JAVADA情報マガジン5月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-

2017年5月号

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成長を出し続けられるビジネスパーソンを目指して
第2回 従業員の自律的なキャリア形成の支援に取組む企業①

公財)日本女性学習財団キャリア形成支援士、国家資格キャリアコンサルタント、CDA
  産業ジェロントロジーアドバイザー
   松尾 規子 氏 《プロフィール》 

はじめに

前回は大学の講義を通じてキャリアについて気づきを得た私ごとのお話をさせていただきました。
今回は、個人のキャリアコンサルティングに軸足をおいている多くのキャリアコンサルタントの方々が普段あまり目にする機会がない企業内の取り組みについて厚生労働省の「キャリア形成支援企業」 の好取組例事例を紹介していきます。

企業内では個人のキャリア形成と環境(グループや組織)への働きかけが重要になります。
そのような観点からは企業内キャリコンコンサルタントは心理学と社会学、カウンセリングと、ソーシャルワークの複合的な支援が求められています。事例を参考に企業内人材育成の課題と理解を深める一助となれば喜ばしい限りです。

 

1.「従業員の自律的なキャリア形成の支援に取組む企業①」

(1)キャリア支援企業表彰とは

多くの人が在籍する組織(企業の中)で「人を育てる風土」はどのように醸成されているのでしょうか。

厚生労働省は平成24年度より、従業員の自律的なキャリア形成の支援に取り組む企業を公募し、優れた事例を表彰しています。「キャリア形成支援企業」の評価項目 ii は以下の項目で更に詳細な評価項目があります。

(1)「企業が行うキャリア支援の内容は表彰に値するものであるか(キャリア形成の仕組みと活用)」

(2)「企業が行うキャリア支援策は機能し効果を上げているか(機能・効果性)」

(3)「キャリア支援の普及促進に貢献するものであるか(普及推進への貢献)

それでは実際に2013年度に受賞した企業の具体的な事例をみていきましょう。

(2)2013年度受賞企業の事例から

今回は「三井住友海上火災保険株式会社」事例検討企業 iii として取り上げてみたいと思います。
ここでは企業理念や倫理観に即した形で従業員一人ひとりの力量を向上し組織力向上を重点的におき従業員が主体的にキャリア形成に取り組めるような制度や政策を行なっています。
なお、この事例検討は2013年度時点の制度や施策であり、企業においては企業の行動憲章や理念や方針は大きく変わりせんが運営方法や制度の拡充は毎年見直しがおこなわれています。
例えば当該企業の理念と方針は iv

"社員が『働きがい』と『成長』を実感できる会社づくり」の方針に置いて「お客さまの信頼を獲得し、成長を実現する」ために社員の成長が重要と考え社員像と企業文化の実現を目指してキャリア支援の取組を推進する"
とし、社員像と企業文化を明確化しています。

『目指す社員像』

・自ら学び自ら考え、チャレンジし、成長し続ける社員

『目指す企業文化』

・社員一人ひとりが、プロフェッショナルとしてチャレンジする企業

・社員一人ひとりが、誇りと働きがい実感し、成長できる企業

今回はこの企業理念と方針の中で社員が働きがいを感じされるような自律的なキャリア形成の支援として運営されている特徴的な4つの取り組みを見ていきたいと思います。

 

この制度はパート社員 を含む全社員が、目標を上司・部下の話し合いで確定し、年3回の面談を通して課題の共有や振り返りを実施しています。①組織の力の最大化に何が必要なのか。②マネジメント力の向上 。③評価の公平、納得性といった面のメリットもあります。また、この面談では次項に紹介する「成長MYページ」「能力開発マップ」も確認しています。

目標設定については心理学者のエドウィン・A.ロック、ゲーリー・P.ラザムがモチベーションに及ぼす影響を「目標設定と自己効力感」の視点から調査研究に基づいて捉えた目標設定理論があります vi

①安易な目標に比べ、受け入れられた(合意した)難しい目標の方が努力の量が高まり、持続性がある。

②具体的な目標が人の意識を方向付け、どのように進めれば達成できるのかの手法や手段を考えさせる。

との研究結果があります。

しかしながら、実際にはいかにして各々に適切な困難さを持つ目標を設定するのか、「目標設定の制度」を取り入れている企業では運営にも様々に工夫をされているのではないでしょうか。なぜなら、余りにも高すぎる目標設定は自己効力感の低下につながるため、安易な目標達成に流されないようにすることが必要になります。

そのためマネジメント層は部下の能力やキャリアビジョンを勘案しつつ十分にコミュニケーションをとりながら目標設定者が難易度が上がる目標を受け入れ、自己効力感を保つことができるように、定期的な面談以外にも日ごろから「目配り」を含めたコミュニケーションが必要になります。

