JAVADA情報マガジン9月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-

2016年9月号

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若者のキャリア形成とメンタルヘルスを考える
心理カウンセリングとキャリアカウンセリングの接点から

第2回 新世代における新しい悩みのスタイルを理解する
 ~若い世代に増えている新型うつを中心に~

京都大学学生総合支援センター センター長(教授)
   教育学博士・臨床心理士 杉原 保史 氏 《プロフィール》 

1.新しい悩みのスタイルへの戸惑い

組織の人事労務管理の担当者や、新社会人の職場の上司・先輩は、ときに世代間ギャップを抱えながらも、若者を組織に迎え入れ、指導・教育すべく、日々、取り組んでおられることと思います。前回は、そうした取り組みにおいて若者の言動がさっぱり分からないとしても、それはある意味当然であること、そして若者のそうしたありように好奇心をもって関わっていく姿勢が有用であることを述べました。それを踏まえて、今回は、現代の若者が示しがちな問題の中でも、とりわけ人事労務担当者や上司にとって理解しづらいとされがちな問題の一つである「新型うつ」を例にとって、若者のキャリア支援について考えてみましょう。

 

2.新型うつ

ここ十数年、メンタルヘルスの専門家の間では、若い世代を中心に新しいタイプのうつが流行しているという認識が広がっています。従来型のうつは、まじめで、頑張り屋で、責任感が強い人が、無理に無理を重ねた挙げ句にポキリと折れるように急にひどく元気がなくなり、何もできなくなってしまうというものです。こうした従来タイプのうつでは、見るからにとてもしんどそうなのに、本人は仕事を休むのを極度に申し訳なく感じていて、自分から休みたいとは言い出さないことが多いです。しかしどうしても身体が言うことをきかず、最後には起き上がれなくなってしまうのです。そして、仕事を休んだ日には、たいてい一日中、寝ています。以前は好きでやっていた趣味や娯楽もできなくなります。
 これに対して新型うつは、確かに元気がなく憂うつ気分があるという点では従来型のうつと同様ですが、他の点ではかなり違っています。まず、自ら進んで医療を受診し、診断書をもらってきて「うつなので仕事を休みます」と言ってくることが多いです。そして仕事を休んでいる間、ずっと寝ているわけではなく、旅行に行っていたり、夜な夜な友達とライブを見に出かけていたり、ネットゲームにはまっていたりと、活動的であることが多いです。自分を責める言動はあまり聞かれず、場合によっては会社や家族を責める姿勢を見せることもあります。上司が「うつで休んでいるのに、旅行する元気があるとはどういうことだ」などと咎めるような言動をすると、パワハラだと反撃したり、復職支援体制がなっていないとクレームをつけたりと、攻撃的になることもあります。また、ポキリと折れるようにひどいうつに陥るというよりは、だらだらと元気がない状態がメリハリなく続くように見えます。
 こうした状態は、人事労務担当者や職場の上司にとって、非常に理解しづらく、場合によっては腹立たしく感じられることさえあるでしょう。ともすると「甘えているだけ」「ラクしたいだけ」「仕事をなめているだけ」などと感じられやすいでしょう。

 

