JAVADA情報マガジン2月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2015年2月号

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発達障がい・精神障がい・ひきこもり(がち)の若者のキャリア支援現場における社会福祉領域からの提言~今、福祉職に求められる守備範囲の拡大~
第2回 精神障がいのある若者とその家族の方々への就労支援の現状と課題

神戸学院大学 総合リハビリテーション学部 准教授
  特定非営利活動法人 居場所 理事長 阪田 憲二郎 氏 《プロフィール

はじめに

第1回では、「発達障がいのある若者とその家族の方々への就労支援の現状と課題」をテーマに書きました。今回は、「精神障がいのある若者とその家族の方々への就労支援の現状と課題」、さらに精神障がいのある方々を雇用している又は雇用をお考えの企業の現状と課題および職場での関わり方について、私の実践と研究の観点から書かせていただきます。尚、障がいのある方々への就労支援に関する法制度については、第1回連載の「2.社会福祉施策の今」をご参照ください。

 

1.精神障がいのある若者とその家族の方々の現状と課題 ~実務者の視点から~

精神障がいのある若者(以下、当事者)とそのご家族の方々(以下、ご家族)につきまして、就労支援という観点から、私の就労支援の経験から便宜的に、おおむね次の3つの年代に分けて述べていきます。

(1)おおよそ17,18歳から23,24歳の時期

①当事者の現状と課題につきましては、高校卒業の時期、大学卒業の時期から就職1~2年が経った頃です。
 これまで私が、精神障がいの当事者と面談をしてきた経験から述べますと、来所の目的は、「働きたい」ということが中心です。しかし、当事者やそのご家族の方々からお聞きすると、就労希望が目的ですが、なかなか就労に結びつくにはハードルが高いと言わざるを得ない方が多く来られます。それは、この時期の特徴が、思春期から青年前期という精神的・心理的に不安定な時期となるためです。そのため精神疾患を発症しやすい時期と重なるからです。たとえば、統合失調症が発症しやすい年齢が16歳から40歳で、その中でも20歳前後はよりその割合が高くなるといわれています。発症して時間が経っていない統合失調症の場合は、無理をして働くことにより病状が悪化したり、治まっていた症状が再発することがあります。また、対人恐怖や不安障害などもこの時期に多く現れ、本人は、対人関係や社会に対して不安を覚え、とても不安定な状態になることが多いのです。ですから、在学中にアルバイト体験もできずに、就職活動も十分にできなかったか、全くできなかった方の相談が多いのも特徴です。いずれにせよ適切な治療を受けながら精神疾患をよく理解することが必要になってきます。
 ②ご家族の現状と課題につきましては、ご家族の精神疾患への理解が不十分なために、就職活動ができないのは、怠けているのではないか?単なる無気力ではないかというように思ってしまい、本人を叱咤激励することで、本人を追い詰めてしまうことがあります。そうなると就職に結びつくことができなくなり、ますます社会参加が困難になっていきます。

(2)おおよそ 25,26歳から30歳前半

①当事者の現状と課題につきましては、この時期になると、精神疾患があっても病気とうまく付き合えるようになってきます。もちろん精神科や心療内科の医療機関に通院し、医師や臨床心理士、精神保健福祉士の助言や支援を受けながら回復への道をたどっていきます。働くことはお金を稼ぐだけでなく、そのものがリハビリテーションであり、社会参加であり、自尊心を保ち、生きがいを持つことにつながっていきます。短時間のアルバイトや就労支援の体験利用などができるようになります。徐々に就労体験を積むことが大切です。
 ②ご家族の現状と課題につきましては、ご家族も精神疾患への理解が深まり本人への対応も分かってくるようになります。そして、ご家族も焦ることなく、じっくり本人の状態を見ながら関われるようになってきます。

