JAVADA情報マガジン11月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2014年11月号

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第2回 高年齢者雇用―誰が残り、誰が去るのか

敬愛大学 経済学部 教授 高木 朋代 氏 《プロフィール

1.はじめに

第1回で見てきたように、人口減少下で、労働市場全体では人手不足が生じていたとしても、高年齢者雇用は依然として厳しい状況が続くと考えられます。なぜならば、企業が求めているのは、一部の例外を除き、残念ながら高年齢層の労働力ではないからです。
 また高年齢者雇用安定法の改正により、希望者全員を65歳まで雇用することが定められても、実際には就業継続を望む全ての人が、60歳以降も変わらず働き続けることができるとは到底考えられません。なぜならば企業にとっては、人件費が相対的に高い高年齢従業員全員を60歳まで雇用すること自体が大変なのであり、したがって、60歳定年を維持しつつ、その後は再雇用によってどうにか雇用継続を部分的に実施していくことで精一杯なのです。
 60歳以降も働き続けたいという人は、いずれの調査においてもおおよそ8割から9割に達しています。しかし、現在の企業の実情を考えると、いくら法律により雇用促進が義務づけられても、実質的には雇用される人とされない人が出てくると見なさねばならないでしょう。そこには明示的、あるいは暗黙的な選抜があると想定できます
 そこで第2回目は、どのような人が60歳以降も雇用され、逆に、どのような人が雇用されていないのかを、職業キャリアの違いという観点から述べていきたいと思います。

 

2.雇用継続される人とされない人―何が違うのか

(1)キャリアの連続性

はたして、どのような人が企業から求められ、雇用継続されているのでしょうか。雇用継続者と不継続者の職業キャリアを調査・分析していくと、ある共通した特徴があることがわかっています。まず第1に、雇用継続された人の多くが、同一職能内に長く留まるタイプのキャリアを歩んでいるということです。例えば、本社人事部に勤務した後、支社の人事部門で教育プログラムの開発に従事し、その後、生産部門の工場で人事や賃金計算を担当し、また再び本社人事部に戻るという場合、広域な異動を経験してはいるものの、人事という点でその人の担当職能は一貫していることになります。
 雇用継続された人とされなかった人とでは、実際に同一職能内での平均経験年数に違いがあることが確認されています。事務職系の場合はそれぞれ36.58年、27.00年、生産職系の場合は33.74年、25.64年であり、雇用継続者はキャリアの多くを同じ職能内で過ごしていることがわかります(図1)。そうした「キャリアの連続性」は、現状人事異動の主導権を握る企業の、計画的で具体的な人事施策によるところが大きいといえるかもしれません。
 実はこのキャリアの連続性は、本人の働く意欲を引き出すことにもつながっています。例えば、担当職務に一貫性がなく、生産技能系から営業職系へと大きく異なる部署へ配置転換された場合など、つまり経験が上手くつなげられない非連続的なキャリアの下では、働く意欲を持続させることは難しいようです。逆にいえば、適切なキャリア育成を経てきた人は、仕事への意欲が高く、同一職能内での仕事経験との相乗効果から、高い職務能力を獲得するに至っている可能性が高いということが指摘できます。

(2)決して穏やかではない起伏のあるキャリア

また単に、同一職能内に留まった年数が長いのではなく、そこでの経験が重要となります。雇用継続者は決して安泰な異動ではなく、どちらかといえば担当職能内で様々な異動を繰り返し、かなり困難と思われる職場への配属も度々経験していることが多くなっています。
 例えば、生産部門で長年にわたり、組み立てに従事していた人が、突然、工務部に異動になり、原価計算をゼロから学ぶ必要が生じたとします。おそらく従来の組み立てに従事し続けたほうが、高い生産性を維持でき、貢献度は間違いなく高いでしょう。またこの異動で本人が投じなければならない労力と時間も、相当なものとなるでしょう。しかし、工務の仕事は、これまで生産現場で経験を積んできた当人にとって、全く歯が立たないものとうわけではなく、本人の努力と周りの支援により、原価計算をはじめ工務特有の仕事をやりこなしていく中で、十分に乗り越えられるものであることも事実です。
 こうした、同一職能内での少し背伸びをさせるキャリア経験が、当人にとってどのような意味を持ってくるのかというと、将来的な職務能力の伸長に大きく繋がっていくということです。図2は、そのような雇用継続者のキャリアの軌跡を示した概念図です。やや無理な配置がなされた場合、不慣れな仕事、不慣れな職場ゆえに、またこの間上げることができたであろう生産量を機会費用として計上するならば、当人の生産性は一旦大きく下がると見なければなりません。しかし、これを克服した後には、能力は格段に伸び、生産性も上がります。
 必要とされ雇用され続けた人々の多くが、こうした「起伏のあるキャリア」経験を持っていました。これに対して、雇用継続されなかった人は、異なる職能を転々とすることでキャリアの連続性が分断されているか、あるいは、連続性があったとしても、どちらかと言えば困難性も挑戦もない、平坦なキャリアを歩んできていることが多いという傾向があるようです。

