JAVADA情報マガジン キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2011年8月号

次号→

人事評価を工夫し、シナジーを生み出す組織を構築する

株式会社日本総合研究所 総合研究部門主任研究員 林 浩二 氏 《プロフィール

1.ソーシャル・キャピタル・マネジメントのすすめ

株式会社日本総合研究所 総合研究部門主任研究員 林浩二 氏

組織の存在意義は、個人では達成できない仕事を成し遂げることである。個々人が協力し合うことにより、単なる個人の成果の総和を超えた、組織としての大きな成果が期待できる。個人同士が協力し合って仕事を進めることにより、シナジー効果1(相乗効果;1+1が2ではなく、3にも4にもなること)が生み出されるからである。

ヒューマン・キャピタル2が「人的資本」であるのに対し、ソーシャル・キャピタル3は「人間関係の生み出す資本」といえるだろう。組織をうまく機能させるためには、ヒューマン・キャピタル・マネジメントを超えたソーシャル・キャピタル・マネジメントを考える必要がある。そして、今回のテーマである「評価制度」や「評価基準」を工夫することで、シナジー創出を生み出す組織を作ることも可能なのである。

Σ Human Capitalの力 + シナジー(相乗)効果 = Social Capitalの力

     (※シナジー効果が働くため、組織の総合力は個人の力の単純合計を上回る)

 

2.ヒューマン・キャピタルかソーシャル・キャピタルか

ヒューマン・キャピタルかソーシャル・キャピタルか、という枠組みで考えると、従来、多くの日本企業の強みの源泉はヒューマン・キャピタルではなくソーシャル・キャピタルにあったといっても過言ではない。すなわち、特定のスーパースター社員のヒューマン・キャピタルに依存するのでなく、組織全体のソーシャル・キャピタル、すなわち、「組織の総合力」で勝負するのが日本企業の伝統的スタイルである(図表1)。

しかし、1990年代以降、成果主義の導入により状況が変化してきた。個人業績を精密に測定しようとする目標管理制度の導入等により、チームワークが損なわれたという声も聞かれる。また、「経費削減」「脱会社人間」という掛け声のもと、社員旅行や各種イベント、レクリエーション活動の廃止など、『人と人とのつながり』の強化にとってマイナスの施策もとられてきた。

もはや年功的なシステムを維持できる経済環境ではない。営利組織であれ非営利組織であれ、成果にフォーカスした仕組みは絶対に必要である。とすれば、今後は「個人を疲弊させる成果主義」ではなく、「ソーシャル・キャピタルの蓄積に資する成果主義」を探っていく必要があるのではないだろうか。そしてそのためには、組織内で個々人が分断された状態を修復し、社員同士の「つながり」や「絆」を復活させるための施策が必要になるだろう。

 

3.ソーシャル・キャピタルの戦略的な構築
   -ソーシャル・キャピタル7つ道具-

このような問題意識から、私は以前より、シナジーを生み出す組織をつくりだすための「ソーシャル・キャピタル・マネジメント7つ道具」を提唱している(図表2)。個々の「道具」は決して突飛なものではないが、これらをうまく組み合わせながら、「人と人とのつながりの強化」を意識した対策を戦略的に推進することにより、ソーシャル・キャピタルを社内に蓄積することができるだろう。

①オフィス・レイアウトは思いのほか重要である。フロアが物理的に分断されているだけで社員のコミュニケーション密度は大きく違ってくる。社員食堂や喫煙スペースについても、単に金銭的コストだけでなく、それが社員の人的ネットワーク形成に及ぼす影響も考慮しながら設置の有無や設置場所を戦略的に検討する必要がある。

②業務分掌・権限構造の見直しについては、特定のポジションの人材に過度に情報が集中していないか、情報の流れに非効率がないか等をチェックし、業務分掌や権限委譲などの対応策を採用することにより、コミュニケーションをよりスムーズにすることができるだろう。

③人事評価・報酬制度は、本稿のテーマである「企業における評価基準の今日の課題」に直結するトピックである。具体的には、個人業績に過度にフォーカスしすぎる目標管理制度の見直しや、チームワークやコラボレーションに関する評価基準の拡充・強化が挙げられるだろう。