3.新型うつを理解する

しかしこうした見方では、若者たちとの間のギャップが深まるばかりで、援助的な関わりはできないでしょう。若者の方は、実際に憂うつな気分であることは確かであり、何とかしたいとも思っているのです。まずはそのことに目を向けましょう。
 憂うつで、元気がなくて、何とかしたいと思っている人が、仕事を休んで旅行に行ったり、ゲームに熱中したりするのはなぜなのか、何よりそこが一番分かりにくいかもしれません。実のところ彼らは、憂うつを改善しようという自分なりの努力として、旅行に行ったり、ゲームに熱中したりしているのです。自分の好きなこと、楽しいと感じることをすれば、憂うつから回復できるという考えから、そうしているのです。あるいは、つらい憂うつを味わうのを避けるために、とりあえずの避難措置として、旅行やゲームに向かうのです。しかし、実際のところ、それだけではなかなか本当に回復するところまではいけないことが多いでしょう。
 また、若い世代は、年長世代がそうであったよりもずっと、個人を尊重する時代精神を空気のように吸って生きてきています。ですから、憂うつで不調を感じると、比較的あっさりと休みますと伝えてくるのです。年長者の感覚からすると、自分勝手だ、根性がないなどと映るかもしれません。しかし、自分を大事にして、しっかり権利主張をすることは、決して悪いことではありません。このように自分を大事にできるからこそ、新型うつは従来型のうつよりも重症化しにくいのです。これはむしろよいことだと捉えるべきでしょう。
 しかし逆に、新型うつはなかなか改善せず、だらだらと続くことが多いです。彼らには周囲からの理解と、それに基づいた効果的な支援が必要なのですが、それがなかなか得られないからだろうと私は思います。
 新型うつに限らないことですが、現代の若者の多くは、困ったとき、つらいときに、その気持ちを伝えて人に頼ることが苦手です。お金さえ出せばたいていのことは業者がしてくれる時代に育ち、親が人に頼っているところを見る機会も少なくなっています。人に頼ることは単に敗北と見なされ、格好悪いこと、プライドが傷つくことと感じられがちです。また、困っている、苦しんでいるなどという重い話を聞かせるのは相手に対して申し訳ないという配慮の感覚を強く持っていることも非常によくあります。
 そういうわけで、現代の若者の多くは、「仕事が思うようにできなくてつらいです」「同期のみんなほどうまくいかなくて不安でたまりません」などとはなかなか素直に言えないのです。こうした自分のつらい気持ちに自分でもよく気づいていないことも多いです。そういう気持ちを認めること自体がつらくて、気づかないようにしてしまうのです。「しんどいので休ませて下さい」と気持ちを伝えて頼るのではなく、診断書を提出して「うつなので休みます」という無味乾燥な事務連絡になりがちなのも、そういう心のありようの現れだと言えるでしょう。
 このように、彼らは、確かに元気そうではないにせよ、内面のつらさを素直に表現せず、表面的には軽くあっさりした印象を与えるように振る舞いがちです。この外見がくせ者なのです。この外見に騙されてはいけません。多くの年長者がこうした外見に騙される結果、「理解できない」という感覚に陥ってしまうのです。

 

4.若者は社会を映す鏡

ことさらに新型うつなどという診断がつかない普通の若者も、年長者からすれば分かりにくいことがよくあるでしょう。最近の若者は何を考えているのか分からないという感想を年長者から聞くことは多いです。
 しかし、若者は意味もなくそうしたあり方をしているわけではありません。彼らにしても、自分たちが生きてきた社会環境に適応した結果、そうなっているのであり、今後彼らが生きることになると予想される未来の社会のあり方に適応しようとしてそうなっているのです。
 ひとつには、彼らはとても豊かな時代を生きています。何でもいいからとにかく仕事に就かないと生きていけないというような危機感とは縁遠い時代です。食べられるものが大量に廃棄され、飢え死にする人がいない社会、一通りのものはじゅうぶんに与えられる社会なのです。そういう時代・社会にあっては、野心、闘争心、ハングリー精神、覇気といった心理的要素は、身につかなくて当然です。逆に言えば、彼らには空腹を満たした満足感や、欲しいものをようやく手に入れた満足感を心の糧にして生きていくことが難しいのです。
 彼らの育った時代は、とても便利で快適な時代でもあります。エアコンがあって年中快適に過ごせ、蛇口をひねればお湯が出るのが当たり前の時代です。少なくとも生物学的な欲求に関しては、我慢するという体験があまりありません。我慢強さも育ちにくいでしょう。
 また彼らは、低成長の時代に生きています。しかも経済成長が環境破壊をもたらすという認識がますます強まりつつある時代に生きています。未来に希望を抱くことが難しい時代に生きているのです。元気が出ないのが当たり前ですし、頑張っていいことがあるという気持ちが単純に引き出されにくいのも当然です。
 「若者は社会を映す鏡」と言われます。彼らは、他ならぬわれわれの世代が作ってきたこの社会に最大限適応しようとして、そのようなあり方をしているのです。そのことを思えば、彼らを理解することは、他ならぬわれわれ自身を理解することだということにもなるはずです。そして実際、彼らをうまく援助できたときに、そのことによって癒やされるのは他ならぬわれわれ自身なのです。

 

 


 

 

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