JAVADA情報マガジン6月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-

2017年6月号

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成長を出し続けられるビジネスパーソンを目指して
第3回 従業員の自律的なキャリア形成の支援に取組む企業②

公財)日本女性学習財団キャリア形成支援士、国家資格キャリアコンサルタント、CDA
  産業ジェロントロジーアドバイザー
   松尾 規子 氏 《プロフィール》 

はじめに

前回は厚生労働省の「キャリア形成支援企業」 の中で「従業員の自律的なキャリア形成の支援に取組む企業①」として正社員向けの制度や施策についての取り組みについてお話をいたしました。今回は前回ご紹介した企業においてパートタイム労働者 ii の働きについてキャリア形成の支援に取り組む制度や施策についてお話を進めていきたいと思います。

昨年から国が旗振りを行なっている「働き方改革」の工程表 iii にも「仕事ぶりや能力評価に納得して、意欲を持って働きたい」との課題に対し「非正規雇用労働者の正社員化などキャリアアップの推進」が対応策の一つとして挙げられています。非正規雇用労働者については正規雇用者と派遣社員の待遇格差の問題をはじめ、フリーターや派遣社員に関する話題が取り上げられがちですが、非正規雇用の約5割はパートタイム労働者です。 iv 企業にとっても、労働市場においても、「なくてはならない存在」であるパートタイム労働者の定着率や能力開発について 「パートタイム労働者活躍推進企業」 ではどのような取り組みが行われているか具体的な事例を見ていきましょう。

 

1.「従業員の自律的なキャリア形成の支援に取組む企業②」

(1)パートタイム労働者活躍推進企業とは

パートタイム労働者の働き方や貢献に見合った処遇と、職場環境の整備を自主的に取り組んでいる企業に対し、厚生労働省では平成27年度より「パートタイム労働活躍推進企業表彰」を実施しています。この表彰制度は他の模範となるパートタイム労働者の活躍推進に取り組んでいる企業などを表彰し、これを周知することで企業の取組を促進することを目的としています。

取り組み実施要件は下記の4分類があり、受賞要件にはそれぞれ複数の分野の取組が必要になります。vi

第1分野:パートタイム労働者の働きぶりの評価と適正処遇に関する取組

第2分野:パートタイム労働者に対する教育訓練やキャリアアップに関する取組

第3分野:パートタイム労働者とのコミュニケーション向上のための取組

第4分野:その他の取組
      (第1~3分野以外で、パートタイム労働者の活躍推進に向けた取組)

それでは実際に第1回目に受賞をした企業の取り組みを見ていきましょう。

(2)第1回受賞企業の事例から

平成27年の第一回目に「パートタイム労働活躍推進企業」 vii として表彰された「三井住友海上火災保険」の受賞の評価ポイントとなった

① 絶対評価により目標達成状況の処遇反映

② 能力開発(スキルアップ)プログラム

の2点に絞って検討をしていきたいと思います。

(2)−1:絶対評価により目標達成状況の処遇反映

当該企業では正社員と同様に「目標設定(以下の図参照)」 viii に「行動目標」、「成果目標」を設定した上で、考課者との面談を経て絶対評価を行う「目標チャレンジ制度」を運用しています。パートタイム労働者についても目標設定に関しては前回と同じエドウィン・A.ロック、ゲーリー・P.ラザム「目標設定と自己効力感」 ix についての説明ができます。一般的にブラックボックスとなりがちな評価についてパートタイム労働者にも明確な評価基準があることで、仕事と処遇の納得感を高めることができます。
また、中長期的な目標達成のためのキャリア形成に係る教育プログラムの参加や短期間での成果、スキルアップについても考課者と共有することで組織の一員としてキャリアの棚卸が可能となります。

目標チャレンジシート(イメージ)

(2)−2:能力開発(スキルアップ)プロフラム

次に、入社時よりの能力開発、スキルアップに関するプログラム(以下の図参照) を見ていきましょう。入社時には就業規則を含め、コンプライアンス、個人情報保護法に基づいた情報管理といった組織の中で働く上でのルールを学びます。その上で、個々の担当業務に応じた入社時研修(OJT)を含め、レベルアップを目指し本人の希望により選択する「ステップアップ研修」などがあります。