まず、目標管理については、個人業績への過度のフォーカスは社員のコラボレーションを阻害し、ソーシャル・キャピタルの構築にとってマイナスとなるおそれがある。業態にもよるが、たとえば、目標は部・課・チーム単位で設定し、個々のメンバーについては組織業績への貢献度をチェックすることで足りるのではないか。突出した業績を上げた個人がいる場合には、別の枠組みで報いればよい(図表3)。

また、チームワークに関する評価基準はどの会社でも設けていると思うが、「同僚と協力して仕事を行う」というような一般的・抽象的な基準ではなく、具体的にどのような行動を社員に求めるのか、詳細まで落とし込んで作成することが必要だろう。

④コミュニケーションを促すためのITツールの導入も重要である。もっとも、ITインフラは必要条件であって十分条件ではないことも認識する必要がある。最も望ましいのは、face-to-faceのコミュニケーションであるが、これが難しい場合には、ITツールが強力な補強道具になるだろう。

⑤採用・配置に関しては、ジョブ・ローテーションは単に本人にとって仕事の幅を広げキャリア形成を促進するだけでなく、組織にとっても部門横断的なネットワークを構築し、部門間連携を促進する観点から意味があることを強調したい。「ゼネラリストはもう要らない、これからはスペシャリストを」という方針のもとジョブ・ローテーションを過度に縮小するのは望ましくない。会社によっては、既存顧客との関係から部門をまたがる人事異動を行うことが難しいケースもあるだろうが、短期的な利益に固執することなく、中長期的な人的ネットワーク形成効果を意識しながらローテーションを戦略的に行う等の工夫が求められる。

また、⑥コーチング4メンタリング5を通じて、ネットワーク構築能力に長けた人材の早期選抜と育成、さらには、コミュニケーションが苦手な社員に対して研修を通じて「気づき」を与えること等も重要である。

最後に⑦ソーシャル・イベントである。「脱会社人間」の考え自体は必ずしも間違っているわけではないが、各種イベントが社員同士の絆を強化する効果を再評価してもよいのではないか。ただし、単に組織内だけで閉鎖的に凝り固まるのではなく、外部に開かれたオープン型人的ネットワークの形成を狙った懇親会や社員旅行を企画するなど、ソーシャル・イベントにも戦略性をもたせることが重要である。(例えば、仕事上の関係があるものの日常的な交流が乏しい部門同士の合同イベントを企画するなど)

 

4.ソーシャル・キャピタルの構築に向けて

「7つ道具」をうまく組み合わせることにより、シナジーを生み出す組織作りが期待できるだろう。既述のとおり、この中には、今回のテーマである「評価」の問題も重要な課題として絡んでくる。評価制度や評価基準についてお悩みの企業は、上記の考え方も参考にしながら制度改訂をご検討されてみてはいかがだろうか。

ただし、シナジー創出等の効果が出るまでには一定の時間がかかることも忘れてはならない。評価制度や評価基準を変えたら直ちに効果があらわれるわけではなく、粘り強いアプローチが必要である。特に行き過ぎた成果主義で疲弊した組織ではソーシャル・キャピタルが減価している可能性もあり、回復までには時間を要するかもしれない。一朝一夕の効果を期待するのではなく、「ソーシャル・キャピタルは一日にして成らず」ということを認識したうえで、地道な取組みが求められるだろう。

 


〔参考文献〕

  • ウェイン・ベーカー(中島豊訳)(2001)『ソーシャル・キャピタル-人と組織の間にある「見えざる資産」を活用する』ダイヤモンド社
  • ドン・コーエン、ローレンス・プルサック(沢崎冬日訳)(2003)『人と人の「つながり」に投資する企業-ソーシャル・キャピタルが信頼を育む』ダイヤモンド社
  • Rob Cross and Andrew Parker (2004) The Hidden Power of Social Networks: Understanding How Work Really Gets done in Organizations, Harvard Business School Press

 

 

次号

ページの先頭へ