JAVADA情報マガジン10月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-

2016年10月号

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若者のキャリア形成とメンタルヘルスを考える
心理カウンセリングとキャリアカウンセリングの接点から

第3回 若者のキャリア支援における2つの方向性
 ~外向きのキャリア支援と内向きのキャリア支援~

京都大学学生総合支援センター センター長(教授)
   教育学博士・臨床心理士 杉原 保史 氏 《プロフィール》 

1.はじめに

これまでの2回では、組織の人事担当者や、新社会人の職場の上司・先輩に向けて、いかに若者のキャリア形成を支援していくか、その上で出会う問題をどんなふうに理解していくかを考えてきました。その中で、時代状況を背景として、どんどん拡大する一方の世代間ギャップゆえに、年長の世代が若者の言動を感覚的にうまく理解できないとしても、それはある意味当然であること、若者のそうしたありように好奇心をもって関わっていく姿勢が有用であることを述べてきました。
 それを踏まえて、今回は、現代の若者が社会人として成長し、しっかりとキャリア形成をしていくためにどのような支援が求められているのか、心理カウンセラーとしての経験に基づいてさらに深く考えてみたいと思います。
 まずは私が普段どんなふうに若者の相談を受けているのかというところからお話しましょう。その上で、そうした若者の相談活動から見えてくるキャリア支援の問題について考えてみます。

 

2.大学生の悩みの相談の現場から

私は、毎日、学生の悩みの相談を受けています。いわゆる心理カウンセリングが私の専門分野です。学生はうつや不安や性格の悩みや対人関係の悩みなど、多種多様な悩みを携えて相談にやってきます。
 たとえば、ある女子学生は、引っ込み思案な性格について悩んで来談しました。彼女は、人前で話すのが恐い、みんなの目が恐い、批判されるのではないかと恐い、などと話します。私は、まずは彼女にその思いをありのままに話すよう促しながら、じっくり話を聴いていきます。そうして聴いていると、私には彼女が、どこか心の奥底で、むしろ目立ちたい、人前に立ちたい、堂々と自己を表現したい、といった欲求を抱いているのではないかという感じがしてきます。彼女の言葉の端々から、そうした秘かな欲求が伝わってくるのです。
 私は、彼女には、自分らしさの一部でもあるそうした健全な欲求を危険なものと見なし、恐れさせてしまうような経験があったのではないだろうかと考えました。危険なものとしてぎゅっと抑え込まれた欲求は、出口を求めてますます強くなります。そうなると、抑えきれずについ漏れ出てしまうこともあるでしょう。そのときそれは荒削りで、未熟な出方をしてしまいがちです。生意気だとか、勝ち気だとか、上から目線だとか言われるような言動になってしまうのです。その結果、人は、その欲求の激しさをますます恐れ、さらに強く抑え込むようになります。引っ込み思案な性格で悩んでいる人には、しばしばこうした葛藤と、それにまつわる悪循環が認められるのです。
 こうした相談はいかにも心理カウンセリングらしい悩みの相談だと思われることでしょう。けれどもこうした相談においても、そこには常にキャリアの問題が含まれているのです。たとえば、彼女は、自分はこういう性格だから、将来、営業職などはできないと言います。自分には、パソコンに向かって伝票を打ち込んだり、書類作成をしたりするような事務的な仕事が向いているのだと言います。そのくせ、そういう自分をダメだと感じ、営業職に対するこだわりを棄てきれません。
 人の心はそのように葛藤に満ちているものであり、こうした葛藤をほぐしていくのが心理カウンセリングなのです。しかし、上の例からもお分かりいただけるように、その心理カウンセリングには、常にキャリア支援の面も伴っています。

 

3.キャリア支援は外的で現実的な支援?