(2)−2 「成長 My ページ」「能力開発マップ」活用

一方で個人も自分自身のキャリアの振り返りも出る仕組みを構築しています。それが、自己の学びの振り返り「成長MYページ」「能力開発マップ」の活用です vii 。資格取得や研修参加歴や能力開発目標などを確認、部門別スキルマップによって自分が担当業務として必要な知識やスキルを幅広く考え、自分に役立つ研修や通信講座、推薦図書などを確認することもできます。「セルフ・キャリアドック」と同じようにキャリア形成に関する社員が自らの成長を振り返り、今後のキャリア形成を主体的に考え計画的に取り組みための基本ツールです。 仕事生活の中で身につくスキル・知識、仕事生活以外で身につけていく事が必要なスキル・知識を確認することも可能です。

(2)−3 キャリア形成に向けた自己啓発支援

次に図1の能力開発施策図を参考に今回は下図の黄色の枠でかこんだ部分、ポストチャレンジ制度、社内トレーニー制度について少し言及したく思います。社内トレーニー制度は希望する業務を短期間体験や実感できる制度として、多くの社員が積極的に活用しています。 これは、社員のキャリア形成やスキルの向上に大変有効であり、未経験部門の業務を経験することもでき、部門間の相互理解にも役立っています。 一方でポストチャレンジ制度 viii は、社員自ら希望する業務にチャレンジできる公募制度です。

この二つの施策に共通して言えるのが、企業内におけるプロティアンキャリアの経験です。

昨今の企業を取り巻く経営環境が厳しくなる中で新たに日本企業が取り入れていったキャリアマネジメントの原則は、エンプロイアビリティ ix を高める機会の提供を重視するという考え方です。企業は従業員の雇用の確保を重視しつつも、従来の様に個人のキャリア形成を主導する立場から、個人のキャリア形成を支援する立場へと変化し、働く個人には自律的なキャリア形成が求められるようになってきました。個人が異動や配置も選択する機会を得るポストチャレンジ制度、社内トレーニー制度はキャリア形成を相互依存型から自立支援型に変化する制度の一つである見ることができます。

図1:能力開発施策の全体図

能力開発施策の全体図

(2)−4 キャリア研修の拡大

自ら学び自ら考え、チャレンジし、成長し 続ける社員」となるためには、キャリアデザインの考え方を身に付ける必要があります。そのためキャリアマネジメント研修の拡充が計られています xi 。学ぶ方法としては図1のe-learning方式の学びが自主学習のコンテンツがあります。図2について具体的に見ていきましょう。

図2 キャリアデザインについてのコンテンツ xii

キャリアデザインについてのコンテンツ

これは「キャリアビジョンと何か」という基礎知識から、キャリアデザインの考え方について学習できるコンテンツです。ここでのMUST(役割)は企業においては「所属する組織や企業」(環境)の求めることであり、企業を取り巻く環境の変化や時代の流れにドリフトされやすく所属している企業(組織)の方針によっても変わります。

 

2.「企業におけるキャリア形成の支援」とは

前項では企業の中での自律的なキャリア形成に関する4つの制度や施策をキャリア理論や学説と合わせながら見ていきました。「自律性」は企業経営学の中で特に人的資源管理の点では、予てから一つのキーワードとなっていました。なぜなら組織、すなわち一人では成し遂げられない目的を達成するために、複数の人間が集う場である組織とは本質的に他律的な場であり、人間という自律的な存在を扱うことは経営管理の大きな課題であったからです。

このような二項対立となる課題に対し今回の事例のような「企業」での「社員の成長」を「企業の成長」と位置づけるシナジー効果を発揮する制度や施策についてのお話しさせていただきました。
(左図:イメージ)

さて、このように従業員に対しキャリア開発や自己成長の場を提供するのは今までは企業の義務となっていました。しかしながら、昨年度の法改正 xiii で、「企業は従業員のキャリア開発を「サポートする」」と変わっています。成長は従業員の自己責任となり、制度や施策が整っていれば、キャリア支援を受ける「権利」はもらえてはいても、必要なものを自らが掴み取っていかないと手に入らなくなってしまう、ということです。

組織の中でキャリア・ドリフターズ(漂流者)にならないよう、キャリア・ドリフトで「セレンディピティ」が見つかるように日常においてビジネスパーソンとしてはマインド、スキル、知識(専門、一般教養)が共通して必要な知識スキル、高い成果を出すために伸ばすべき強み、専門性を自律的なキャリア形成を繋げていく必要があります。具体的には若手社員は現在の業務や将来の目標に向けて足りない、あるいは伸ばしていくべき知識・スキルについて重点的に習得して取り組みを行い、また、中堅からベテラン社員は自ら学ぶということだけではなく、部下や後輩に何を重点的に学ばせるかを考え、育成、指導を行うことが、組織においてのシナジー効果の源泉であり、キャリアコンサルタントとしても注視していく必要があると思料します。

今回は厚生労働省の「キャリア形成支援企業」の事例の中で2013年度に行われている4つの施策についてご紹介をさせていただきました。

次回は「従業員の自律的なキャリア形成の支援に取組む企業②」厚生労働省「パートタイム労働活躍推進企業表彰」 xiv の事例をご紹介させていただきます。

 


 

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