JAVADA情報マガジン3月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2015年3月号

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発達障がい・精神障がい・ひきこもり(がち)の若者のキャリア支援現場における社会福祉領域からの提言~今、福祉職に求められる守備範囲の拡大~
第3回 ひきこもり(がち)の若者とその家族の方々への就労支援の現状と課題

神戸学院大学 総合リハビリテーション学部 准教授
  特定非営利活動法人 居場所 理事長 阪田 憲二郎 氏 《プロフィール

はじめに

第1回(「発達障がいのある若者とその家族の方々への就労支援の現状と課題」)、第2回(「精神障がいのある若者とその家族の方々への就労支援の現状と課題」)をテーマに書きました。今回は、「ひきこもりがちの若者とその家族の方々への就労支援の現状と課題」について、さらにひきこもり(がち)から一念発起して就労を試みた方々を、企業の方々は彼らをどのように理解し、採用・不採用を決めているのか、社会の中の企業として、福祉現場の私から望むことは何か等、私の実践と研究の観点から書かせていただきます。

 

1.ひきこもり(がち)のある若者の現状と課題 ~実務者の視点から~

ひきこもり(がち)の若者(以下、当事者)の若者が、自分から、または家族から、就労することに迫られることが少なくありません。しかし、当事者にとっては、就労の壁は相当高いように思います。大きく理由は、4つあります。

(1)環境の変化

これまで外界との接触を持たず、当事者にとっては大きな刺激を受けることなく、生活してきたので、外界、すなわち、労働のため家を離れることに脅威を感じることも少なくありません。外界からの何らかの圧力で自分が変えられてしまうのではないか、自分の思い通りにならないのではないか等、自分主体の発達ステージです。

(2)学習経験や人間関係の少なさ

職業意識を培うためには、幼少期から当事者の年齢に達するまでの間に、家族、学校、地域等多くの外界との刺激と反応を繰り返すことによって、職業イメージを培って行きます。この点で、当事者の多くは、ある時期に、外界との関係を遮断してしまっています。そのため、当事者の職業イメージを培う方法は、インターネット等のメディアによるところが大きいといえます。いわゆる、インターネット等によって育てられた彼らと言っても過言ではないと思います。ご承知の通り、インターネットと当事者との関係は、一方向の関係です。人の成熟への大切な関係は、他者やさまざまな情報との双方向の関係が大切です。当事者の学習の結果としての成功体験や失敗体験は、当事者の行為に対する他者からのレスポンスの反応です。こうして、当事者は、社会的に求められる行為や意識を身に付けながら、成熟へのステージを進んで行きます。このような状態になる心理的背景として、「他者から見られている自分」に敏感になっていることがあげられます。つまり人にどのように思われているかが気になって仕方がないので、自分から発信することをためらってしまうあまり、双方向の人間関係が取れなくなっていくのです。その積み重ねが学習経験や人間関係の少なさとなり、「自信のなさ」につながっていきます。

(3)当事者の家族

当事者のご家族は、ひきこもり(がち)の息子さん・娘さんとの関係が、精神的に距離感を持っていることがあります。その距離感が恒常化することで、当事者は、本当はひきこもり(がち)から抜け出したいと願うものの、恒常化した状態を抜け出すほどの動機付けには至りません。また、当事者のご家族も恒常化した状態(我が子がひきこもり(がち)である状態)に伴う、当事者との衝突(場合によっては家庭内暴力を生むこともある)を好まない心情があります。すなわち双方ともに、今は、何らかの変化を猶予したい気持ちを持ちます。しかし、ひきこもり(がち)の我が子の年齢が高年齢化しており、ご家族も老齢化して行く中で、親御さんの庇護が経済的にも体力的にも限界が見えてきますと、ひきこもる(がち)状態を急激に変えようと焦りを持ち始めます。このような親御さんの気持ちを背後に、我が子に働くことを求めます。当事者にして見ますと、急激な変化に戸惑い混乱する場合も少なくありません。その結果、ひきこもる(がち)ことを罪悪であるというイメージを当事者に持たせてしまい、結果的に家庭内不協和が起こり、家族危機を加速してしまう場合があります。いずれにしても家族間の閉塞感は否めません。うまく行っている場合の特徴は、家族が専門家(精神科医、臨床心理士、精神保健福祉士など)の助言を受けながら、家族が当事者の意思や考えを受け止めて、就労(社会参加)への動機付けが高まることを待つことといえるでしょう。

