はじめに
私は、精神科診療所の精神保健福祉士兼臨床心理士として勤務の後、大学教員の傍ら、NPO法人を設立し約20年間にわたり、数えきれない程の障がいのある方々やひきこもりの方々とそのご家族の相談業務に携わらせていただきました。これからの障がい者の就労支援は、障がい者の法定雇用率の改定と障がい者のQWL、QWL等の観点から、障がい者とそのご家族においても、企業においても大きな関心事であると思います。今回から3回にわたって、本テーマの方々の現状とそれに携わる福祉専門職に求められる能力・スキル等について、私の実践と研究の観点から書かせていただきます。
全3回の各テーマ
第1回 発達障がいのある若者とその家族の方々への就労支援の現状と課題
第2回 精神障がいのある若者とその家族の方々への就労支援の現状と課題
第3回 ひきこもり(がち)の若者とその家族の方々への就労支援の現状と課題
1.私の障がいのある方々とその家族支援の経緯
精神科診療所での障がいを持つ人への支援活動は、その対象が年齢を問わず精神障がい(発達障がいを含む)の方々が中心でした。内訳は、統合失調症を中心とした精神病圏の方、うつ病の方、神経症圏の方、そして不登校や発達障がい、ひきこもりなどの若者たちの支援を行ってきました。精神障がいを持つ人は、自分から受診されることが少ないです。そのため家族から言われて仕方なく受診される方も少なくありません。ですから、支援の始まりが家族支援からスタートすることもよくある援助パターンといえるでしょう。診療所での経験を土台に現在はNPO法人で障がいを持つ人たちへの就労支援活動を行っています。
2.社会福祉施策の今
(1)障害者の就労支援に関する法制度
わが国の障害者雇用・就労における基本的な方針は、障害者施策の基本であるノーマライゼーションの実現のために、職業を通じた社会参加は基本となるものであり、障害のある人が可能な限り雇用の場につくことが出来るようにすることが重要であるとの考え方の下で、様々な障害者雇用施策が推進されてきました。ここでは、障害者雇用施策や諸制度を概観することにします。
(2)障害者雇用施策と障害者福祉施策における就労支援
障害者が働く枠組みは、障害の状態や雇用環境などによって、3つの形態に分けられます。
一つ目は、労働施策における「一般雇用」です。一般雇用は、一般企業や事業所と事業主と雇用契約を結ぶことによって労働することです。この場合、最低賃金法などの各種労働法規が適用されます。
二つ目は、「保護雇用」と呼ばれる形態です。福祉工場や特例子会社など障害者雇用を促進するために配慮された職場での就労のことです。
三つ目は、「福祉的就労」です。一般雇用が困難な重度の障害者に、雇用契約を結ばず、就労支援の障害福祉サービスや旧体系の授産施設や小規模作業所等での生産活動に参加することを目的とするものです。
わが国の就労支援の諸制度は、一般雇用と保護雇用の促進を図る「障害者雇用施策の領域」と福祉的就労の促進を図る「障害者福祉施策の領域」に分けられ、相互に連携しながら障害者の就労を支援する仕組みとなっています。そして、それぞれの中心となる法体系は、障害者雇用施策では「障害者の雇用の促進などに関する法律(障害者雇用促進法)」であり、障害者福祉施策における就労支援制度では「障害者総合支援法」における就労支援サービスとなっています。特に、就労移行支援は、一般就労を希望し、一定期間にわたって就労に必要な知識・能力の向上や企業とのマッチングを図ることによって、企業などへの雇用または在宅就労などが見込まれる障害者を対象とします。利用者は、65歳未満で企業などへの就労を希望する者や、技術を修得し、在宅で就労・起業を希望する者などです。サービスの内容は、事業所内や企業における作業や実習などの生産活動やその他の活動を通じて、適性にあった職場探しや就労後の職場安定のための支援を行います。サービス利用期間は2年で1回限りに限定されています。就労移行支援は、従来の授産施設から一般就労への流れに結びつくサービスとなったので、障害者雇用施策との連携やネットワークの構築が求められます。
さて、現行の社会福祉に関する国の施策において、約15年前と現在を比べてみると、その方向性は大きく違いが見えます。
第一は、それまで福祉サービス利用は行政が決めていたが、利用者が自分で決めて契約できるようになったこと。
第二は、 それまでは、障がいは、身体障がいと知的障がいであったが、精神障がい(発達障がいを含む)が加えられたこと。
第三は、障害者総合支援法により、障がい者の就労支援が積極的に行われるようになったこと。
第四は、地域生活を維持向上するための施策が充実してきたこと。
第五は、障害者雇用促進法の改正により、平成28年から雇用の分野における障害を理由とする差別的取扱いを禁止するようになること。
第六は、障害者雇用促進法の改正により、平成30年から雇用率に精神障がい者が加えられること。等があげられます。