(3)重要な人との出会いと学び

また雇用継続者に見られるもうひとつの特徴は、これまでのキャリアにおいて、重要な人物と出会い、そこから多くを学んでいることにあります。その出会いが、連続的なキャリアに自身をつなぎ止めさせ、そのことによって更に職務能力が高められていくということが経験されていたのです。
 例えば、営業技術部門でエンジニアを務め、その後本社技術部門、工場の技術部門へと異動し、生産設計部の課長への昇進を目前にして、設計係長としてもう一度現場に戻った人がいました。普通に見ればこれは降格と考えられます。しかしこの時、その人は、新製品の生産準備が難航し、予定を大幅に修正しなければならないという局面に立たされ、その重圧から、生産技術の職を離れたいと真剣に考えるようになっていました。そのような時に、一設計者としてもう一度現場に戻るよう進言したのは同部門の上司でした。これを受け入れ、現場の改善に力を注ぎ、その後しばらくして、その人は技術部門の課長、部長へと昇進していきました。自分のことをよく理解して見守ってくれた上司がいたからこそ、今の自分があると、定年後の雇用継続を実現したその人は熱く語っていました。
 雇用継続された人の多くは、自分を成長させてくれた「重要な人物との出会い」の物語を持っているようです。

 

3.今からでもまだ間に合う

上述のように、定年を迎えても雇用継続され、職場に残る人たちに共通する特性とは、キャリアに連続性があり、同時に、後に能力の伸長へと繋がっていくやや厳しい起伏のあるキャリアを経験しており、そして、そうしたキャリアへとつなぎ止め、成長を促してくれる重要な人物と出会っているということでした。しかし果たして、こうしたキャリアや出会いは、雇用継続者たちに起きた偶然なのでしょう。
 実は、人事異動で一見無理な配置換えを言い渡されたとしても、これまでのキャリアを断ち切ることなく連続性を持たせるのは、個人の努力に負うところも大きいのです。これまでの経験を新しい仕事にどのように結びつけていくのか、またその経験を今後にどのように活かしていくのかという視点を持つことで、非連続的と思われるキャリアを、起伏のある連続的キャリアに変換していくこともできるのです。したがって、例えば企業の側としては、そうした気付きを与える機会を人事施策の中に設ける必要があるかもしれません。
 また、人との出会いから学びとる力は、その経験を前向きに捉えられるかどうか、それを自身の能力の伸長に結びつけられるかという点で、本人次第という側面があるといえそうです。同じ状況で同じ人に出会っても、そこに意味を見出し前向きに学び、前進できる人がいる一方、全く気づかず素通りをしてしまう人がいることも事実です。
 ここで見てきた、「必要とされ雇用され続ける人材」をつくりだすためのマネジメントの要点とは何でしょうか。それは、当該従業員が入社した時点から始まる、意図的かつ計画的な人材育成であり、従業員側からみれば、全職業人生にわたるキャリア管理ということになるでしょう。つまり高年齢者雇用は、高年齢期前後の雇用管理の問題ではないのです。高年齢期の雇用・就業が、入社時からのキャリアの延長線上にあるのだという意識を、企業もそして個人も持つことが求められています。
 以上、今回は、雇用継続された人とされなかった人の、職業キャリアの違いについて論じました。次回は、現実問題として全員雇用が果たせない中で、高年齢者の雇用と引退をどのようにして企業はマネジメントするのか、という点について述べたいと思います。

 


脚注

  • 2012年に改正高年齢者雇用安定法が改正されたことにより、高年齢従業員の増加による総人件費の上昇など、企業は大きな負担を強いられることが懸念されたが、実際には、就業希望者の増加幅はそれほど大きくはない。その理由として、本来的に高年齢従業員の心性には、職場や企業の状況を鑑み、自身の行動を自ら統制する、組織構成員としての規範があり、それゆえ「暗黙の選抜」を自ら発動させて、本心では就業を続けたいと思っていたとしても、自ら引退もしくは転職を選び、職場から去る人が一定数出てくるからである。詳しくは、拙著「高年齢者雇用をめぐる人事中の課題と方向性」『日本労働法学会誌124号』(2014)。
  • 拙著『高年齢者雇用のマネジメント:必要とされ続ける人材の育成と活用』(日本経済新聞出版社、2008年)。ここでの議論は、企業等17社の人事担当者、当事者、その上司、組合等、70名へのインタビュー調査と、人事データおよびサーベイ調査データを用いた分析結果に基づく。

 

 

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