JAVADA情報マガジン2月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-
◆2019年2月号◆
「職場でキャリア面談」のススメ ~ ふだんづかいのキャリア開発 |
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経営人事コンサルタント、有限会社キャリアスケープ・コンサルティング代表 |
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語りが深める自己理解本人に近い位置にいて、担当している仕事のこともよく分かっている上司が対応することでキャリア面談はとても豊かなものになること、それは短い時間ながらも高頻度であることの方が効果的であるともお伝えしました。ただ、"短い時間"を意識しすぎるとついつい上司の方で「○○すればいいんじゃない」「そこはこう考えるべきだろう」と切り出しがちです。特に経験豊かな上司ほど解決策が頭に浮かんでくるのでなおのことです。 しかし、ことキャリア開発に関わる場面では、上司が指示を出して解決を図るのは早計です。短期的にはうまく行くかもしれませんが、結局は「上司が言ったから」ということになってしまいます。「自ら考え、動ける主体的なメンバーになってほしい」と考えているのであれば上司自身がその阻害要因になってしまいますし、なによりキャリア開発の自己決定性という点からも懸念が残ります。 「本人に『どうする? やってみる?』と確認して『やります』といったのだから、本人が決めたといっていいんじゃないの」という見方もできます。しかし大切なのは「やる」といったかどうかではなく、本人が自分のこととして腑に落ちているのかどうかということです。それには本人に自分の言葉で語ってもらうことがよいでしょう。どうするか話してもらって理解の程度を確認する、という意味ではありません。そうした面がないとはいえませんが、キャリア開発という面でいうと、「語る」という行為が本人にとって自身の自己概念を構成し、認識することにつながるからです。 書いてあるものを「読む」のとは異なり「語る」プロセスにおいては、数ある事象の中から選び出した話題・事柄について、どのような言葉を選択し、どのような順番で紡いでいくのかを考えなければなりません。そのプロセスに、明確に意識していないものも含めて本人の自己概念が現れるからです。語るという行為を通じてその時点でのその人の世界が表面化してくるともいえます。さらに語った内容そのものに自身を引き付けていくことさえ起こります。「あたしって○○な人だからさぁ」と女学生が語るとき、そういう自分であると表現すると同時に、そういう自分であろうともするのです。語りを通じて本人がどのように考えているのか上司が理解できるだけでなく、本人も改めて自己理解を深める、納得感を深めることにもなるのです。 このため、部下が主体となって語れるように、適切な質問を投げかけ、語りを促進できようにすることが求められます。何より語りを阻害しないようにきちんと受けとめていくことは欠かせません。このとき、キャリアに関するいくつかの理論、フレームワークを知っておくことが効果的です。上司が自分自身の経験に照らして語られていることを吟味することももちろん意味のあることですが、それでは上司の考え方に合っているかどうかを判断することになってしまいます。そしてそこに合致しないとついつい口を挟んでしまいます。そこで役立つのがキャリア、キャリア開発に関わる理論やフレームワークです。それらを通して受けとめることで、自身の考えに囚われすぎない適切な質問を投げかけ、理解を促すことができます。
語りのなかの外的キャリア/内的キャリア例えば「外的キャリア」と「内的キャリア」という考え方があります。詳細な説明は「キャリア・アンカー―自分のほんとうの価値を発見しよう」(白桃書房、金井壽宏訳)など、この概念を主導されたE.H.シャイン氏の著作でご確認いただくとして、ごく簡単に説明するとすれば外的キャリアとは「何をするのか(しているのか)」という職業や職務、業務といった"ことがら"であるのに対して、内的キャリアとは「なぜするのか(しているのか)」という意味や意義、つまりその人の"内的な世界、価値観"を指します。現実世界の中でやっている「何か」(What)は同じであったとしても、そこに見出す意味や意義、つまり「なぜ」(Why)は人によって異なっているという、いわれてみればごく当然のことですが、キャリアについて語るとき、あるいはそれを聞くとき、ここに気をつけているとさらに理解が深まります。 例えば「接客」という職務(What)。「お客様から感謝されることに意味や意義を感じる」という人と、「新しい知見や要素を取り込み、何らかの違いを生み出すことに意味や意義を感じる」という人がいるとき、前者であればお客様が喜んでくれることに労力を割きたいと思うでしょうし、お客様から感謝されることそのものに動機づけられるでしょう。一方、後者の人であれば常に何らかの新しさ、これまでとは異なった何かがあることに力を注ぎたくなるでしょう。いくらお客様が望んでいることだからとしてもそれが「毎日、同じことの繰り返し」と映れば「これでいいのか?」と満たされない日々を過ごすことになってしまいます。 満たされていないのは「創意工夫したい」(内的キャリア)ということだと分かっていれば仕事の捉え方(認識)を考えることになりますが、「接客」(外的キャリア)という仕事そのものが向いていないと考えてしまうと、異動や転職がちらつくことになります。職場の面談ではどちらかというと外的キャリアが取り上げられがちですが、内的キャリアの観点も含めて話を聞くことで捉え方は変わってきます。