このように、これまでの福祉施策の下、障がいのある方々は、生活の安定を図る支援を受けてきました。しかし、そのことは、障がいのある方々とその家族が、QOLとQWL(生活の質と労働の質)を通しての自己実現を果たしていることとは、必ずしも一致することを物語っているものではありません。
私が、永年に亘って、実践の現場と研究の経験からすると、当事者とその家族の労働に対する希望は、年々顕著に高まっていると実感しています。
障がい者の「働きたい」という希望と社会福祉施策の変化を踏まえて、2014年4月に発達障がいのある若者への就労移行をサポートするための、障害者自立支援法による社会福祉施設(就労移行支援事業所:JSブリッジ西明石:兵庫県明石市)を開所するに至りました。
JSブリッジ西明石で行っている就労移行支援の概略を紹介します。



現時点での主な活動内容は、施設内作業として、アロマオイルの瓶詰め作業、団体機関誌の折り込み・封入作業などを行っています。
プログラムとして、ビジネスマナーの習得講座、パソコン操作習得、社会生活技能訓練(SST)、ストレッチ体操、料理プログラムなどです。
就労に向けた取り組みとしては、ハローワークへの登録、企業での実習などを行っています。
3.福祉支援専門職の行う、発達障がいのある方々と家族支援の現状と課題
~実務者の視点から~
(1)発達障がいのある若者の就労支援の現状と課題
第一は、発達障がいとはどのような障がいなのかを十分理解することが求められます。発達障がいの特徴は、①社会性の障害(役割、ルール、マナーなど、社会的に適切な行為がうまくできない)、②コミュニケーションの障害(相手との相互コミュニケーションを楽しみ発展させていくことが苦手)、③イマジネーション(想像力)の障害があげられます。
第二は、発達障がいを持つ人の、情報収集をすることです。長所や短所、性格、今までの就労歴、就労への意欲、今までうまくいかなかったことへの対応方法などを丁寧に聞き取り、アセスメント(評価)を行います。そしてアセスメントを基に支援計画を立て、支援を実施します。いわゆる個別支援計画を立ててそれを実行に移し、半年ごとに利用者と評価をして見直しをします。 主に上記の2点を踏まえて支援を行いますが、以下のように支援がなかなかうまくいかないことがあります。
第三は、就労する意欲はあるが、生活リズムが不規則な場合。働きたい気持ちはあるのですが、起床時間が一定していないためになかなか就労に結びつかない人がいます。
第四は、精神科や心療内科などの医療機関を受診し、服薬をされている人もおられ、薬の副作用のため眠気や体のだるさが出る人がいます。働く場合には主治医と服薬のことを相談してもらうように働きかけます。
第五は、ハローワークや企業との連携の問題です。特に利用者の障がいの状態に見合った企業とのマッチングを行うことが求められます。そのためにはハローワークや地域障害者職業センターとの連携を取っていくことが必要です。
第六は、障害を開示するかしないかの選択の問題です。発達障がいや精神障がいでは、本人が障害を開示する場合は、障がい者雇用施策を活用しながら就職活動ができますが、障害の開示を望まない場合は企業の理解が得にくくなります。障害の開示非開示をどうするのかが問題となります。
第七は、職場定着の支援です。就職できたから支援は終わりではなく、長く同じ職場で働けるように、職場定着の支援を視野に入れたかかわりが求められます。
(2)家族支援の現状と課題
第一は、家族の方々の多くは、わが子が発達障がいのために「働くことに困難を抱えている」とは思っておられないことです。「怠けている」とか「頑張りが足りない」など本人のやる気の問題だととらえておられる家族が多いことです。家族に発達障がいの理解を求めるかかわりが必要となってきます。
第二は、日常生活が乱れていては安定した働きができませんので、家族にも生活リズムなどの日常生活の安定に協力をしてもらうことです。
第三は、家族の大変さを理解し、家族の精神的負担を軽減することです。そのためには、個別に面談をしたり、家族会やセルフ・ヘルプ・グループを紹介したりします。
このように、福祉現場では、発達障がいのある方々と企業社会との間に、より密接なつながりが求められています。すなわち、就労移行支援には、両者の橋渡し機能が益々、重要となってきます。また、当事者の家族の方々へも、生活の中の当事者理解の視点だけではなく、企業で働く当事者理解の視点を理解してもらう働き掛けが求められます。そのためには、福祉支援専門職は、当事者理解と対応スキルは言うまでもなく、広く企業理解と対応スキルを身につけて行くことが急務の課題となっています。
(参考文献)
- 阪田憲二郎監修、米川和雄、内藤友子編集『精神障碍者のための就労支援―就労マナー・実践編』へるす出版、2012.
- 内閣府:障害者白書(平成26年版).2014
|