などを挙げています。10年ほど前、私が企業の人事部に在籍していたころに、社員の専門性を高めてもらう目的で大学院への進学制度を設け、毎年1名の院生を送り出していました。ここでは、社会人の学び直しのために夜間大学院での学び直しを実行した3名に学び直し体験から、個人の視点から、リカレント教育のメリットやデメリットについて考えてみたいと思います。

Aさんは、小売店舗を統括する地域の責任者として勤務していましたが、販売不振から仕事の行き詰まり感を覚え、現場での問題解決のためマーケティングを学ぶ目的で大学院に入学しました。大学では経営学部を卒業していましたが、経営学の知識はほとんど身についていませんでした。また、大学卒業後20年が経過しており、大学院での学びは新鮮であったといいます。さらに、会社でやっていた実務には、こんな学術的な理論背景があったのだと気づかされたことは多かったともいいます。仕事をしながらの夜間大学院はハードであり、レポートを書いていると夜中2時3時となることは普通にあったようで、翌日の仕事に影響を及ぼしたりすることもなかったとはいえず、家族サービスも減少し家族には迷惑をかけたかもしれないといいます。研究を続けているうち、組織の人の存在が企業収益に多大な影響を及ぼしているということに気づかされたAさんは、研究内容を組織の中の人に焦点をあてた研究に舵を切って研究を続け、修士の学位を取得、すぐに博士課程に進みます。この間、研究もさることながら、Aさんは大学院で知り合った異業種の方々との交流が大学院での学びで一番のメリットであったといいます。一つの会社に勤め、同じような価値観の人と一緒に仕事をすると同じような発想にしかならないことを痛感したというのです。そして、研究の対象としていた非正規労働者を求め、小売流通業の企業に転職してしまいます。その後、博士の学位を取得したAさんは、現在は大学の教員として働いています。Aさんの学び直し体験をみると、さまざまな人と出会うことで、これまでの価値観が変化していくことが読み取れます。

Bさんは、人材派遣会社の支店長職についてかれこれ5年、早くして支店長になり、この会社でのこの先の自分のキャリアデザインが描けないことに不安を覚え、大学院に入学しました。大学院での学び直しが、今の仕事での専門性を高めるとともに、自分のキャリアアップの可能性を求め、入学することにしました。すなわち、キャリプラトーからの脱出を試みているといっても良いでしょう。Bさんは入学したばかりということなので、結果はまだ出ていませんが、目標がしっかりしているので積極的に取り組まれると思います。

Cさんはフリーのキャリアコンサルタントでしたが、キャリアコンサルタントという自分の仕事に疑問を感じ、知識を深めることが必要であると考えに達し、何らかの方法での学び直しの検討をしました。その結果、学びは知識だけでなく、肩書にも必要であると考え、大学院修士課程に入学することにしました。学位取得3年計画をたて学び直しをした結果、修士の学位を取得することができました。肩書の必要性を含めたキャリアコンサルタントという仕事への思いから入学した大学院ではありましたが、3年間の学びの意味はそれだけではなかったといいます。まず、多くの異業種の学生との交流は人脈を拡大させただけでなく、自分の価値観を変化させたことが大きいといいます。修士の学位取得後、キャリアコンサルタントとして活躍していましたが、今ではその対象者を広げ、大学のキャリアセンターで教員として働いています。

Aさん、Bさん、Cさんの大学院での学び直し事例について紹介しましたが、大学院での学び直したいという理由は、「仕事の行き詰まり感」「キャリプラトーからの脱出」「肩書の必要性」など、三者三葉でした。しかし、すでに学位を取得されている2名の方からは、大学院で学び直しをしている多くの社会人学生との出会いや意見交換が視野を広げ、これまでの自分の価値観に変化をもたらしたことをメリットとして挙げています。

働く人たちの多くは、一つの組織文化の中で醸成された価値の影響を受けて働いています。大学院での学びは、各院生の会社で起こった問題を解決するにあたり、その問題の背景にある理論にも焦点をあて解決しようとします。こうすることによって、社内の問題は一般化され、異業種の社会人大学生との議論になるわけです。「私の会社ではこうだ」「私の施設ではそんなことはない」「私の勤務する病院では〇〇のようにしている」など、様々な意見が飛び交い、解決の糸口が見つかります。このような意見交換がメリットだと考えられます。

今回は大学院での学び直しに関する例を取り上げ、主に大学院で学ぶメリットについて取り上げました。前述の通り、大学や企業、団体などでさまざまな学び直しの方法が紹介されていますが、ここにあげた事例からは、学ぶ目的も重要ですが、共に学ぶ仲間が重要な位置づけになっていることがわかります。視野を広げるためにも、学習する仲間を持つことが学び直しの秘訣かもしれません。

社会人になってからも大学などで学び直しをすることで、働く人たちは、仕事に直結した知識を習得するだけでなく、スキルアップできる可能性もあります。一方、組織的な視点では、主体的に職業能力向上に取組む人の存在は、組織にとってもメリットもあります。事実、多くの企業や組織での業務効率化や生産性の向上、イノベーションの創出など独創的なアイデアのほとんどは、こうした人たちから生まれているといわれています。すでに、リカレント教育に積極的に取り組んでいる企業もありますので、それらを参考に少しでも多くの社員がリカレント教育に取り組むことができるよう検討する必要がありそうです。

 


 

 

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