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2022年7月号

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仕事を効率的に進めるために 第3回-問題解決における目標・評価尺度と問題解決力の開発-

成蹊大学 名誉教授、非常勤講師 渡邉 一衛 氏 《プロフィール

5.目標・評価尺度

問題解決プロセスの2番目に問題の明確化、すなわち制約条件と目標・評価尺度の明確化があった。ここでは、目標・評価尺度の代表的な項目について示すことにする。一般に、問題解決で用いられる評価尺度にはPQCDSMEがある。モノづくりでは以前からQCD(品質・コスト・納期)という評価尺度が用いられてきた。また、トヨタ生産方式には五大任務として、安全、品質、生産、原価、人財育成が示されており(参考資料2)、上記のSQDCMに対応していると考えられる。以下ではPQCDSMEについて説明していく。

1)P:Productivity 生産性

生産性は「OUTPUT÷INPUT」で示され、投入に対する産出の比率である。例えば労働生産性では、「付加価値額÷従業員数」を価値的生産性、「生産量÷従業員数」を物的生産性としている。また、システムの改善指標として作業生産性という用語がよく用いられるが、図1に示すようにINPUT とOUTPUTについて種々の値が考えられる。このように、生産性を論じるときにはOUTPUTは何か、INPUTは何かを定義しないと認識の齟齬が発生する。

一般に、生産性を向上させるには図1に示した5つの方向が考えられ、これ以外にはない。このように、生産性を向上させたいときには、INPUT(分母)とOUTPUT(分子)を明確にして分子と分母にどのようなアクションを取るかを決めることが重要となる。

図1 生産性の向上

図1 生産性の向上

2)Q:Quality 品質

Qとして品質保証と顧客満足の2つの内容が考えられる。品質保証は、JIS Q9000 によれば「品質要求事項が満たされるという確信を与えることに焦点を合わせた品質マネジメントの一部(3.3.6)」であり、生産者と顧客の相互の活動である。一方、顧客満足は、「顧客の期待が満たされている程度に関する顧客の受け止め方(3.9.2)」であり、顧客が主体となっている活動である。

顧客満足が低いことの一般的な指標としてクレームがあるが、クレームがないことが必ずしも顧客満足が高いことを意味するわけではない。筆者は、クレームは品質保証ができていないときに発生する現象であり、顧客満足はクレームがゼロの下でどれだけ顧客に満足感を与えているかの指標であると考えた方が良いのではないかと感じている。

3)C:Cost コスト

この指標は、コストから発生している評価尺度であるが、より広く、お金に関する効率の向上を目指す評価尺度であると考えられる。一般に、「利益=売上-コスト」で示されるので、利益の向上には、コストを下げることと売り上げを増やすという両面が考えられる。

コストには、原材料、作業者、機械設備、治工具、エネルギー、在庫(原材料、仕掛品、製品)、保管具、倉庫、搬送具、情報システム、保守など多くのコスト項目が考えられ、これらの項目について検討し、削減を図ることになる。一方、売り上げの向上を図るためには、需要の増加、顧客満足度の向上、リピーターの増加、新製品の開発など、生産だけでなく研究開発や営業にかかわる活動を視野に入れる必要がある。さらに、資金の流動性や設備投資などの経済性管理にかかわる活動も含める必要がある。

4)D:Delivery 納期

Dは一般には納期と解釈されているが、時間に関する効率の向上及び量に関する効率の向上を図るための評価尺度である。時間に関する評価尺度には、時点、期間、工数がある(図2参照)。納期遅れは避けなければならないが、納期前に到着して場所が不足しても在庫が増えても困る。トヨタ生産方式ではJIT(Just in Time)によりこの管理を行っている。期間に関する評価尺度には図2に示すような様々な時間が考えられる。工数は、作業者が対象の場合には「人×日(または時)」、機械が対象の場合には「台×日(または時)」を単位とする評価尺度である。ある作業に投入された総作業時間と考えることもできる。

量に関する評価尺度には、図3に示す滞留量、生産量、流動数などが考えられる。例えば、滞留量(在庫量)を減らせば滞留時間(在庫期間)が減少するという効果が考えられ、量と時間の対応も見られる。流動数についてはこのことが分かり易く示されるグラフを図4に示した。縦軸に累積量、横軸に時間をとったグラフにより倉庫へのINPUTと倉庫からのOUTPUTを折れ線で示している。線と線の縦方向の差が在庫量、横方向の差が滞留時間となり、時間と量の関係が明確化される。

図2 時間に関する評価尺度

図2 時間に関する評価尺度

図3 量に関する評価尺度

図3 量に関する評価尺度

図4 流動数グラフの例-倉庫への入庫と倉庫からの搬出の関係-

図4 流動数グラフの例-倉庫への入庫と倉庫からの搬出の関係-

5)S:Safety 安全性

Sは安心・安全を向上させるための評価尺度である。企業・組織は作業者および顧客に対する安心・安全を向上させていかなければならない。作業者に対しては厚生労働省が次式で示す強度率、度数率に関する統計をとっており、種々の産業についてのこれらの指標を公表している(参考資料4)。最近では、ストレスチェックによる精神的な安心・安全を向上させる取り組みもなされている。

