JAVADA情報マガジン キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2011年11月号

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人事評価にグローバル・スタンダードは存在するのか

株式会社日本総合研究所 総合研究部門 主任研究員 林 浩二 氏 《プロフィール

1.グローバル化と人事評価制度

株式会社日本総合研究所 総合研究部門主任研究員 林浩二 氏

最近10~20年で主要先進国のホワイトカラーの人事評価制度が急速に接近しつつある。というよりも、日本企業の人事評価制度が欧米企業のそれに急接近しているといった方が正確かもしれない。

確かに、人事賃金制度の根幹をなす資格等級制度についていえば、欧米企業は「仕事基準」の職務等級制度であるのに対し、我が国の場合、職務等級制度の導入割合は次第に高まっているとはいえ、依然として「ヒト基準」の職能資格制度が中心となっている。その背景には、正社員の長期雇用を前提にジョブ・ローテーションを多用する我が国の雇用慣行も影響していると考えられ、職務等級制度の導入を宣言している企業においても、完全にポスト(職責)に基づく制度運用は非常に難しいというのが実態だろう。

しかし、人事評価制度に限っていえば、各国間で仕組みに殆ど差がなくなってきている。その背景の一つとして、企業活動のグローバル化が挙げられる。一昔前までは、日本企業が海外に現地法人を設立する場合、会社の舵取りを担う基幹スタッフは日本の本社からの赴任者で占められるケースが少なくなかった。しかし、近年は現地採用のスタッフを含めて、グローバル・レベルで適材適所の採用・配置を行う動きが加速している。先月号でグループ人事政策について触れたが、多国籍展開する企業にとっては、国内のグループ企業間だけでなく、グローバル・レベルで人材の採用・配置・育成を最適化する必要が生じているのである。人事評価は採用や配置、昇格・昇進などの人事管理にとって不可欠な情報を提供する機能を担っているが、人事評価の枠組みが地域によってバラバラではその機能が十分に果たせない。

また、グローバル化の結果、経済活動のあらゆる分野で国際的な競争が生じている。従来、国際競争といえば、繊維や鉄、自動車などの製造品が中心であったが、金融やサービス分野を含めて幅広い分野で国際競争が激化している。グローバル・レベルで同じ土俵の上で戦う企業戦士には、同じような成果が求められるわけで、それが人事評価の枠組みの収斂傾向をもたらしているものと考えられる。

 

2.「成果評価」と「プロセス評価」の二本立て

職能資格制度に基づく人事評価では、「能力」「情意(勤務態度)」「成果」の三本立てによる評価体系がオーソドックスな枠組みである(図表1)。個人的にはこの枠組みは極めてよく練られた仕組みであって、その考え方自体は今後も妥当性を失わないと考えている。

しかし、最近は人事評価の枠組みを「成果評価」と「プロセス評価」の二本立てとする流れが加速しており、これが冒頭で述べた「ホワイトカラーの評価制度のグローバル・スタンダード」になりつつある(図表2)。

評価要素としては「成果」と「プロセス」の二本立てであるが、「成果」により大きな重点が置かれる。成果評価には、ほぼ例外なくMBO(目標管理)の仕組みが取り入れられる。ただし、成果評価だけだと「結果さえ出れば何をやっても構わない」「コンプライアンス違反を行ってでも今期の売上げを確保する」というような問題行動を誘発するおそれがあるため、日常の職務行動を「プロセス評価」として評価対象に加える(図表3)。プロセス評価は「コンピテンシー評価」「行動特性評価」などと呼ばれることもあるが、要するに、日々の職務遂行において「実際に観察された行動」を取り出して評価しようとするものである。

職能資格制度によるオーソドックスな体系(図表1)と比べると、(1)職能資格では能力評価が根幹をなすのに対し、ここでは成果評価が最も重視されていること、(2)職能資格でいう「能力評価」と「情意(勤務態度)評価」とを融合した概念として「プロセス評価」が設けられ、その評価の際には(潜在的な能力保有度などではなく)「顕在化し実際に観察された職務行動」という概念が特に強調されている、という違いがある。すなわち、目に見えない曖昧な要素をできるだけ排除し、「成果」や「実際に観察された職務行動」という客観的事実のみに基づき人事評価を行っていこうというものである。

 

3.収斂しつつあるホワイトカラーの評価制度

現在、こうした評価体系が日本企業を席巻しつつあるといってよいが、実はこの枠組みで人事評価を行うのは欧米企業でも同じである。

数年前、ドイツやイギリスなど欧州に本拠地をおきつつグローバル展開する多国籍企業数社を訪問し、先方の人事スタッフと評価制度について詳しく意見交換したことがある。その際、当方より日本企業の典型的な評価基準やMBOシートを持参し、往訪先企業からは評価体系や評価基準、MBOシートの現物を見せてもらい、人事評価や育成理念について議論を行った。いずれの企業でも、人事評価はプロセスとしての行動評価とMBOによる成果評価から構成されており、評価シートのフォーマットも、当方が持参した典型的な日本企業のものと瓜二つであった。(往訪先の人事スタッフも殆ど同じという認識であった。)

各国ごとに労働法令や雇用慣行等の背景事情が異なり、人事評価制度もこうした背景事情と無縁ではないため、細部についてみると各国間で多少の差異は残るかもしれない。ただ、成果とプロセスの二本立てという評価体系は、ホワイトカラーの人事評価の枠組みとして「グローバル市民権」を得つつあるといえるだろう。

 

4.共通化する部分、共通化しない部分

人事評価の「制度」や「体系」という「土俵の共通化」が進みつつある中で、いかにして人事評価の中に「我が社らしさ」を出していくか。これがグローバル化が進む中で人事スタッフが考えなければならない課題である。

コンプライアンスなど、ビジネスを行ううえで不可欠の要素であるとの認識が国際的に共有されつつある要素については、今後、事実上のグローバル・コードとなるような行動基準が成立する可能性もある。一方、「チームワークを重視するのか、『個の力』を重視するのか」「マネジャーの強いリーダーシップを求めるのか、第一線のスタッフの自律性を求めるのか」など、企業の経営理念や経営戦略によって社員に求める行動が異なる部分もある。こうした部分については、今後とも共通化することはないだろう。

そして、この「共通化することがない部分」こそが、まさに市場における競争優位を築くための源泉である。今後、評価設計における人事スタッフの役割は、「評価体系や評価制度をどのように組み立てるか」というテクニカルな問題を検討することではなく、「自社のコア・コンピタンスは何か、そして、それをどのようにして評価基準の中に的確に落とし込むか」を考えることが中心になってくるだろう。グローバル化の進展によって形式的に評価制度が各国間で、あるいは、同一国内の企業間で同じになるように見えても、それは表層的なものに過ぎない。現在も、そしてこれからも、人事スタッフには形式ではなく中身において、いかに「我が社らしさ」を自社の評価基準の中に植え込んでいくかを考えることが求められるのである。

 

 

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