JAVADA情報マガジン10月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-

2019年10月号

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個別のキャリア面談から見えてくる社会問題の背景や未来
③「産む」と「キャリア」。心の奥に潜むものと職場への影響

キャリア・カウンセラー
   錦戸 かおり 氏 《プロフィール
  (http://gambarekoubou.com/ / Blog:http://blog.livedoor.jp/usaginojun/

仕事柄、おひとりおひとりの心の奥底にひっそりとしまいこまれている感情に触れさせていただく機会が少なくありません。今回は特に「子ども」にまつわるお話を書かせていただこうと思います。

女性と仕事という視点で約30年仕事をしてまいりましたが、取り巻く環境や意識の変化はとても大きいものがあったと感じています。M字カーブはかなり解消しましたし、働き続けることが「当たり前」になりつつあります。
一方、「産む」と「キャリア」という視点に立つとどうでしょう? ひとりひとりの心の内側をみると、以前とあまり変わっていない、いやさらにとても複雑になっているような気がしてなりません。

今回は、女性ひとりひとりの心の声についてお伝えしたいと思います。

 

<さまざまな相談の、心の奥底にひっそりとしまいこまれたもの>

もともと転職エージェントのコンサルタントだった私のところに来談されるクライアントさんは、転職相談からスタートすることが多いのですが、当然のことながらその背景にあるご事情はさまざまです。

  • 仕事が合わない
  • やりがいを感じられない
  • 上司が信頼できない

など、さまざまな転職理由が語られます。語られている事柄にはその背景があり、その背景となる事情をどう受け止めているか、どう感じているかが問題となるわけですが、ゆっくりお話を聴いていると、全く別の話が飛び出すことがあります。
具体的なケースをご紹介しましょう。

 

●私だって産んでも働けたかもしれなかったのに。

40代半ばの女性Aさんは、派遣社員として現在の職場の業務に就いて3ヶ月が経ったころ、このままこの職場にいてもよいものかと悩んで来談されました。
Aさんは30代の育児時短中の女性Bさんのフォローが主な仕事です。Bさんはとても人柄もよく、積極的に仕事をされる方なのですが、それゆえに彼女がやりきれない業務をフォローするAさんの業務量も多くなりがちでした。特に細かい雑用は多く、効率化したくても前後の流れやその仕事の意味まで教えてもらえる時間がなかなか取れないため、効率化もできないまま。他の人に訊いてもわからないことが多く、徐々にAさんのストレスはたまっていきました。
そんなことを感じながら、ふと社内を見渡すと、Aさんと同じ40代の女性にも子育て中や、子育てを終えた女性が複数いることがわかりました。
「あれ? 私と同じ40代で仕事も子ども手に入れている人がいる!」
Aさんにとってはとてもショッキングだったそうです。今までも派遣で仕事をしてきたものの、男性が多い職場だったのであまり意識しないですんでいたのですが、今回の職場では目を向けずにはいられなかったのでしょう。

Aさんは、働き続けるためには子供は無理だと諦めていたそうです。経済的にもそれほどゆとりがなかったこともありました。「それでもいつか子供ができてしまった場合を無意識に考えていたのかもしれません。派遣であまり責任の大きくない仕事を続けてきました」。
周りの女性たちを見てどう感じるのか尋ねると、「正直言うと"ずるい"と感じてしまいます。仕事も子供も両方手に入れて"ずるい"と。そしてそう感じてしまう自分がひどい人間だと思います。」

ぽろぽろ泣きながら話してくださったAさん。彼女と同じような痛みを持っている人は少なくありません。正社員であれ、非正規社員であれ、子どもを産むタイミングを見計らっているうちに時が過ぎてしまう・・・。子どもを欲しがる夫を待たせているうちに、子供が欲しいタイミングがずれてしまうというケースもあります。

 

●独身の私が全部背負わなければいけないの?

独身や子どもがいない女性にも、また複雑な想いがあります。
建設会社にお勤めのCさん(42歳)。住民説明会はどうしても土日に開催されます。以前は順番に出勤していたものの、ここ数年は出産ラッシュで気がつけば子どもがいないのはCさんのみ。そのため土日の仕事も当たり前のようにCさんが担当することになりました。
「先日、今まで私と交代で土日仕事を担当していた後輩が妊娠したことを知ったんです。2人で文句を言いながらやってきたけれど、もう一緒に文句を言える人もいなくなってしまいました。周りはみんな『おめでとう!』と彼女に声をかけたけれど、私はどうしても言えなくて。私だって結婚したいし、まだ子どもも諦めていないし。『おめでとう』を言えない自分がすごくみじめに感じるんです。後輩は悪くないし、私にとても気を遣ってくれているのがわかるし...」。
泣きながら語ってくれたあと、少しすっきりしたのか、自分が何を求めているのか、それをどう上司に伝えるのかを一緒に考えました。

 

●子育て中でない人に席を譲らなければいけないのではないか?