(3)おおよそ30歳半ばから40歳前半

①当事者の現状と課題につきましては、20歳前後の時期から比べると病状も安定してくる時期です。そして、主体的に就労支援の事業所を自ら利用しようという意欲が出てきたりします。ハローワークに登録し、積極的に就職活動ができてきたりもします。この時期になると、就労移行支援事業の利用者が一般就職することが多くなります。これは、就労準備期間に生活リズムを整え、対人関係やコミュニケーションの取り方、服薬管理などのトレーニングを十分に行うことにより、本人も働くことへの自信が生まれ、その結果、就労に結びつくことがあります。
 一方、この時期は、学校を卒業後就職は果たしたが、十数年働いて、仕事や人間関係のストレスで、うつ病を発症する方が多く出る時期でもあります。他にもストレスによる心身症が出て、腹痛や頭痛、不眠などの身体症状が顕著に出る時期でもあります。そのために長期の休職となる人も出てきます。この場合は、ハローワークと職場、医療機関との連携によるによるリワーク支援が必要になってきます。個人と職場でのストレスマネジメントが必要となることは言うまでもありません。
 ②ご家族の現状と課題につきましては、この時期になるとご家族も高齢化してきますので、将来への不安が増してくるようになります。しかし、前述したようにご家族の理解と本人のペースに合わせた関わりができていれば、就労に向けた取り組みがしやすくなります。ご家族の不安について気軽に話ができる相談相手や専門家を確保しておくことも重要なことです。

このように若年の精神障がいのある方は、精神疾患を抱えながら働くことを目指すのが一般的です。これはとても大変なことであり、周りのサポートが必要になってきます。また本人も積極的にサポートを受けることが必要です。サポート受けながらの支援が就労への近道となるのです。もちろん精神疾患が完治すればいいのですが、疾患の性質上、長い回復の過程をたどることを十分に理解することが必要です。

 

2.精神障がいのある方々を雇用している又は雇用をお考えの企業の現状と課題および職場での関わり方

法律で定められた一定規模の企業は、障がいのある方々を雇用するにあたって、法定雇用率が2.0に上昇した一方で、企業が彼らを「我が社の一員」として、どのように受け入れたらよいのか悩んでいる現状は想像に固くはないと思います。特に、企業は生産活動を行う上で人の採用をしているわけですから、基本的には仕事においても、人間関係においても安定している人、すなわち、精神的に安定している人を採用する必要があります。しかし、このような考え方だけで精神障がいのある方々を採用しなければならないとしますと、企業にとっても、当事者にとっても、また社会にとってもただ「義務で繋がった関係性」に過ぎないと思います。その繋がり方は、到底、発展性のある関係性とは思えないのです。日本の企業経営の良い風習、文化、風土等を見ますと、やはり企業と労働者が精神的にしっかりと繋がっていることが、「労働―対価としての賃金、福利厚生、安定雇用等の身分保障」を超えて、信頼関係を醸成するのではないでしょうか。すなわち「絆で繋がった関係性」が重要だと思います。
 だからこそ、企業は、精神障がいのある方々を雇用する又は雇用していることについて、「なぜ雇用する(している)のか? 雇用する(している)ことによって何が得られて、何を捨てなければならないか?」等を、企業と従業員のそれぞれが、その『イズム』を再考・再認識していくことが大切だと思います。また、当事者もそのご家族の方々にも、同様に「なぜ入社したい(従事している)のか? 入社する(従事している)ことによって何を得て、何を捨てなければならないか?」を再考・再認識していくことが大切だと思います。この問いかけの中から、企業と当事者が雇用という問題に対して、お互いを理解し合う(例えば、企業には、当事者の病態の理解と関わり方の理解を、当事者には、企業の求める人材になる意味の理解を促進)ことが、双方にとって納得のいく労使関係を築いていけるのではないでしょうか。

 

