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2018年11月号

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第4回 ESG情報は企業の持続的成長の要に

経済ジャーナリスト
   柏木 慶永 氏 《プロフィール

今年は豪雨、猛暑、台風さらに地震と大きな自然災害が立て続けに日本列島を襲った。地球温暖化が影響していると言われる。温暖化は気候変動を生み、人間の営みを大きく変える厄介なものだ。その元凶である温室効果ガスを排出するすべての国、企業は温暖化防止対策への取り組みが問われる。そこで浮上しているのが、企業にとって短期的な経営から中長期的な戦略への経営転換だ。従来の財務情報に加え、新たに環境・社会問題・ガバナンス(ESG)を重要視するもので、持続的成長に向け欠かせない情報である。

企業は収益を上げることで経済の活性化に貢献する。一方で、製造業であれサービス業であれ、多くの製品を生み出す生産、販売過程で環境を破壊する要因を作り出している。負の面である。

最近ではプラスチックごみが海洋汚染を引き起こし、海洋生物の生態系に悪影響を及ぼすと、世界的な問題となっている。このため企業の中には早速、ストローを紙製に切り替えるなどの手を打つところが出てきた。日本政府がスーパーなどでレジ袋の有料化を義務づける方針を掲げたのも、国として本腰を入れる姿を示す狙いがある。

さらにグローバルな対策として、日本企業を含む世界の企業や団体で電気を「再生エネルギー100%目標」とする活動が顕著になっている。国連は2016年に温暖化防止の枠組み「パリ協定」を発効した。2020年以降に世界の平均気温の上昇を産業革命前から2度未満とし、可能ならば1.5度未満に抑えることを目指すものだ。2015年に採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」でも2030年までに温暖化による気候変動対策を実施するよう促している。

企業がこうした温暖化対策を急ぐ背景には、大量の二酸化炭素(CO2)排出が経営上大きなリスクとなるとの危機感があるからだ。それはこれまでの「短期的収益追求型」経営から「長期的成長持続型」へと転換することを意味する。つまり四半期決算による短期での収益重視の経営が大きな曲がり角に来ているといえる。このため「日本企業は以前、中長期的視点での経営だった。だからこそ経営に幅があり、企業の将来を見据えた投資戦略が立てられた」と、日本型経営の良さを指摘する声も出ている。

しかし、グローバル化の勢いが日本型経営を吹き飛ばした。日本企業は厳しい競争の世界でどう戦い、生き残っていくかという戦略を取らざるを得ない。巨大企業グループの形成、先進技術の取得などを実行するために、企業の合併・買収(M&A)を積極化し、体力をつけようと躍起になっている。中には敵対的買収を仕掛けられ、大きな騒動に発展した企業もあった。この国内外でのM&Aは加速し、年々その件数が増えている。まさに短期決戦である。

M&Aは巨額な資金を必要とし、成功すれば世界的企業として脚光を浴びるが、逆に失敗すれば企業の存続さえ危ぶまれる事態となる。金融市場はあくまで高い収益を上げている企業に手厚くなる。つまり環境を重視した経営は将来的に発展可能性があっても、あまり評価されない。それは1990年代の会計、財務報告の基準では、企業にとって環境リスクや環境による便益が低いために、金融市場の企業業績判断のための情報が偏らざるを得ない状況だったことが影響している。

だが、2008年9月のリーマンショックをきっかけに、日本でも投資家の間で、環境や社会問題、ガバナンスといった新たな視点が重視されるようになってきた。目先の短期的経営から脱し、長期的な成長のための情報が必要になってきたわけだ。企業が将来にわたって成長を持続するために必要な情報とは何か。それが非財務情報といわれる「ESG(Environment Social Governance)情報」だ。この情報を基に投資戦略を打つのが「ESG投資」という。

日本政策投資銀行の竹ケ原啓介・執行役員産業調査本部副本部長は「企業は財務状態を良くするために、短期的な予想と長期的な予想が必要だ。ただ、世界中で地球温暖化を防ぐために多くの手を打っているなかで、財務を強くするうえで求められるのが長期予想。そのためにはイノベーション、技能伝承、知財戦略、ガバナンス、環境対策などのESG情報が重要になる」と指摘する。

では世界の社会的責任投資(SRI)市場規模(出所グローバル・サスティナブル・インベストメント・レビュー2016)はどうか。2014年は21兆3580億ドルで、12年比61.6%と大幅に増加している。その中で日本は12年の100億ドルが、14年には80億ドルへと20%も減少した。これに対し欧州は8兆7580億ドルから13兆6080億ドルへと55.4%増、米国が3兆7400億ドルから6兆5720億ドルとプラス75.7%増、日本を除くアジアが300億ドルから450億ドルへと50.0%増といずれも大きく拡大している。これは欧米の機関投資家がESG投資をメーン化する動きに出ていることを示している。

そうした背景について竹ケ原氏は、2006年の国連責任投資原則の登場、欧州中心に規制・新ルールの導入によるESGへの誘導、企業のESG情報開示を促すルールの整備(財務報告と環境報告の統合化)、それに関わる研究や情報プロバイダーの充実などを挙げる。

日本が世界的なESG情報を基にした投資にようやく目覚めたのは、欧米の投資家の動向に気づき始めた2014年という。とくに2015年に世界最大の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が責任投資原則(PRI)に署名して、ESG情報を重視する姿勢を示したことがESG投資を加速させる大きいな要因といわれる。つまり機関投資家は独自のESG情報を評価する手段を持つ必要性が迫られることになる。当然、企業は情報公開が評価の要になるため、ESG情報の開示を積極的に行う必要がある。それを怠ると企業評価にとって大きなマイナス要因となる。

そうしたなかで企業も素早い動きを始めた。朝日新聞の10月15日付1、2面に、「ワコールが自社製品の製造工程に関わるサプライチェーン(製品供給網)に、外国人技能実習生の人権を侵害している会社がないかどうかの調査を始めた」という記事が載った。外国人技能実習生は年々増え続けている。少子高齢化による人手不足が深刻化して、外国人労働者に頼らざるを得ない国内労働事情が大きい。しかし、現実には技能実習生を本来の目的とは異なった職種に就かせたり、低賃金の作業労働者として雇用したりするケースが横行し、社会問題化している。

このためワコールは技能実習生の雇用で、取引先に厳しく対応することにした。人権侵害があれば取引停止もあるという。何故こうした対応に出たかというと、そこにESG情報の重要性を見ることができる。「ブランド価値は築き上げるのに大変な努力と期間を要するが、崩れる時は一瞬である」との危機感があるからだ。

企業はESG情報をしっかり公開することで、新たなESG投資を誘うことができる。働き方改革や女性管理職の割合、さらにはデータ改ざんといった不祥事などもESG投資の選択対象として重要視されることになる。

幸い日本のSRI市場は拡大に向け動き出した。2016年には4740億ドルへと14年に比べ実に6689.6%増となり、世界市場の3.4%を占めるまでに成長した。竹ケ原氏は「以前の環境報告書は環境への取り組み度合い見せるもので、内容が乏しかった。だが、今では単なるディスクロージャーからブランディング重視へと変化してきた。その意味で社会貢献活動を戦略的に事業化することが必要」と、非財務情報の開示意義が変ってきたと指摘する。

このように企業は地球温暖化防止への取り組み、社会問題での対応、ガバナンス力の発揮など様々な情報を提供しないと、高い企業評価を得られない。ESG情報が企業価値、ブランドに直接影響することをしっかり受け止め、持続的成長を目指す戦略を打つことが益々重要になる。

 

 


 

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