長期スパンしてのキャリア~「発達」という視点内的キャリアはその人の価値観であり考え方ですから、さまざまな経験をするうちに変容、内的な成長を遂げていきます。そうした変化は、学生からその組織の一員として居場所をつくっていく過程、管理職になるかどうか、定年などで組織から離れていく時など、取り巻く環境の変化によって引き起こされることもあります。こうした組織内での変化という観点では、先のE.H.シャイン氏が示した組織内でのキャリア発達モデルが役に立ちます。「キャリア・ダイナミクス~キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である」(白桃書房、二村敏子ら訳)では、会社の中での変化を「学生から組織へのエントリー」「組織の正式メンバーとしての定着」「キャリア中期の危機」「指導者役/非指導者役の選択」「組織からの離脱、引退」というステージに分けて説明しています。 管理職に任命されているということはそれなりにその組織の中ではうまくやってきたという方が少なくなく、その意味ではこうした節目を順調に経過してきていて、それぞれのステージでの迷い、行き詰まりは気にしたことがないということもあるようです。それぞれの状況においてどのような課題がありうるのかを理解しておくことは、部下の状況を当人の立場で理解する上で役に立ちます。 組織内に留まらずさらに広い視野でとらえるとするなら、D.E.スーパー氏が示した、「家庭人」「職業人」といった人生におけるいくつかの役割(ライフ・ロール)が人生のさまざまなステージにおいて変化する様子を捉えた「ライフキャリアレインボー」や、さらにこれを社会的な役割、使命との関係も含めて捉えたL.S.ハンセン氏の「統合的ライフプランニング」1といった考え方について知っておくことは、"人生100年時代" を前提としてキャリアを考える時に有益です。
トランジション~スランプでは片付けられない過渡期また、キャリア展開は一本調子ではなく山もあれば谷もあります。うまく行かないことが続いて迷いが生じたとき、「スランプじゃないの?」「長い人生、まぁそういうこともあるよ。くよくよ考えないでとにかく頑張ろう」というだけではすまされません。 トランジション(Transition、転機)という考え方があります2。ある役割(状態)から新しい役割(状態)へと移行するとき、すんなりと移行できることもあれば、それが予期せぬものであったり、元の状態が離れがたいあるいは先の状態が受け容れがたいといったときなどに迷い、ためらいが起きて、移行にかなりの負担が起きたりすることがあります。トランジションはその移行の過程を取り上げるものです。 トランジションはほかの人にとっては取るに足りないもので、本人には大きな負担であることもあります。現れ方もさまざまで、出来事があってトランジションを迎えることもあれば、訪れてもよいはずのことが訪れないことに起因することもあります(例えば「そろそろ異動があるはずなになかった」「ふと気がつけば仲間はみな結婚していたが自分は・・・」など)。また、ある日突然訪れることもあれば、薄々と感じていたことがやがて墨が広がるように心を占めるようになっているということもあります。 こうした時期、変わればよいということは分かっていてもなかなか変われない、どう変わればよいかが分からないといったことから、モチベーションが落ちて仕事が手につかなくなったり、逆に無理に状況を変えようとして転職を考えたりすることがあります。しかし、トランジションにおいて大切なのは、むしろその過程にある「ニュートラルゾーン」と呼ばれる猶予期間をしっかりともち、自分なりにかつてのことをきちんと落ち着かせてこそその後に新しい一歩が踏み出せると考えます。その一歩も明確な意図を持った第一歩ではなく、後になって振り返ってみたときにいろいろあったけれどあれがそうだったんだと思えるようなものといわれています。 まことに曖昧模糊としたもののように見えます。だからこそ、部下からすると何が問題なのかを最初からはっきり伝えることはできません。しかも、なんだかマイナス評価をされそうで自分からは上司に相談しづらいでしょう。たびたび面談が実施されていることは、幾ばくかでもこの障壁を下げることにつながります。 一方の上司がこうしたものもあるということを知っていれば、「そんなこと言ってないで〇〇したらどうか」と励ましたり、解決を急がせるのではなく、時間をかけることに協力したりすることもできます。ニュートラルゾーンから抜け出ようとするときのきっかけとして、職場の仕事をアサインできるのも上司です。その意味でも、職場の上司が面談することは大きな意味があるといえるでしょう。
外部の専門家も活用するトランジションについていえば、ニュートラルゾーンにおいてはむしろ外部の専門家に相談に行くことを勧めることもできるでしょう。キャリアやキャリア開発に関する理論やフレームワークを知っていることは、キャリア面談をする上で役に立ちますが、上司がすべてを一人で背負い込む必要はありません。その意味ですべての理論やフレームワークに精通する必要もありません。むしろ社内外のキャリアコンサルタントなどの専門家の支援を適切に活用する方が効果的でもあります。ただ、そうした判断をする上でも、自分の経験に囚われすぎないよう配慮することが大切です。
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