JAVADA情報マガジン12月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2014年12月号

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第3回 高年齢者の雇用と引退をどのようにマネジメントするのか

敬愛大学 経済学部 教授 高木 朋代 氏 《プロフィール

1.はじめに

これまで見てきたように、今後も高年齢者雇用は厳しい状況にあると考えられます。企業にとっては60歳までの雇用も大変なのであり、そうした中で、どうにか60歳定年を維持しつつ、再雇用によって対応しているのが実情なのです。こうした現状については、「第1回 高年齢者雇用における真の問題」で述べました。
 したがって、たとえ就業希望を持っていたとしても、実際には雇用されていない人々が一定数出ていることは明らかです。この点について、「第2回 高年齢者雇用―誰が残り、誰が去るのか」では、60歳以降も雇用継続される人とされない人とでは、いったい何が違うのかを、キャリア特性の観点から議論してきました。
 この問題に関する人事労務上のもう一つの論点は、現実問題として全員雇用が果たせない中で、この事態をどのように収拾するのかということです。雇用というものは、労働力の需要と供給が数量的に一致することのみによって果たされるのではありません。企業側が求める人材要件と、働く側が持つ人材要件との質的な一致があって、はじめて実現するのです。そのため、人口減少下にあっても、今後も雇用継続されない人々が出てくると考えねばならないでしょう。
 そこで第3回目は、職場で生じうる定年到達者たちの雇用と引退を、企業はどのようにしてマネジメントしていくべきかについて、「人々が持つ公正理念」という視点を交えながら述べていきたいと思います。

 

2.法改正後も高年齢者雇用は急増しない―その背後にある論理

(1)もし無理に雇用を進めたら何が起きるのか

企業が高年齢者雇用の更なる促進に困難性を持つ中で、もし無理にこれを推し進めようとするならば、いったいどのような事態が生じるのでしょうか。
 起こり得るリスクとして、第1に、全従業員の賃金低下が考えられます。高年齢者雇用によって増大する人件費は、全社員の賃金上昇率を抑制することで賄われ、また、賃金低下に対する論理的説明として、成果・業績主義が更に強められる可能性があります。このとき例えば、65歳までの雇用を前提に賃金水準が押し下げられながら、結果的には60歳あるいは50歳代で退職を余儀なくされた場合、予定されていた賃金を受け取れず、生涯所得は大きく下がることになります(図1)。また一方で、成果・業績主義の下で、評価が高く賃金水準が高い人は、有用な人材として60歳を超えて長期にわたって雇用され、生涯所得を大幅に増やしていくと考えられます。しかし同時に、高い評価を得られえず賃金水準が低いまま、60歳以降の就業も果たせない人々も出現することになるでしょう(図2)。このことは、間違いなく、格差社会を助長していくことになります。
 第2は、60歳に到達する前に、公式・非公式的に雇用調整が行われていく可能性があるということです。高年齢者雇用安定法の主眼は60歳以降の雇用におかれています。そのため、高年齢者雇用の圧力が強まり過ぎるならば、60歳に到達する前の段階で、従業員数の絞り込みが行われていくことが考えられます。実際に、雇用確保措置を義務付けた、前々回の改正法施行後3年が経った、2009年の労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用・就業の実態に関する調査」では、定年前に退職する人は38.7%に達しており、また「高年齢者・障害者の雇用と人事管理に関する調査」(2014)でも、過去1年間の退職者中31.4%が50歳代であることが明らかとなっています。
 少なくとも定年までの雇用を前提とする心理的契約が労使間で取り交わせられてきた日本の労働社会では、雇用保障の脆弱化、あるいは、65歳までの雇用を前提に賃金水準が押し下げられながらも、途中で退職に追い込まれることがあるとすれば、従業員側からすれば、それは企業側の契約不履行、もしくは契約違反と見なし得るのです。そのような事態になれば、日本企業の強みであったはずの、人と組織の信頼関係をも揺るがすことになりかねないでしょう。

