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2019年3月号

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「職場でキャリア面談」のススメ ~ ふだんづかいのキャリア開発
その4~こんな場合はどうしたら? Q&Aで考える導入、運用上の課題

経営人事コンサルタント、有限会社キャリアスケープ・コンサルティング代表
   小野田 博之 氏(http://career-workshop.info/) 《プロフィール

ここまで「職場でキャリア面談」についてその目的と期待される効果などを説明してきました。「とは言ってもなかなか導入は難しい・・・」と感じる方も多いかもしれません。最終回である今回はQ&A方式で導入、運用上での課題とその対処について考えてみたいと思います。

Q1:管理職に協力を得られるだろうか?

「職場でキャリア面談」のポイントは、本人の普段の働きぶりや考え方を近くで見て知っている管理職が、1年あるいは半年に1度に実施する「制度としての面談」ではなく、普段の業務の中で必要なタイミングに合わせて行う面談に、「キャリアをテーマにした対話」の場面を織り込むというところにあります。

最初の回でも説明したように「制度としての面談」ということになると、どうしても「そのための時間」を別途取るというイメージになりがちです。「面談」という呼び方が形式張ったものを想像させるのかもしれませんし、「やるのであればきちんとやらないと」と書類を整えたり、実施報告を求めたりということが出てくるからかもしれません。

目的は、管理職が①メンバーがキャリアを考えることを1対1の対話の中でサポートすること、そして②そこで得たメンバーの考えを考慮して業務アサインすること-なので、これができるようになっていれば良いのです。そしてこのことが管理職にとってもメリットのあることであり、しかもそれほど負荷が増えるというわけではない-ということを経験的に理解してもらうというのがコツということになります。

メリットの一つは、メンバーは将来のキャリアとの関係が理解できていれば、短期的に業務が大変になっても主体的に取り組もうとするので、結果的に「メンバーが自発的に動かない。指示待ちだ」という管理職の嘆きを軽減することになるということです。そして、そのために必要な負荷は「普段の打ち合わせ」の中で時間を確保するだけです。別途、キャリア面談のために時間を設定するのではなく、「普段の打ち合わせ」から何回か、その一部をこれに充てると考えるのです。1対1の打ち合わせであれば、少なくとも月に1度はやっているはずですから、その何回かを振り替えるだけです。月に一度以上の1対1の打ち合わせさえもやっていないということであれば、それはむしろマネジャーとして十分な機能を果たせているだろうかという懸念が浮かびます。

「1対1ではなく、グループミーティングや課会で話している。それで十分では」という管理職もいるでしょう。もしそうであれば、だからこそ1対1の時間を確保すべきといえます。会議は検討し決議すべきテーマがあり、それに関係する人が合議し、結論を出すものです。そこで一人ひとりの課題を取り上げる時間はないでしょうし、あるとしても、個人のキャリアは参加者で検討して決めるものではなく、本人は見せしめになっていると捉えそうです。

最近ではリモートワークが増え、会う機会が少ないということも聞きます。こうした場合、情報機器を積極的に活用したいところです。スマートフォンのアプリは格段に進歩していて、声だけでなく表情も伝えられます。これらが相俟ってかなり細かなニュアンスも伝わります。こうした機器をうまく使い、短時間であっても効果的に時間を確保することは、管理者にとっては欠かせないマネジメント上のスキルになるでしょう。

 

Q2:だったらほかの人事管理業務を減らしてくれないか・・・と言われそうです

人事・教育部門がキャリアに関することも所管することが多いので、「また仕事を増やして・・・人事のために仕事をしているんじゃないぞ」と言われることもありますね。確かに現場にしてみれば、目標設定や評価の面談、メンタルヘルスに関することなどなど、なにかと押しつけられているように感じているでしょう。依頼元の部署や担当は違っていても、管理職にしてみれば「本社の人たちは、何かと似たようなことを次々と指示してくる」と思っていることも少なくありません。