3.就労を支援する福祉専門職の役割と求められるスキル・能力等

私たち支援者(社会福祉士、精神保健福祉士、臨床心理士等)は、精神医学・臨床心理学に関する知識とソーシャルワークやカウンセリングなどの援助技術に関する方法を体型的に学んでおり、それぞれの専門職の拠り所とする理論やアプローチを取ることができます。勿論、それらの専門職は、他の医療のスペシャリストとチームで、当事者の社会的・精神的な自立を支援して行くことは言うまでもありません。しかし、当事者の希望が、就労ということを鑑みますと、これまでのように、手厚い社会福祉制度と賃金の両輪で生活を送って行くことを望んでいる方々だけではありません。彼らが、健常の方々の中で、生活と仕事できるようにして行く役割も福祉・医療領域の専門職の重要な役割のひとつとして、ますます期待が高まって来ていることを、支援現場では実感しています。
 このような希望に可能な限り沿うためには、従前の福祉専門職が身につけてきたスキル・能力等に新たに知らなければならないことがあります。
 それは、「ビジネス感覚」です。ひとことで言うのには、あまりにもシンプルな言葉ですが、この感覚を知ることは、関連本やWEBなどの情報だけでは不十分です。なぜなら、ビジネスという実社会を通して体得されること以上に、得られるものは他にないと考えるからです。さらに、忘れてはならないことは、就労先の企業への支援が重要です。私たち支援者は、もっと企業社会へ出ていき、企業のニーズを理解し、その上で、当事者にそのニーズを咀嚼して伝えることが、これからの福祉領域の支援者に求められると思います。

 

4.就労を支援する福祉専門職の課題~

では、福祉専門職は、(ビジネスパーソンのそれと全く同じではないまでも)どこまでもビジネス感覚を得ることには限界があるのでしょうか。福祉専門職といっても、その経路はさまざまです。その中で、主流となる経路を2つ言うと、

高校から福祉系・心理系の学部または、大学院へ進学し修了後、国家試験や資格試験に合格して福祉領域の専門職に就く。
上記①およびそれ以外の学部・大学院へ進学し、企業に就職した後、必要とされる国家試験や資格試験に合格して福祉領域の専門職に就く。

これまでは①の経路が少なくありません。①、②ともに、社会福祉制度を活用して就労という生産活動を叶えるためには、これらの専門職の存在は欠かせません。そこに、就職支援に関する能力・スキルを有する「キャリア・コンサルタント」の知恵をお借りすることができます。まさに、チーム医療の福祉支援職版(チーム就労支援)です。特に、精神障がいのある若者とそのご家族の方々を限りなく包括的な支援を目指すためには、医療・福祉・キャリア等さまざまな専門分野の方々が、その様態に応じたそれぞれのアプローチ法を出し合い、コンサルテーションを重ねながら、統合的な支援計画と方法を作りあげることが課題だと思います。
 この課題を一つずつ達成して行くために、JSブリッジ西明石では、プログラムとして、ビジネスマナーの習得講座、パソコン操作習得、社会生活技能訓練(SST)、ストレッチ体操、料理プログラム等があり、就労に向けた取り組みとしては、ハローワークへの登録、企業での実習などがあります(第1回連載をご参照下さい)。
 その中で、ハローワークへの登録、企業での実習などを効果的に進めて行くためにビジネスマナーの習得講座を、外部のキャリア支援専門職の方々にも協力を得ています。その甲斐があって、当施設の就労移行支援に携わる内部・外部のスタッフは、社会福祉士、精神保健福祉士、臨床心理士に加えて、キャリア支援専門家が一体となって、利用者の方々と共に、就労を目指して、日々の訓練等に取り組んでいくことが叶いました。これからの課題は、この取り組みが及ぼす就労への経過と結果の有効性について調査・分析を行い、さらに改良を加えてくことが次の課題です。

 


(参考文献)

  • 田川清二「総合的な精神障害者支援:就労移行支援事業所から」『精神科臨床サービス第12巻第4号』、星和書店、2012年.
  • 里中高志「精神障害者枠で働く」、中央法規出版、2014.
  • 山村りつ「精神障害者のための効果的就労支援モデルと制度」、ミネルヴァ書房、2011.
  • 齋藤敏靖「精神障害者の『就労』モデルの構築」、エム・シー・ミューズ、2010.
  • 御前由美子「ソーシャルワークによる精神障害者の就労支援」、明石書店、2011.
  • 長崎和則編「新装版 精神保健福祉士の仕事」、朱鷺書房、2012.

 

 

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