JAVADA情報マガジン キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】
◆2011年12月号◆
あまねく広がる成長と若年者の雇用 |
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APECには、労働関係のグループとして人的資源開発部会があるが、人的資源開発部会は、さらに労働者保護、人材教育、学校教育という3つの小部会に分かれる。厚生労働省が1997年に、独自の予算で始めたフォーラムは、2011年に第15回を迎えるが、労働者保護の部会で承認されるプロジェクトである。 2009年までは、海外職業訓練協会が担当機関であったが、2011年は、中央職業能力開発協会(JAVADA)が担当機関になった。フォーラムは、毎年、人材養成に関わるその時期のホットな議題を取り上げ、個々のエコノミー1において職業能力開発を担当する人たちが参加する。日本から基調講演1人、メンバー・エコノミーから3人のキーノート・スピーチ、そして参加エコノミーのプレゼンテーションを行い、また、参加者間で議論する。 さて、2011年のフォーラムの議題は「あまねく広がる成長と若年者の雇用」である。あまねく広がる成長とは、APECが掲げる4つの成長(持続可能な成長、バランスのとれた成長、付加価値の高い成長、あまねく広がる成長)のいわば最後の課題である。原語は"inclusive growth"であるが、「あまねく広がる成長」とは経済成長に取り残された人たちをいかに取り込んで経済成長を持続するか、である。キーワードは社会的弱者であり、decent work(真っ当な仕事)である。 あまねく広がる成長というテーマは、昨年のフォーラムに引き続き2年目であるが、昨年は、社会的弱者の人材養成に関わる国際協力に焦点を当てたのに対して、今年の課題は若年者である。すなわち、社会的弱者としての若者をいかに「真っ当な仕事」に就かせるか、また、そのための職業能力開発の役割は何か、をテーマに置いた。
基調講演では、放送大学の宮本先生から、日本における若者の状況及び彼らの職業能力開発に関わるお話をいただいた。今回のフォーラムで再確認したが、フリーターという言葉は和製英語であるものの、実態として多くのエコノミーがフリーターの存在を共有する。ひきこもりに対して、どのような教育、能力開発の機会が可能であるか。ひきこもりに限らず、メンタルヘルスや発達障害を抱える人たちにとって、社会から取り残されずにどのように真っ当な仕事に就かせることができるか。宮本先生の講演により、焦点の一つが浮き彫りにされた。 終身雇用を誇り、若年層における低い失業率を誇る日本は、雇用の入口において大きな変化を示しているようにも見える。高卒や大卒時に就職先を見つけられない若者は、どのように就職までの移行期を過ごせばいいのか。一人前になるまでの期間において、日本の企業が職業能力開発に果たしてきた役割は甚大であるが、中途採用、即戦力型人材の活用が進むにつれ、入社後一定期間における教育投資を行うことに拒否感が生まれる。 学校教育期間に普通の教育から取り残された者、学校から就職への移行につまずいた者、あるいは発達障害、メンタルヘルスを抱える者など、日本において、多くの若者が社会的弱者としてのラベルが貼られている。若者サポートステーションを初めとする行政の試みは、社会的弱者としての若者を支える大きな力をもつ。 アメリカ、オーストラリア、韓国のキーノート・スピーチでは、ドロップアウトという共通したテーマが強調された。アメリカでは、高校生の3分の1がドロップアウトだという。理由は様々であるが、一度、高校を離れた人たちが、社会や企業で必要なコンピテンシーを身につけるために、国や社会はどのような機会を提供できるのか。 早期の学校離脱者の存在は、途上国でも共通するが、理由は異なる。例えば、フィリピンやチリでは、家庭が貧困故、小学校や中学校の中途で、家計の補助をするために子供達が就労に向かう。また、ペルーでは、多くの若者が自分に相応しい仕事を見つけられず、ニートとなり、中には、麻薬や犯罪に手を染める者も少なくない、という。フィリピンやインドネシアの農村地域では、若者を雇用するための十分な雇用機会も提供されない。