強度率=(延べ労働損失日数/延べ実労働時間数)×1,000
度数率=(労働災害による死傷者数/延べ実労働時間数)×1,000,000

顧客に対しては、企業・組織のOUTPUTである製品やサービスに関する安心・安全への対応がある。例えば、製造物責任法の遵守、トレーサビリティの向上、STマーク(日本玩具協会)などが挙げられる。

6)M:Morale 士気

Mは働きがい、士気、やる気に関する向上についての評価尺度であり、Moral(モラル:道徳、倫理)とは異なる概念である。Mに関する内容には以下のような項目があげられる。

①人財育成 研修制度、資格取得、キャリアパスなど企業・組織に関係する人の知識・技術・態度の向上に対する項目

②作業環境 職場の雰囲気、自主管理活動の実施、改善提案制度など企業・組織の職場全体にかかわる項目

③福利厚生 有給休暇の取得、出産・育児休暇の取得、保養施設、健康管理制度や施設など企業・組織全体にかかわる項目

7)E:Environment、Ecology 環境

Eは自然環境、社会環境に対する継続性の維持・向上に関する評価尺度である。自然環境に対して、NOx、SOx、CO2などの削減、ゼロエミッション(ごみゼロへの活動)、3Rの実践、グリーン購入、エコドライブ、ISO14001(環境マネジメントシステム)の認証など種々の取り組みがあげられる。また、社会環境に対しては、社会貢献活動(スポーツ、芸術、文化、教育など)、地域との協働・連携活動など様々な取り組みが行われている。より広範な地球環境に対しては、2030年を期限とするSDGs(Sustainable Development Goals) の活動も含まれる。

8)KPIとKGIについて

目標・評価尺度の説明の最後にKPIについて触れておく(図5参照)。これまで述べてきた種々の評価尺度は図のPIに当たる。その中で、各職場あるいは各業務におけるKPIが決められる。KPIが最も上位のKGIに結び付かなければ個別の改善にとどまってしまう。企業・組織全体が同じ方向性を持って活動するためにもKGIを決め、そのもとでKPIを設定することが重要である。

図5 KPIとKGI

図5 KPIとKGI

 

6.問題解決ができる人財の育成(参考資料5,6

これまで述べてきた問題解決をより良くできる人材の開発について触れることにする。日本経営工学会、日本インダストリアル・エンジニアリング協会、日本技術士会と協働でモノづくり、サービスづくりの人材育成についてのキャリアアップについて検討したことがあった。その一つとして就職後10年間で国家資格である技術士資格の取得のキャリアパスを考えた(図6参照)。技術士は主として電気・機械・化学・建設・土木・農業・水産・情報など固有技術の分野を対象としているが、唯一管理技術に関する分野として「経営工学」がある。また、20の技術部門の上に総合技術監理の部門があり、総合的に問題解決を図れる人財と位置付けられる。

とはいえ一挙に技術士資格に挑戦することは難しいため、ビジネス・キャリア検定試験を図6の技術士への道の各ステップで大いに活用すべき資格であると考えられる。例えば、BASIC級と3級は基礎研鑽、2級は初期研鑽、1級は継続研鑽に位置づけられるのではないだろうか。ビジネス・キャリアには8つの分野があるが、総合技術管理の資格取得までを考えるとその多くの分野が関係している。

これらの資格を取得することは、単に知識を増やすことだけでなく、問題を発見する力、問題を構造化してとらえる力、問題を図やグラフなどで分かり易く表現する力、他の人とのコミュニケーションを図る力、問題解決の幅を広げる力などを育むきっかけになる。3回の記事を読んでいただいたことに感謝し、よりよく問題解決ができる人財になっていただきたく思う。

図6 技術士資格取得のキャリアパス

図6 技術士資格取得のキャリアパス

 


参考資料

  • 渡邉一衛「日本ロジスティックスシステム協会、日本インダストリアル・エンジニアリング協会での講義資料」2021年版
  • トヨタ自動車九州インタビューその2|第一線監督者に必要な五大任務とはいったい何か? | 第一線監督者の集い (foreman.jp)
  • JIS Q9000:2015品質マネジメントシステム-基本及び用語
  • 「令和3年労働災害動向調査(事業所調査(事業所規模100人以上)及び総合工事業調査)の概況」厚生労働省、2022年5月
  • 渡邉一衛「IEの基礎研修と資格~IE研修の経験から~」日本インダストリアル・エンジニアリング協会IEレビューVol. 57,No.5 2016年
  • 渡邉一衛「経営工学人財育成への支援活動-FMES,JABEE,技術士資格を中心として-」日本経営工学会経営システム誌Vol.30,No.2 2021年

 

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