 以上、私の日頃の相談現場の一端をお話ししながら、心理的な悩み相談とキャリア形成の支援とがいかに重なり合うものであるかをお伝えしてきました。一般には心理カウンセリングは心という内面的なものを扱う内向きの援助、キャリア支援は職業という現実的で社会的なものを扱う外向きの援助だと考えられているようです。けれども私には、こうした見方はそれぞれの実際を必ずしも反映しない、過度に単純化されたもののように思えます。
 確かに、若者のキャリア支援においては、相談に来た人がどのように社会に参加していくかについて、その人の考えを深め、有意義な選択ができるよう援助します。労働市場や業界についての知識をもとに、就職や転職の援助をします。その援助は外的で現実的な援助であるように見えます。
 けれども、先ほどの彼女がキャリア支援の現場に相談に来たとしたらどうでしょうか? 事務職が向いているという彼女の話を聞いて、事務職の求人を紹介するのでしょうか? 彼女が社内の配属先の希望で、経理課や総務課を希望したなら、その希望をそのまま受け取って配属先を決めるのでしょうか?
 もちろん、そういうこともありえるでしょう。実際上、それで十分という場合もあると思います。けれども、彼女のキャリア支援に当たる人が、彼女の抱えている葛藤に気づくことができれば、ひと味違ったキャリア支援ができるかもしれません。彼女は事務的な仕事を希望しながら、「私にはそんなことぐらいしかできないから」「営業職なんかではやっていけないと思うから」「人前でプレゼンなんてすごく苦手だから」などと自己卑下的な言葉を述べるかもしれません。葛藤はそういう何気ない言葉に表れます。
 支援に当たる人がそういう言葉に興味を抱き、「その思いについてもう少し聴かせてくれる?」と促していくならば、少しずつ彼女の葛藤が明らかになってくることでしょう。彼女の言葉の端々から感じられるニュアンスを汲み取って、「あなたは実は人前で堂々とプレゼンができたらなーって思ってるみたいだね。でもその夢を自分には無理なんだって、何とか諦めようとがんばっているみたいだね」と伝えることができるかもしれません。そうしたやり取りの中で、彼女は、秘かに抱きながら自ら抑え込んできた願望・欲求にあらためて気づいていくでしょう。支援者がその願望・欲求の健全性を認め、励まし、その実現に必要なステップを教え導いていけば、もしかすると彼女はその願望・欲求の実現に向けて真剣に取り組み始めるかもしれません。それは彼女にとって勇気の要ることでしょう。けれども、なかなか踏み出せないその一歩を勇気づける援助があれば、彼女はより積極的な人生を歩むことができるようになるでしょう。
 たとえ結果的にはその願望・欲求は実現できなかったとしても、そのときにも彼女にはより満足なキャリア選択ができるはずです。

 

4.自己分析の重要性

キャリア支援の領域では、こうした作業はしばしば「自己分析」と呼ばれて重視されてきました。自分の性格、欲求、価値観などを深く理解することは、キャリア形成の基礎なのです。とはいえ、自己分析はさほど単純なことではありません。自分の心だからと言って、すべて分かっているわけではないのです。人はしばしば自分の重要な欲求を自分自身から隠します。自分の重要な欲求を恐れ、気づかないように心の奥にしまい込みます。そのことは、常にキャリア形成上の問題として立ち現れてきます。こうした自己分析を深めるキャリア支援は、本質的に言って、かなりの程度まで心理カウンセリングと重なるものだと思います。
 現代の社会は流動性が高く、変化が急速です。それゆえに、最新の社会情勢、雇用情勢、業界情勢などの現実的な情報が必要です。それを伝えることは重要なキャリア支援になります。しかし同時に、そのような社会だからこそ、深く内面的な作業がとても重要になってくると思います。社会の急速な変化に流されず、満足で豊かなキャリアをしっかり形成していくためには、深くきめ細かい自己分析が必要なのです。「汝自身を知れ」という古代ギリシャの格言は、現代社会においてこそ、いっそう有用な教えなのです。
 社会への参加の仕方を選択し、就職や転職の選択をしていくためには、そもそも自分が何をしたいのか、何に満足を見出し価値を見出すのか、何をするとき生きがいを感じるのか、といった感覚に対する感受性が開発されていなければなりません。この地球という惑星に降り立ったはかない命として、1回限りの短い人生において、何をすれば充実感と満足感をもってこの惑星を後にすることができるのかという問いに対してしっかり答えていく姿勢が培われなければなりません。これはきわめて内面的で、パーソナルで、深く実存的な課題です。
 にもかかわらず、現代社会は目先の効率を優先する忙しい社会であるがゆえに、じっくりと深く内面に目を向け、感じ取り、自分の心とねんごろに関わる時間が誰しも減っています。また親子関係でも、教師-生徒関係でも、上司-部下関係でも、相手の心の動きに繊細な注意を向けて感じ取るようにしながら関わることは減っています。われわれの内的な気づきの程度や精度は、江戸時代や明治時代の人々と比べて、おしなべて浅く、貧弱になっていると思います。そしてその傾向は世代が下がるほど強まっているでしょう。
 外向きの現実的なキャリア支援と、内向きの心理的なキャリア支援。その両方をバランスよく提供すること、その両者が実はひとつのコインの両面であるという認識をもってそれらを提供することが、とりわけ現代の若者のキャリア支援においては大切だと私は思います。

 


 

 

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