しかし、「普段の打ち合わせ」の中に織り込むという戦略に立てば、この点はむしろ利用価値があります。「職場でキャリア面談」の前提は1対1の場を増やすということでした。そこで、キャリア面談を導入するということではなく、目標設定や人事考課に関する面談も含めての「1対1の場」をパッケージとして捉えてもらうのです。

そもそも人事考課に対する納得感を引き上げる上でも面談頻度の高さは有効です。期末になってからあれこれいわれても被評価者にしてみればもはやどうにもできないことです。だったら先に言ってくれれば何とかしたのにと思うことでしょう。半年や一年前のことをあれこれいうのではなく、タイムリーにフィードバックをもらえれば必要な対処ができますし、何より期間中の働きぶりを上司がどう捉えているかが分かるので、評価結果が出た段階で驚くということも少なくなります。こうしたさまざまなメリットがある、「一粒で何度もおいしい」ものとして1対1の場を勧め、その1つのパートとしてキャリア面談を位置づけるのです。

 

Q3:本当に効果があるのなら考えてみてもいいけれど・・・といわれたら?

一粒で何度もおいしいといわれても、それはやってみて実感しないとなかなか納得はできないかもしれません。それ以前に、「うまく行くのか?」と疑心暗鬼のままでは効果もままなりません。

そこで導入に際しては、協力してくれる部門を見つけて、トライアルとして実施することをお勧めします。実績があれば説明しやすいですし、うまく導入されているのを見れば「うちは忙しいからできない」とはなかなか言いづらくなります。協力してくれるのは多くの場合、メンバーの育成に熱心な管理職ですから、よい方の結果が出やすい、という目算もあったりします。

また真剣な管理職であるほど主体的にトライアルに取り組むので、さまざまな疑問を持ちますし、運用に当たってどのような支援が効果的か意見をくれます。こうしたことにきちんと対応し、また実施段階での知見をまとめておくことで、各部の管理職が参考にしやすいガイドブックやQ&Aをつくることができるようになります。

人事部門に長くいると、どうしても全社のバランスを考えて一斉に運用をと思いがちなのですが、部分的に先行実施することのメリットも考えておきたいものです。

 

Q4:「返事に困ることを聞かれそう」と懸念する声もあるのでは?

管理職の方が乗り気にならない理由として、面談の時間が取れないということのほかに、困ったことになりそうだから、ということもあります。例えば「やりたいことははっきりしているが、今の部署にはそうした仕事がないから異動させてほしい」「会社を辞めたい」といったような、答えづらい話になったら・・・という懸念です。

前者の場合、担当させている業務があるのですぐに異動させることはできません。このままいることを説得するしかないのでしょうか? しかし見方を変えれば、「今の仕事に関心がなくなってきている」ということを、より大きな不満とする前に表明してくれたともいえます。ここでそれがなければ、この先に「会社を辞めます」となって表明されるわけです。むしろよくぞ早めに言ってくれたといえるかもしれません。

対処の方法はさまざまですが、異動の理由が、やりたいことが明確なのであれば、組織運営上すぐに異動に対処できるわけではないことを説明しつつ、それまでの間、今の業務の中でこれからのキャリアにも有効な知識やスキルを獲得することといった本人にとっての現業務の意味、意義を説明することで、熱意を維持するよう働きかけることもできます。前回説明した「内的キャリア」について話し合うのもよいでしょう。

逆に今の仕事から逃れたいというのが本音なのであれば、このままやり続けさせておくことは組織のモラール面での問題を引き起こしかねません。そうした「気分」は他のメンバーにも影響しがちだからです。また、逃れたい一心でする大きな選択は本人にとってもあまり良くない結果をもたらすことが少なくありません。さらに相談を深めて、進みたい方向を明らかにすることを支援したいところです。ただ、この場合は上司が対処しない方が良いかもしれません。早めにキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタントに相談に行かせることが、本人にとってだけでなく、上司にとっても有益です。

