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2021年8月号

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従業員の会社組織に対する帰属意識をどのように捉えるのか

福山平成大学経営学部経営学科 教授
   小玉 一樹 氏 《プロフィール

会社での出来事が基礎となった研究

私は一般企業に33年間勤務の後、大学教員になった研究者です。8年たった今でも企業人としての意見を求められることもあり、自分のアイデンティティは企業の現場にあるのか、それとも大学の研究室にあるのか、その時々の置かれた立場によって変えなくてはならないこともしばしばあります。さて、アイデンティティとは自分が何者であるかという問いに肯定的かつ確信的に答えられることであるとされます。それでは、自己のアインデンティティを確立することにはどのような意味があるのでしょうか。

私が企業の従業員の相談業務を行っていた頃の話です。ある日、自分の休みの日にまで仕事に出てきていたパートタイマーの女性が、満面の笑みを浮かべながら話してくれたことがとても印象に残っています。

「私ね、この会社のことが好きなんです。だから、全然苦にならないんです。それに、ほかの会社を探せば、もっと時給の高いところがあることだって知っていますよ。でもね、私の主婦仲間にも『あそこで働けていいね』と言ってくれるし、この会社で働いていることは私の自慢の一つでもあるのですよ。かっこよく言うと、ここで働いていることは私の誇りなんです」

この例からも分かるとおり、どうやら社会におけるアイデンティティは働く人や企業にとって重要なキーワードではないかと思えます。それ以降、私は個人と組織の関係について、彼女との会話の中での登場した「誇り」「自慢」「外部からの評価」などをキーワードとして、組織アイデンティフィケーションの研究に取り組んでいます。以下では、この組織アイデンティフィケーションについて少し説明してみようと思います。

 

変化する個人の組織に対する帰属意識をどのように捉えるか

昭和から平成の初期まで、日本企業の従業員は所属する会社のために、良かれと思うことは自分の職務以外のことも進んで取組んできました (田尾, 1998)。こうした背景には、日本企業独自の年功序列慣行や終身雇用制などが長期的な意味での報酬となっていたといえると思います。このような時代には、個人の組織に対する帰属意識は、主に組織コミットメントという概念を用いて説明されてきました。組織コミットメントという概念では、会社が提供する仕事の楽しさや処遇、また共に働く人々との関係性などが従業員の会社に対する関与を高め、会社にとって望ましい従業員の態度や行動に結びつくと考えられてきました。つまり、組織コミットメントという概念は個人と会社の互恵関係に基づいて、会社の業績や効率性に影響を及ぼす要因として取り上げられてきました。それらの考え方では、人は常に会社によってマネジメントされる存在であり、個人が会社をどのように認知しているかということには関心が持たれてきませんでした。

しかし、平成から令和の十数年の経済状況の変化によって、働く人々はこれまでのような右肩上がりの賃金上昇は期待できないだけでなく、長期的な意味で報酬となっていた年功序列慣行や終身雇用制も期待できなくなってきました。また、成果主義の導入や個人の意識変化とともに、働く人々が一つの会社で一生を過ごすという考えも次第に薄れつつあり、上司と部下などの職場の人間関係も変化しています。最近では、コロナウィルス感染拡大の影響から、会社に出社せず自宅などでのリモートワークが推奨され、会社組織だけでなく共に働く人々との関係性も、ますます弱くなっているようにみえます。このような個人と組織の互恵関係が成立しにくい環境であっても、会社の価値観を内在化し目標のために行動する従業員の存在は、会社にとっては欠かすことはできません。これからの個人の組織に対する帰属意識は、個人が自己と取り巻く環境をどのように認知しているかという視点からも捉えることが必要だといえます。

 

組織アイデンティフィケーションとは何か

組織アイデンティフィケーションは、"組織のメンバーであることを自己に定義づけ、準拠集団のメンバーとして自己を統合すること"と定義されており、社会心理学における社会的アイデンティティ理論をベースに考えられたものです。具体的には、組織アイデンティフィケーションはどのような心理状態を指しているのでしょうか。まず、「この会社では働いていることは私のイメージを決める大きな要因だ」「『あなたは(所属組織名)らしい人だ』といわれると、とてもうれしい」などのように、帰属集団の一員であることをポジティブに捉えていることです。つぎに、「会社の目標は私の目標でもある」「会社が成功すると自分のことのようにうれしい」などのように、組織価値の内在化や組織と個人とが一体化していることも組織アイデンティフィケーションの心理状態であるいえます。これらに共通していることは、同一視している対象はあくまでも会社そのものであり、同僚や上司との相互関係の影響を受けることを想定していません。

 

組織アイデンティフィケーションは何をもたらすのか

従業員の組織アイデンティフィケーションを確立することが、どのような効果をもたらすのでしょうか。組織アイデンティフィケーションを確立した従業員は会社の成功や失敗を自分自身のものとして認識するようになり、会社の目的のために努力を惜しまなくなるといわれています。そのほかにも、会社に留まりたいという気持ちが高まり、社内のメンバーとの協力を惜しまず、選択や決断が必要な時には会社の目標に基づいて意思決定をするなど、会社にとって望ましい行動に結びつくと考えられています。企業に勤務する正社員と非正規社員の組織アイデンティフィケーションが職務態度や職務行動に及ぼす影響を検討した私の研究でも、雇用形態に関わらず組織アイデンティフィケーションと職務態度や職務行動の間にはポジティブな関係がみられました。このことは、正社員であろうがパートタイマーであろうが雇用形態に違いがあったとしても、同じような環境で働く人々の組織アイデンティフィケーションと態度や行動には高いポジティブな関係性があると推測されます。つまり、従業員の組織アイデンティフィケーションを高めることは、ダイバーシティ・マネジメントの観点からも、企業にとってメリットがあるといえます。

 

組織アイデンティフィケーションはどのように確立するのか

会社組織にとって望ましい行動に結びつくとされる従業員の組織アイデンティフィケーションはどのように確立するのでしょうか。組織アイデンティフィケーションの確立要件には、「組織の魅力」「比較可能な外集団の存在」「外集団との異質性」の3つがあるといわれています。この3つの要件について考えてみると、(1)組織の魅力が高まれば高まるほど、従業員は組織を同一視する、(2)組織に対するアイデンティティが比較する他の組織と相違していればいるほど、従業員は組織に対して同一視すると捉えることができます。すなわち、他の集団との比較によって得られる自社の肯定的なイメージが、組織を同一視するために重要だといえます。組織の魅力といっても、それはとても漠然としたものです。たとえば、その会社の経営理念などのように組織の価値観に影響を及ぼすものや、長年会社が存続する中で形成されてきた組織文化などのように目に見えないものに影響を受けているものが多いといえます。したがって、組織の魅力は外部の人には容易に見いだすことはできないと思います。組織のメンバーとして勤務することによって肌で感じ、それが当たり前のことと感じられるようになるのだと思います。そして、それを他の会社などの組織と比較することによって、はじめて認知されるものだといえます。

以上のように、組織アイデンティフィケーションは学術だけでなく、従業員のモラール、企業業績や効率性などを測定することができるため実務的にも非常に価値のある概念であるといえそうです。

 


【参考文献】

  • 小玉一樹(2017).組織アイデンティフィケーションの研究 ふくろう出版
  • 田尾雅夫(1998).会社人間はどこへ行く-逆風下の日本的経営のなかで 中公新書

 

 

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