(2)「自己選別」による自発的引退

高年齢者の雇用促進は社会的要請であり、今後ますますの雇用努力が望まれています。しかし上述のような事態にならないためには、全員雇用が難しい現状においては、一定量の雇用不継続者が出現することを前提として、せめて雇用・不雇用の選抜に伴って生じうる摩擦を最小化、もしくは回避するための手立てを考えることが必要と考えられます。以下に述べるように、このとき鍵となるのは、円滑な雇用と引退の論理が、これまでの雇用関係の中で従業員たちの間に醸成された、組織メンバーとしての規範と公正理念に支えられているということです。
 もし深刻な経済的事情を抱える人ならば、とにかくまずは働き口にありつこうとするでしょう。しかし日本の一般的な高年齢者は比較的ゆとりがあることも少なくありません。その場合、単に働く機会を得るのではなく、どのような働き方ができるのか、といった「労働の質」に関心が向けられることになります。
 2004年改正法施行後、高年齢者雇用促進の意識が企業と職場にある程度浸透した2007年に行われた、労働政策研究・研修機構「60歳以降の継続雇用と職業生活に関する調査」では、60歳以降の就業を希望している人は88.5%であるものの、実際に就業希望を企業側に表明した人は22.2%で、調査時点で69.7%もの人が思案中であるという結果が示されました。このことは、人々はたとえ働き続けたくとも、すぐに就業希望を企業側に表明するわけではないことを暗示しています。それでは60歳以降の就業に関して、人々はどのようにして意思決定を下しているのでしょうか。
 日本企業の人事慣行として、全社を通じて行われる異動・ジョブローテーションがあります。この施策は、配置調整や人材育成という目的以外に、実は、重要な副次効果を持っています。従業員たちは全社を異動していく中で、企業が持つ価値観や望まれる仕事のやり方、達成水準といった、その企業固有の評価尺度を認識していきます。そのため、この評価基準に照らし合わせて、社内における自身の人材価値や立ち位置に徐々に気づくことになります。加えて、キャリアの節目などに行われるセミナーやカウンセリングの際に、培ってきた知識や能力の棚卸しが求められ、これを機会として、雇用継続後の働き方や可能性について認識していくことになります。
 このように日々施される人事管理を通じて、定年を間近に控えた従業員たちは、業況や職場の雰囲気、就業条件を鑑みながらも、自分が真に企業から求められている人材なのかどうかを自己診断していきます。そのため、もし企業が積極的に自分を雇用継続したいわけではないと察知した場合には、たとえ就業意欲があろうとも、最終的には希望を出さない人々が一定量出てくることになります。これが「自己選別」です。

(3)「すりかえ合意」による自発的転職

また、60歳以降の就業としては、他社への転職という選択肢もあります。転職者と雇用継続者の価値観と行動を比較分析すると、転職者には次のような特性があることが明らかになっています。1)転職者は組織において「弱い埋め込み」状況にあり、組織関係よりも職務に対する関心が強い。2)様々な出来事に対して敏感に反応し行動を起こす「過反応性」という特性が見られ、様々な出来事を個人的なこととして受け止め、情動的に反応する傾向がある。
 このような弱い埋め込みや過反応性という特性が、自己選別と同様に、全社的な人事異動やジョブローテーション、キャリアセミナーやカウンセリングを通じて、徐々に本人と周囲に気付かれていき、当該者を転職という意思決定に接近させていくものと考えられます。転職者は職務能力の面から見ても、転職を実現できる力量を持っています。本人もそのことを知覚しています。そうしたことからも、当初は自発ではなかったはずの転職という意思決定は、最終的には自らの主体的意思決定として選択されていくことになるのです。これが「すりかえ合意」です。
 以上を図示すると図3になります。これらのいわゆる「暗黙の選抜」は、高年齢従業員たちの心性に根差す組織メンバーとしての規範と、従前の人事管理システムとによって発動されているといえます。したがって、法が改正されても、このような人間行動は大きくは変わらないでしょう。このことは、希望者全員雇用を謳う法の下でも、就業希望者が急増し雇用が直ちに進展することはないことを示唆しています。