「仕事に後ろ向きな人にそんな支援が必要なのか?」と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし先にも触れたように、モチベーションが低いままでは生産性は上がりませんし、周囲に良い影響はもたらしません。さらに本人の状況が悪化してメンタルヘルス面での不調に結びつき、休職ということになると、もっと多くの影響を周囲にもたらします。

また、早めに言ってくれることは誤解を解くきっかけにもなります。例えば上司が「育児休業から復職したばかりなので大変だろう」と思って比較的容易な業務が中心となるよう配慮していたら、本人はむしろ休業期間中の遅れを取り戻したいと焦っていて「なぜもっと責任のある仕事を任せてくれないのか」と不満に思っているというケースがあります。よかれと思ってやったことが裏目に出てしまったということです。高い頻度の面談は、誤解を解くきっかけも増やすのです。

 

Q5:自分より年長の人への相談は必要?

管理職研修で増えているのは「年上のメンバーにどう対処したらよいのか」という相談です。業務の話であればともかく、キャリアということになると人生経験が自分より長いのでアドバイスだなんて・・・と思うようです。また、定年が視野に入っていたりすると、これからのキャリアといってもそんなに選択肢がないので話が広がらないと考える人も多いようです。

まず留意しておかなければならないのは、「考えるのは本人」という点です。必要なのはどうすれば良いかというアドバイスではありません。有益なアドバイスを否定するものではありませんが、どのようにキャリア開発を進めていくかを決めるのは本人です。年長で経験があるというのであればなおのこと、どうすべきかは本人が決められるはずです。相談場面ではむしろ、考えを深める、整理するための「質問」の方が有益です。どのような観点から質問を投げかけるのか? その手がかりとなるのが前回説明したさまざまな「理論」なのです。アドバイスをするというよりはむしろ考えを聞かせてもらうというスタンスで臨むとよいでしょう。よい質問とよい聞き手がいるとキャリアに関する自己洞察は自然と深まっていくものです。

また、「キャリアを考えるといっても会社にいるのはあと数年だし・・・」と考えるのは早計です。私たちが働く期間は長くなっています。そして、その働くということの中身は、生活をしていくために賃金を得るというものもありますが、自身の持つ専門的な知識や技能を活かしたプロボノ活動もあるというように、多様化しています。年金支給開始年齢が徐々に引き上げられていくなか、定年後の人生は長く、その間をどのように過ごしていくのか(いけるのか)はその人のライフスタイルのあり方、キャリア開発の考え方によって大きく変わります。定年は「終わり」ではなく、人生の通過点の1つに過ぎないのです。「定年の日には職場で花束をもらい、家に帰ると"ご苦労さま"と祝ってもらってあとは第二の人生が待っている」というのは、幻想に過ぎません。人生に一番目も二番目もありません。すべてが1つのものとしてつながっているのです。「定年まで大過なく過ごせば良い」ということはなく、その後のキャリア開発も含めて考えておくものなのです。キャリア面談でも定年までを考えれば良いというわけではなくなっているのです。

定年後のこともキャリア面談の内容に含めるとことに違和感があるかもしれません。それは会社を離れて、同じ組織のメンバーとしての関係がなくなってからの話だからでしょう。しかし、逆なのです。会社を離れた後のことまで視野に入れることで、年長者であっても長いスパンでのキャリアを考えることに意味が出てきますし、それが在職中のモチベーションにもつながるのです。

 

■さいごに

ここまで4回にわたって、職場でのキャリア面談について取り上げてきました。繰り返しになりますが、管理職とメンバーが短くても良いので頻繁に1対1の面談をすることは、キャリア開発だけではなく人事考課といった人事制度面、組織の活性化といった面でも大いに役に立ちます。これをきっかけにぜひ取り組んでみていただきたいと思います。そして、キャリア開発という面でいえば、上司自身が自分のキャリアを真剣に考えていることが、部下の面談にも良い方に寄与します。自分のことを真剣に考えていればこそ、他者のキャリア開発も真剣に支援しようと思えるからです。

発行者のご依頼とは異なり、筆者の要領が悪く、毎回長い文章になってしまいました。にもかかわらず最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

 


 

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