企業が求める人材を最終学校が教育し、供給できないという課題を抱える。韓国のように、より高いレベルへの激しい受験競争は、しばしば過度のストレスを若者に与え、一旦受験戦争に負けた者は、敗者としてのレッテルを貼られる。学歴競争の敗者に対して貼られるラベルを引きはがすには、多くのエネルギーを要する。 焦点を社会的に弱者に求めるとすれば、低いコンピテンシーを保有する者に対して、まずは、学校から就職へ、いいスタートを切れることが肝要である。そのためには、最終学校において、いいスタートのために十分な準備をすることである。インターンシップ、徒弟制度、キャリアセンター(就職部)が大きな役割を担う。キャリア・ガイダンス、カウンセリングといったソフト面での対応が有効である。 社会的弱者としての若者であるならば、基本コンピテンシーが重要視される。基本コンピテンシーが強調されればされるほど、家庭における教育の重要性が再認識される。フォーラムでは、エコノミーの参加者は、時に労働省の人であり、時に教育省の人である。縦割り行政は日本だけではなく、多くのエコノミーが、人材養成、職業能力開発というグレーゾーンに関わる複数の省庁をもつ。幼児教育の領域まで達すると、誰が重要なステークホルダーであるかを特定することは悩ましいが、その悩ましさが重要な政策を遅らせることにつながる。 社会的弱者と真っ当な仕事をいかに結びつけるか。パートタイム労働、インフォーマルセクター2など、従来、「真っ当な仕事」の真逆に受け止められてきた概念を再考する必要がある。フレキシキュリティ3を十分に認識した上で、パートタイム労働を考えることは、フルタイム労働への架け橋になりうる。インフォーマルセクターにおける起業も、若者にとって「真っ当な仕事」に就く際のキーワードとなるのではないか。例えば、従来、アントレプレナー(起業家)といえば、IT関連の起業であり、高い付加価値をもち、将来は社会における成功をイメージする。しかし、心に問題を抱える若者が、ラーメン屋台を始めることはどうか。お金の借り入れ、屋台や食器の購入、材料の仕入れ、お客さんとの基本的な会話などなど、社会に必要な基本コンピテンシーを商売を通じて学ぶ。 元来、若者は心身ともに健康なものである。元来、若者は自由であるがゆえに、自分の好きな所に移動し、自分の好きな仕事に就くことができる。選択の可能性は無限であり、未来の成長の源である。しかし、多くのエコノミーで、元来健康であるはずの若者が、元来希望と元気に満ちて初めての仕事に就くはずである若者が、何らかの理由で本来あるべき姿を得られていない。いくつかの理由は、グローバル化と知識集約へと向かう近現代的な課題に基づくが、いくつかの理由は、古今東西を問わず共通する。 本マガジンの読者は、高い付加価値を求めて人材育成に携わる方々が多いだろうが、時に、あまねく広がる成長、社会的弱者、真っ当な仕事というキーワードをもとに、キャリア形成や能力開発の課題を考えてみてはいかがだろうか。
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私の生涯の師である今野先生(学習院大学教授)から、APEC人材養成国際フォーラム(以下フォーラムと略す)の議長の仕事を受け継いだのは2006年である。爾来、毎年秋に開催するフォーラムの議長を私は務める。
APECの参加エコノミーは全部で21であるが、本フォーラムには13のエコノミーが参加した。アメリカ、オーストラリア、韓国、日本などの先進国、タイ、マレーシアなどの中進国、フィリピン、ベトナム、ペルー、チリなどの途上国など、多様なエコノミーを代表する人たちの参加を得て、果たして共通の場で議論ができるか、というのは、毎年会議前に議長として私が抱く不安である。フォーラムの冒頭で、私が最初にメンバーに伝えることは「互敬」である。それぞれのエコノミーには、それぞれのエコノミーの事情がある。その事情をお互いに尊敬することで、お互いに意見を交換しよう、と提案する。
労働市場におけるミスマッチの課題は、すべてのエコノミーで共有する。例えば、知識集約型社会への突入は国境をみない。発展の段階の如何を問わず、より付加価値の高い産業への移行は、すべてのエコノミーの重要な戦略である。最先端の技術を開発する企業にとってみれば、その初期の段階で、労働市場における需要と供給のミスマッチが生じる。