 

3.人々が持つ公正理念に支えられた、円滑な雇用と引退

必要とされ続ける有用な人材でありたいと願い、生涯所得を極大化したいという野心は、本来的には誰もが持っているでしょう。しかし人々はそうした原初的な野心を持つ一方で、胸中の公平な観察者によって道徳判断を下す正義の感覚と、他者に思いを馳せる同感の心を持っています。たとえ働き続けたいと願っていても、就業機会が全ての人に拓かれていないことが明らかであるならば、己の野心ではなく、多くの人は、自分が属する組織を運営している基本ルールに従うものなのではないでしょうか。つまり、正義の感覚と同感の心を備える人々は、定年以降の限られた雇用機会が誰に与えられるべきかという分配原則を理解し、受け入れるのです。定年以降の雇用継続に係る「暗黙の選抜」に関して、従業員間で「暗黙的な合意」が得られているのであれば、そこには抜け駆けも、不満も、誰かを不幸にすることも基本的には生じえないのです。無論、高年齢者雇用の促進は社会的要請ですが、しかし全員にその機会を用意できない現状においては、こうした選抜に伴う摩擦を回避する手立ては必須と考えられます。
 ところで、ここで見てきた、「円滑な雇用と引退の論理」をつくりだすためのマネジメントの要点とは何でしょうか。それは、第2回目で述べたことと同様に、高年齢期前後の雇用管理にあるのではなく、入社時から定年期に至るまでの、人と組織の間の、長期を前提とした雇用関係にあるということです。その延長線上に、円滑な雇用とともに円滑な引退があるのです。
 ここで私たちは、改めて、日本の労働社会がつくりあげてきた、長期的視点に立った人事管理システムが、今後の雇用問題を解決していくための重要な役割を担う可能性に気付かされます。人々が安心して、必要とされ続ける人材へと成長していき、また職業人としてのキャリア人生を、尊厳をもって全うしていくためには、大切なシステムであるということです。日本的な人事管理は、長期の景気低迷を経て、これまで罪の部分に焦点が当てられがちでした。しかし功の部分の再評価もまた、この国の持続的発展を見据えるならば、必要なのではないでしょうか。

 


脚注

  • 自己選別」「すりかえ合意」の議論は、拙著『高年齢者雇用のマネジメント:必要とされ続ける人材の育成と活用』(日本経済新聞出版社、2008年)に基づく。企業の人事担当者、雇用継続者、引退者、転職者、その職場上司、受け入れ企業の職場上司と人事担当者など、多面的なインタビュー調査による分析と、従業員人事情報ファイルをベースとするデータ解析による。
  • 高年齢層の経済生活については、これまで、年金受給年齢の引き上げや年金水準の低さが問題視され、また高齢世帯の貧困問題が度々議論されてきた。しかしながら、日本の高年齢者は現役世代と比べて、依然として豊かであることも指摘されている。例えば、平成21年全国消費実態調査をみると、60歳代世帯の平均総資産は4925万円、うち金融資産は1785万円となっており、70歳代以上では5024万円、1860万円となっている。なお、30歳代ではこの数値は、1400万円、-262万円、40歳代2395万円、74万円、50歳代3710万円、927万円となっている。
  • 社会構造と組織行動に関する先行研究(Granovetter, Mark, Getting a Job, The University of Chicago Press, 1974.他)は、人の行動が、社会のネットワークに埋め込まれている度合いによって異なることを指摘しており、ここでの議論は、この理論を出発点とする調査・分析による。
  • ロールズは、人々には必ず欲する社会的基本財というものがあり、それは、自由と機会、所得と富、権利、自尊であるとした。(Rawls, John, A Theory of Justice, Cambridge: Harvard University Press, 1971.)高年齢者雇用もまた、雇用継続によって得られる機会、所得、自尊などの追求が誰に許されるべきなのかという、社会的基本財の分配問題の一種と捉えられるであろう。
  • アダム・スミス(水田洋訳)『道徳感情論』(筑摩書房,1973年)。

 

 

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