JAVADA情報マガジン キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】
◆2011年10月号◆
グループ人事戦略と人事評価 |
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株式会社日本総合研究所 総合研究部門 主任研究員 林 浩二 氏 《プロフィール》 |
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1.「個別人事」から「グループ人事」へ![]() 8月号では人事評価等を工夫してシナジー1を創出するための方策についてご紹介した。その際の議論の中心は、個々の企業内で「人と人とのつながり」を強化することによるシナジー効果の創出であったが、シナジーを最大限に引き出すためには、個別企業の枠を超え、企業グループ全体で取り組みを推進することが望ましい。今回はこの問題について検討してみよう。 一昔前までは、資本関係で結ばれた企業であっても個々の会社でバラバラの人事管理を行っているケースが少なくなかった。しかし、連結決算の導入に伴いグループ総体としての業績管理が求められるようになると、グループ経営を戦略的に推進しようとする動きが活発化してきた。重要な経営機能である人事管理についても例外ではなく、グループ人事をより効果的・効率的に推進しようとする取組みが加速している。
2.グループ人事管理のねらいグループ人事を推進する目的は以下のように整理されるだろう。 ① グループ全体の人材ポートフォリオ管理と適材適所の人材配置 この三つの目的を要約すると、「グループ内の人的資源の最大活用によるグループ全体でのシナジー効果の創出」ということができる。 まず、「①グループ全体の人材ポートフォリオ2管理と適材適所の人材配置」とは、様々な能力をもった人材を個別企業の枠を超えて活用し、グループ横断的な適材適所の人員配置を実現することである。たとえばある企業で新規事業を立ち上げようとした場合、たとえ社内に適当なスキルをもった人材がいなくても、グループ内の別の会社にはそうした人材が存在するかもしれない。こうしたミスマッチをグループ全体で解消し人材の最適配置を実現しようとするものである。 次に、「②グループ横断的キャリア形成の促進による人材開発」とは、個々の企業の垣根を超えたローテーションを実施することにより、個別企業の枠内では不可能な多様な仕事を経験させ、効果的・効率的に人材育成を行っていこうというものである。実際、こうした目的の実現のため、社内公募制や社内FA制3をグループ企業全体に拡充し、「グループ内公募制」「グループ内FA制」のような仕組みを導入している企業グループもみられる。 最後に、「③共通機能の一元化による管理コストの削減」とは、いうまでもなく人事管理機能の一部のシェアード・サービス化4によるコスト削減のことである。
3.グループ人事戦略には様々なパターンが存在上記の目的を達成するための具体的な手段としては、たとえば、
等が検討俎上に載せられることだろう。 ただし、闇雲にグループ内で人事政策や人事制度を統一すればいいというものではない。どの程度までグループ内で人事政策を共通化するかは、グループ経営戦略によって異なる(図表1)。 企業グループによっては、人事賃金制度をグループ内で完全に統一する例がみられる(類型Ⅰ)。資格等級制度の枠組みや賃金水準が同じで、評価基準についても全く同じものがグループ会社に適用される。こうしたやり方を採用する例は比較的稀だが、もともと一つであった会社が事業部門を分社化してグループを構築した場合等にみられる。 これに対し、制度を完全に統一するまでには至らないものの、グループ内で制度の共通プラットフォームを構築する(制度の屋台骨を共通化する)ケースは比較的多い(類型Ⅱ)。資格等級制度や賃金制度については、等級の数や賃金項目等の大枠をグループ内で同一にするが、具体的な賃金水準は個々の事業会社の経営体力に応じたものとする。この場合、評価基準については、グループ内で全く同じものを各社に適用するケースもある。こうしたやり方は、持株会社のもとで複数の事業会社を統合する場合に典型的にみられる。 さらに、制度統一は行わないが、グループ人事政策を一部共有するケース(類型Ⅲ)や、個別企業の「自治」を最大限尊重し、明示的なグループ人事統制は行わないケース(類型Ⅳ)もある。こうしたやり方は、多種多様な業態を抱える企業グループや、個々の企業の独立性が高く分権化志向が強い企業グループに好まれる方法である。 このように、一口に「グループ人事」といっても、その実態は様々である。
4.貴社グループはどのタイプか先に述べたとおり、単純に制度を統一しさえすればシナジー効果が高まるというものではない。たとえば鉄道会社グループのように、輸送サービス業、小売業、不動産業など多種多様な業態が混在しているコングロマリット5型の企業グループの場合、業態の違いにもかかわらず単純にグループ内で制度を一本化することには無理があるだろう。また、メディア・グループの中には、新聞社、放送局など設立当初からそれぞれ独自性の高い企業を抱えるところもあり、このような場合に無理矢理グループ内で制度の統一を図ることは、グループ各社の企業文化にマイナスの影響を与えるおそれもある。一方、金融や小売等において複数の企業を持株会社の下で統合するようなケースでは、個々の事業会社の人事制度の屋台骨を統一するやり方がうまく機能する可能性がある。 この問題を考えるに当っては、グループ本社の「グループ統合化志向」と「グループ企業の事業の多様性」の二軸に着目して考察を進めるアプローチが効果的である。この場合、全てのグループ内企業について画一的なアプローチをとる必要はなく、グループ会社の特徴を整理し、統合化によるシナジー効果が見込まれるグループ会社についてのみ「類型Ⅰ」または「類型Ⅱ」に、それ以外は「類型Ⅲ」または「類型Ⅳ」にするようなやり方も考えられるだろう(図表2)。 いずれにせよ、どのような方針でグループ人事戦略を推進するのか、まずは基本理念を整理することが不可欠である。
5.人事評価制度を統一する際の留意点仮に「類型Ⅰ」や「類型Ⅱ」の方針のもとで制度を統一する場合、具体的にどのようにして評価制度を統一すべきだろうか。グループ内の人材異動を活発化させ適材適所の配置を実現するためには、各人の人事評定をグループ内で相互比較できるように、各社で評価制度や評価基準を一本化することが望ましい。しかし、各社とも全く同じ事業構造ではないため、評価基準を完全に統一することは困難な場合もある。 この場合、たとえば、コンプライアンス6やチームワーク、チャレンジ志向、リーダーシップなど、企業グループ全体として大切にしたいコア・バリューを「共通能力」として統一し、個々のグループ会社の事業に直結する仕事についての評価基準は、(評価基準のフォーマット等の枠組みは揃えたうえで)「専門能力」として各社の裁量に委ねて設定する方法が効果的だろう。あわせて、9月号で触れた評価者研修も重要になる。「グループ内共通のモノサシ」で行う評価の実効性を担保するためには、評価者の目線が揃っていなければならない。このため、評価者研修もグループ内で共通化し、ある企業での評定が別の企業でも通用しうるような仕組みを実現していく必要がある。
6.おわりに冒頭で述べたとおり、シナジー効果を本当に引き出すためには、個々の企業内の取り組みだけでは限界があり、グループ全体で人事管理の最適化を図っていく必要がある。これまで明示的なグループ人事を実施してこなかった企業グループは、まずはグループ内の主要企業の人事担当者を集めた検討会議を定期的に行うなど、検討を開始してみてはいかがだろうか。
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