(4)社会(企業)から見た当事者

少々、厳しい表現になると思いますが、ひきこもりの状態が10年以上続いている当事者も少なくありません。このような当事者は、今や30代後半から40代半ばに差し掛かっています。高校や大学を卒業して就職した方々は、この年代は職業人として深みを増し、自分なりの色合いを醸し出す時期です。
 この職業人として、エキスパートやスペシャリストとして成熟する機会を失った当事者を、雇用することは相当困難ではないでしょうか。
 先述の内容から、ひきこもり(がち)の当事者とそのご家族について、理解して頂けたと思います。企業の方に理解して頂きたいことは、「ひきこもり(がち)の当事者=社会性がない者、仕事ができない者」等といったスティグマ(烙印)を押さないことを願ってやみません。当事者のすべてにいえるわけではありませんが、彼らの中には、これまでの自分の生き方、人との関わり方に気づき、「変えたい」「変わりたい」というエネルギーを強く持って就職活動をしている者もいる現実を知って頂きたいのです。当事者の多くは、面接で履歴書の空白期間を聞かれることに相当の心配や恐れすら感じていることが少なくありません。特に恐れを感じる要因として、面接に行った後の私との面談の中で、「ひきこもり(がち)だった頃のことばかり聞かれた」と振り返る当事者が多くいることです。双方のどちらかが良い悪いということではなく、当事者は、きちんと空白期間の理由を答えることができないことと企業は当事者の本心を知りたいこととの間で、うまく意思疎通が図れていない結果ではないでしょうか。
 こうした双方向の意思の不疎通の中で、うまく就職した当事者の特徴は、企業へのエントリー時に、自分のブランクに対して、囚われすぎず、これからの自分のイメージを描け、その思いを具体的に語ることのできる、ある種の潔さを持ち、素直に人事の方々の心に訴えた当事者は、そうでない当事者よりもうまく行っていることが見られます。ブランクを隠す方法のアドバイスを得たがる当事者は、Q&Aを求める傾向が強く、表面的なエントリーと面接に終始してしまいます。だから、本心を知りたい人事の方々は、当事者の用意していないだろうと見込んだ、核心をつく質問をするのではないでしょうか。そして、当事者は何が原因でうまくいかないのかになかなか気づかないため、もっとさまざまな質問を用意することに専念してしまい、当事者は回答を教えてくれる方々を頼ると言った負のスパイラルを繰り返してしまいます。

 

2.就労を支援する福祉専門職の役割と求められるスキル・能力等

以上のことから、文章の端々で就職、面接、企業等のキーワードを出してきましたが、私たち福祉職の不足しているスキルや情報などは、以上に挙げましたキーワードに見るような専門的な知識を学んでいる者が少なく、スキルのトレーニングを受けていない者も少ないことです。
 ですから、福祉職の私たちは、キャリアに関わる専門職(キャリア・コンサルタント)との協業により、当事者と企業との橋渡しを目指していくべきではないでしょうか。この点で、私が運営するNPO法人(第1回連載をご参照下さい)では、キャリアの専門家とのチーム支援を昨年から始めました。

 

3.最後に

まず、3回の連載をお読み頂いた皆様に申し上げます。私の障がいのある若者とそのご家族の方々への思い、それを企業や社会が受け止めてくださり、当事者を正しい理解の下、共に働き、生活をする社会になっていくことを切望いたします。発達障がい・精神障がい・ひきこもり(がち)な若者が共に働ける社会とするためには、私一人の力だけでは、あまりにも非力すぎます。この機会に、読者の皆様のご協力を頂きたくお願い申し上げたい気持ちに溢れていることをお汲み取り頂けますと幸いです。長期に渡り、ご購読ありがとうございました。

 


(参考文献)

  • 斉藤環「社会的ひきこもり―終わらない思春期」、PHP新書、1999.
  • 玄田 有史、曲沼 美恵「ニート―フリーターでもなく失業者でもなく」、幻冬舎文庫、2004.
  • 蔵本信比呂「引きこもりと向き合う」、金剛出版、2001
  • 近藤直司編著「ひきこもりケースの家族援助」、金剛出版、2001
  • 貴戸理恵「『コミュニケーション能力がない』と悩む前に」岩波ブックレット№806、2011.

 

 

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