契約社員で働くDさん(40歳 子ども1人)は今年も正社員への登用の機会があることにほっとしたそうです。「今年はチャレンジしたいので気持ちを整えるのを付き合ってください」とのことで来談されました。契約社員としても十分責任感を持って仕事に取り組みながら、さらに先輩たちのように一人前になりたい、他の人から頼られる存在になりたい、そんな気持ちを持ってチャレンジすることを語ってくれた彼女。なのに、なんとなく表情が晴れないことを不思議に感じ、訊いてみたところ、
「まだ決めてはいないのですけれど、2人目がほしいと思っているんです。そんな状態で手を挙げてよいものかと・・・。もし2人目を妊娠したら、お休みを頂くことになります。周りには独身の人や、子育てを終えた契約社員もいますから、産休育休を取るかもしれない自分が正社員の登用試験を受けてはいけないのではないかと思うんです。でも、欲しくても産まれないかもしれないし、来年は正社員の応募がないかもしれないと思うと、どうしても手を挙げたいと思うんです。」

確かにDさんの産休育休は短期的には職場にとって痛手でしょう。でも、彼女のやる気をそのまま眠らせて良いのか? 「長期的に考えるとどうでしょう?」と尋ねてみたところ、「きっと貢献できると思います」とにっこり笑う彼女がいました。

社会的には子どもを産むことが求められているのに、職場では歓迎されない傾向が強いでしょう。このダブルスタンダードが子育て世代をとても苦しめているように見受けられます。

 

<語り合い「子どもがいるわたし、いないわたし」>

シングルであっても、既婚であっても、子どもがいてもいなくても、このように仕事人生の中で「子ども」の存在は意識のどこかにあり、ふとしたことで触れて「チクチク」したり、「ざわざわ」したり。
でも、このようなお話を語ってくださる女性たちの多くが言います。「こんな風に考えているのは私だけですよね・・・」と。そうなのです。子どもにまつわる話題は職場ではタブーに近く、親しい友人とも本音では語られていないことが多いのです。
「あなただけじゃないですよ、多くの女性がいろんな想いを持ちながら生きていますよ。」そんなメッセージを送りたくて今年開催したのが「子どもがいるわたし、いないわたし~心のひだひだをわかちあう語り合い~)」です。かなりセンシティブな語り合いになるので、数年間、開催を悩みましたが、私と面識がある人(クライアントさんを含む)限定で開催いたしました。

 

●いくつになってもチクチクざわざわは続く・・・

子どもがいる人・いない人、既婚者・シングル、意図せずして子どもがいない人・意図せずして子どもがいる人・・・自分も他の人も大事にできる方にお集まりいただきたい旨お声をかけたところ、驚くほどの反響を頂きました。予想外だったのは50代からの声が多かったことです。いろんな想いにふたをしながら生活しているけれど、ふとしたときにそのふたが開いてしまうことがあり、いまだにチクチクするといったご意見を多く耳にします。私自身も自ら子どものない人生を選びましたが、ことあるごとにチクチクしている一人です。傷口はすでにカサブタになって久しいのですが、そのカサブタがなくなることはきっとないだろうと思っています。
30代、40代の方からはこんな声もいただきます。「まだ言葉にできない状態なので参加はできませんが、とても気になります」。今まさに葛藤している最中の方も多く、グループで語ることには抵抗があるのでしょう。

この語り合いの中では、本当にさまざまな想いが語られます。参加してくださった方たちにご了解を頂いた範囲で、どのようなお話がされたかを紹介していますので、ご興味のある方はブログでご覧いただけると幸いです。

 

<おわりに>

だからどうだって言うのだ?
今回も結論の全くないコラムになりましたね。
お伝えしたいのは、「ここまで複雑な思いを誰もが抱えているのだから、リスクのある会話はしないようにしましょう。」でもないし、「何を言われても大丈夫なように強くなりましょう」でももちろんありません。ただただ、人の心は複雑で、とてもやわらかくて、傷つきやすくて。「メンタルが強い」と言われている人だって、実はとても繊細で。

前述の会の終了後、ある参加者の方からこんな言葉を頂きました。この言葉が、これからの社会を生きていく上で大きなヒントになるのではないかと想い、ご了解を頂いてシェアさせていただきます。
「みんなそれぞれ生きている女性として悩んでいて、誰かが気にせず発した話で誰かがチクチクしてしまう。その人を救ってあげられないし、でも私もそれを恐れて我慢する必要もなく、『共存』していくんだって気持ちになれたらいいなと思いました。」

チクチクさせたり、させられたり・・・。そんな日常の中でどう健やかに、働き続けるのか。「一億総活躍社会」というマクロの視点から見ると、ありんこのようなミクロの世界のお話です。でもそんな一人ひとりの心の奥底にあるやわやわした気持ちが無自覚なまま追い詰めたり、追い詰められたとき、ギスギス職場を生んでしまうなど、職場環境に大きな影響を与えているような気がしてなりません。

前述のAさんもCさんもDさんも、ご自身の気持ちを認識されたあと、その気持ちと共に働き続けていらっしゃいます。気持ちを変えるということではなく、その気持ちとどうお付き合いするかに焦点が当てられたような気がします。その気持ちを持って帰っていかれるクライアントさんを、私は見送ることしかできません。

 

今回は「産む」と「キャリア」にまつわる女性の心の中のお話でしたが、きっと女性だけでなく、またこのテーマに限らず、心のひだひだの中にいろんな想いは存在するのでしょう。いろんな想いを抱える人間たちが「共存」していく・・・これもまたダイバーシティなのではないでしょうか。

 

今回もまた、答えのないお話しになりました。皆さんはどのように感じられたでしょうか?
ご意見、ぜひお聞かせいただけると嬉しいです。
お付き合いいただき、ありがとうございました。

 

※ケースについては、個人が特定されないようにいくつかのケースを混ぜてお伝えしています。ご了承くださいませ。

 

 


 

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