JAVADA情報マガジン キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2011年9月号

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改めて評価者研修の意義を考える ~「しつこい研修実施」のすすめ~

株式会社日本総合研究所 総合研究部門主任研究員 林 浩二 氏 《プロフィール

1.評価制度を構築することで燃え尽きていないか

株式会社日本総合研究所 総合研究部門主任研究員 林浩二 氏

多くの人事スタッフにとって、人事関連の諸制度の中で一番の悩みはおそらく評価制度の問題であろう。成果主義型の人事賃金制度においては、社員の間の賃金格差の根拠となるのは人事評定である。

このため、評価制度や評価基準の透明度・納得度を高めることが極めて大きな課題となっている。ここ10年程度の間に目標管理制度を導入あるいは改定したり、コンピテンシー評価や役割行動評価の導入等の形で評価基準のブラッシュ・アップを図ったりした企業は相当の割合に上ると思われる。

しかし、いくら精緻な評価制度を作っても、実際に評価を行うのは人事スタッフではなく現場の管理職である。そして、目標管理制度等に象徴されるように、成果主義を支える使命を担う昨今の評価制度は、従来の年功序列型人事制度のもとでの評価制度とは比べ物にならないくらい複雑化・精緻化し、運用に手間がかかるものになっている。

それだけ現場の管理職の評価負荷が重くなっているということである。現場の管理職には、適正な目標を設定するスキル、部下との面談スキル、部下に評価結果のフィードバックを行うスキル、基準に照らして公正・公平な評価を行うスキルなど、様々な評価スキルが求められる。目標管理研修や評価者研修等が不可欠となるゆえんである。

実際、独立行政法人労働政策研究・研修機構が行った調査によれば、2000年以降に行った成果主義の見直しや運用の変更として最も多いのが「考課者訓練の強化・充実」である(図表1)。人事スタッフは、精緻な評価制度を構築することで燃え尽きてしまってはならない。本当の勝負は制度の導入後である。しっかりと評価者訓練を実施し、制度の実効性を確保していくことが不可欠となっているのである。

 

2.制度導入時に通り一遍の研修をやるだけでは効果は限定的

「研修が大事」ということは、人事スタッフであれば誰もが(程度の差はあるが)理解している。しかしどこまでそれを実行できているだろうか。確かに、新しい人事評価制度を導入する際には、何らかの形で評価者研修を実施するだろう。問題は、その後である。「制度導入時には、管理職に対して一通りの説明を行ったが、その後は何もやっていない」、あるいはせいぜい、「新任の管理職に対して、管理職昇格時の集合研修の中で人事評価についても若干説明している」という程度の企業が多いのではなかろうか。

しかし、制度導入時に通り一遍の研修をやっただけでは効果はやがて消えてしまう。研修で確認したはずの「全社統一の評価ルール」は、いつの間にか部門独自の解釈で置き換えられ、人事部で把握しきれないローカル・ルールが社内各部で蔓延するようになる。研修で揃ったはずの評価者の目線(甘辛)は、月日が経つうちにずれてきて、やがて修復不能なまでに拡大する。かくして、評価制度の形骸化が徐々に進行し、社員の不公平感が増殖する。特に、規模が大きく様々な部門を抱える企業ではこの問題が発生しやすい。

私は仕事柄、さまざまな会社の人事担当者から人事制度に関する相談を受けるが、制度そのものに問題があるというよりも、制度の趣旨どおり運用できていないことが原因である場合が少なくない。実際、人事評価に問題を抱える企業の担当者の話を聴いてみると、十中八九、評価者研修を全く、あるいは、ほとんど実施していない。一旦こうなってしまうと、いまさら手垢がついた現行制度を運用の見直しによって立て直すことは難しく、大きな時間的・金銭的コストをかけて制度そのものを刷新する以外に手立てがなくなってしまうのである(図表2)。

 

3.評価者研修は確実な利益が見込める投資

それでは何故十分な研修を実施しないのだろうか。「研修を外部講師に依頼するとコストがかかる」「研修実施となると、現場の管理職のスケジュール確保が大変」などの理由が典型であろう。この言い分には一理ある。しかし、きちんとした研修を実施することによるベネフィット(便益)は、このようなコストを遥かに凌駕する。

確かに、研修実施には会場費、教材費、講師料(外部講師に研修を依頼する場合のみ)などの直接的なコストのほか、研修参加によって現場の日常業務が中断するなど間接的なコストが発生するのが避けられない。その一方、研修を実施したからといって直ちに会社の利益が上がるわけではない。短期的にはマイナスだが、中長期的なプラスが見込めるという意味で、評価者研修は一種の投資である。ただし、この投資は中長期的に確実な利益が見込まれる投資である。

評価基準や評価制度には会社の経営理念や経営方針が組み込まれているはずである。評価者研修を定期的に実施し、その都度、これを社員に再認識してもらうとともに、評価制度の実効性を担保することにより図表2で示した「負のスパイラル」を回避することにもつながるからである。人事スタッフだけでなく、研修実施の是非を最終的に判断する経営層にも、目先の損得に捉われることなく、中長期的な視点に立った大局的な意思決定が求められる。

 

4.「しつこい研修実施」のすすめ

日々、人事制度の設計や運営と向き合っている人事スタッフの側には、「一応、導入時に研修を実施したし、評価マニュアルも配っているので、現場は制度の趣旨どおりにきちんと運営してくれるだろう」という思い込みがあるかもしれない。だが、現場は人事スタッフが考えるほど人事制度や評価制度に関心をもっていない。賃金にしても、「自分の給料やボーナスがいくらか」には関心はあっても、自社の「賃金制度」そのものには全く関心がない社員が決して少なくない。

評価についても、現場は「いやいやながらやらされている」「人事部がうるさいので仕方なくやっている」というのが本音であろう。だからこそ、評価制度にこめた人事スタッフの「熱い思い」を研修を通じてしつこく語りかける必要がある。こうした地道な取り組みを続ける以外、制度を定着させる近道はないと考えるべきである。

 

 

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