スタッフ社員 教育プログラムの全体像

ステップアップ研修や自己啓発については社員と同じプログラムも受講が可能です。パートタイム労働者も自主的に学びさまざまな知識を率先して身につけていくことで、業務固有のOJTやOFF−JTでは育てられなかった人材育成が可能であり、組織における生産性が高まります。その事例としては、

①事故対応部門でのレベルアップに社外通信講座等を活用し社会保険労務士を取得。休業補償などの社会保険について専門知識を得ることで「あやふや」な説明をすることがなくなり被害者からの信頼も高くお礼状をいただく。

②Beプロオンデマンド(スマートフォン用の社内動画視聴アプリ)でパワーポイント作成とプレゼンテーションスキルを学ぶ。社員と相談をしながら研修会の資料を作成、職場内での研修を実施し後進の指導にあたる。

③職場でコミュニケーターの育成や管理、お客様対応の中で思い通りにいかずイライラしがちな自分の本質を見つめ直すために(一社)日本アンガーマネジメント協会 xi 理事の戸田久実氏 xii を招聘した「アンガーマネジメント」研修を受講。自分の感情コントロールができるようになり周囲がよく見えるようになった。また、「怒り」のコントロール方法を職場メンバーに伝えることで相互のコミュニケーション力アップにつながりチームワーク強化と自身のセルフコントロール、コミュニケーションに対する評価に対するフィードバックのスコアアップがあがった。

このようにパートタイム労働者に対して、教育訓練などの能力開発を計画的に実施し、その上で自己研鑽を積み、能力や働きぶりなどに応じて担当する職務の内容を高める(キャリアアップする)ことができる仕組や、パートタイム労働者をパートリーダーなど役職に登用する制度があることは、組織に対するコミットメント意識が高くあることは周知の通りです。
また、下図のように、育児と介護で一時的に職場から離れている期間においても正規社員と同じような企業内訓練を受講し能力開発機会があることは休業復帰をスムーズにするための一助となります。

仕事と育児・介護の両立支援制度(法定以上のもの)

 

2.まとめ

企業においては正社員といった長期雇用を前提とした雇用システムにおいてパートタイム労働者に対する数量的柔軟性は大きくても機能的、つまり、労働時間や、労働配置、労働条件(雇用管理)については、柔軟性は長年低い状態でした。それが変わってきたのは1990年代後半です。日本の労働市場の構造的な変化として、学校卒業直後、非正規社員として就業するものが増加した結果、新規学卒者がキャリア形成の初期段階において受けることができる人的資源投資がされていないケースがあり、そのことが将来のキャリア形成にマイナス影響を及ぼす可能性が高いことが指摘されています。 xiii

組織の三次元モデル

例えば、シャインのキャリアコーン組織の三次元モデルを例にとってみると、上図 xiv の左図は従来の組織におけるキャリアコーンであり、これは組織構成要員にパートタイム労働者等非正規社員を含めていませんでした。近年の社会環境の変化において世界的に鑑みても組織(企業)は多くの非正規社員を抱えることになり、近年のシャインのキャリアコーンは上手の右図のように変化をしています。

その上で、シャインはキャリアコーンの変形部分にいる労働者(右図の□囲みの部分)は組織の中心にも到達できなければ、キャリアコーンの頂点への上部組織にも上がることができないことを指摘しています。

しかしながら、いまやどの企業においても生産性の向上を左右する業務を担い、持続的成長の原動力としてパートタイム労働者の人材育成の重要性は益々増しているのではないでしょうか。今回の事例だけではなく、他の受賞事例を見ても企業の規模を問わず「労働時間以外の点においてはフルタイム労働者と何ら変わるものではない」という考えのもと、「どんな人がどんな組織で、どんな気持ちで働くことが、どの事業ドメインでどのように特徴的価値を生み出し、どう企業と社会の利益に貢献するのか」と様々に工夫され組織に浸透させています。そのような取組がひいては採用力強化にもつながり、その組織においての成長力にもつながると思料します。人材育成には全ての企業に当てはまるベストプラクティスが存在しません。多様な働き方の見極め、モチベーションを高める仕組み、混合職場(正規、非正規)、能力開発の問題についても柔軟に対応することで、一過性だけではない社会資源としての人材育成をはかることができると思います。

以上、前回、今回と企業における取組を見てまいりました。次回、最終回は「働き方改革の先にあるキャリア形成」と題し、働き方改革の概念も含めたお話を述べさせていただきたく思います。

 


 

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