JAVADA情報マガジン9月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-
◆2018年9月号◆
第2回 サマータイム導入、日本人の本気度 |
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経済ジャーナリスト |
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「2020年夏の東京オリンピック・パラリンピックの暑さ対策で、サマータイムを導入してはどうか」。森喜朗組織委員会会長の提案が波紋を呼んでいる。安倍晋三首相は「国民の関心が高い」として、自民党での検討を指示した。突然、降って沸いたサマータイム(夏時間)導入論が猛暑の中でさらなる熱い議論を巻き起こした。この間、メリット、デメリットの打ち合いが喧しい。サマータイムは国民生活のリズムを大きく変えるだけに、影響が大きい。日本では過去に何度も導入論議があったが、多くのマイナス面が指摘され、議論が煮詰まらずにお蔵入りとなっている。 サマータイムとはデーライト・セーヴィング・タイム制度で、通常とは別に日照時間の長い夏の間だけ実施するもの。一般的に一日の時間を2時間早めて、朝の涼しいうちに仕事をして効率をあげるとともに、終業時間も2時間早まるので、帰宅時間が早まり家族サービスができる。さらに電力消費が減るため省エネルギーに貢献するといわれる。 日本生産性本部は導入メリットを挙げた。防犯面のほか、3か月間実施した場合、名目の家計消費が現状の0.3%増に当たる7500億円の経済効果があるという。一方で、デメリット派は生活リズムへの悪影響を指摘する。とくに体内時計への影響だ。体内時計とは血圧、脳内ホルモン、自律神経など1日のリズムを調整する仕組みを差す。この仕組みを壊すために体の変調をきたし、新たな病気を引き起こすという。つまり最大の問題は睡眠不足。サマータイムを半年間実施し、後の半年を通常にも戻すことで、2重に体感異常を引き起こすことになる。認知症、脳卒中が増え、さらにはイライラしてキレルために交通事故や仕事のミスが増えるといわれる。 また生活・社会インフラを見てもほとんどが情報通信網で結ばれているため、機器の時刻を変える必要があり、IT業界では人手不足もあってとても対応できないと悲鳴を上げている。来年の新元号への対応もある。特に日本は高齢化社会が急速に進んでいるため、高齢者への負担も大きい。 つまり東京オリンピック・パラリンピックまで2年を切っている段階で、「暑さ対策」のために日本のシステムをひっくり返すほどの制度を導入する必要があるのかという、根本的な疑問に行き着く。 サマータイムは欧米先進国中心に60カ国で実施されている。イギリス(3月最終日曜日から10月最終日曜日まで)では、消費刺激が拡大してアフター5の経済効果は大きいと、メリットが強調されている。ただ、フィンランド、ラトビア、リトアニアなど北欧諸国はじめ、オランダ、フランス、ドイツなどサマータイムの歴史の長い欧州連合(EU)域内でも廃止論が急速に高まっている。年2回の時刻変更は面倒で生活にマイナス、体調に異変といった意見が多くなっているという。 ところで日本でも過去にサマータイムが実施された。占領軍指令により1948年(昭和23年)から51年(同26年)までの4年間だ。結局、睡眠不足や労働時間増など国民の不評から廃止された。日本列島は縦に長いため、時差はないものの日の出、日の入りの時間に差があるため、導入メリットはないとの意見もある。導入した国でも試験的に実施したものの、止めたケースが目立つ。 それでもサマータイム導入論が時々頭を持ち上げる。1995年に一部国会議員が省エネルギー推進のために導入を検討、2004年には100人超の超党派国会議員が議員連盟を立ち上げ、当時の平沼赳夫通産相(現経産相)に働きかけた。さらに07年には経団連が自民党に導入を提案すると言った具合だ。だが、いずれも線香花火のように消えて行った。そんな中での今回の導入提案。またぞろと思う。 東京オリンピックの暑さ対策として、8月に有力メディアが世論調査でサマータイム導入の是非を聞いている。それによるとNHKでは賛成51%、反対12%となり、朝日新聞でも賛成53%、反対32%という結果だ。これはあくまでオリンピックとの関係を聞いたもので、制度導入のメリット、デメリットを詳しく聞いているわけではない。 そんな中、自民党の船田元衆院議員はブログで条件付き導入賛成の立場を示している。「猛暑の時期のオリンピック・パラリンピックでの選手や観客、ボランティアなどの負担軽減のために必要」という。ただ、国民全体の生活パターンを変える制度のため、2年程度に限ることには批判的だ。この際、恒久的な制度として腰を据えて議論する必要があるとしている。それでも「長時間労働は働き方改革で解決できる」とし、「睡眠不足は個人の心構えで解消できる」とする。さらに「温暖化による異常気象はサマータイムで少しでも防止につながるので、挑戦すべき」と強調している。 確かにこうした考え方はある。しかし、ブログ発信だけではなく、国会で具体的に提案して真剣に議論し、メリット、デメリットを明確に示したうえで、日本経済にとって、国民生活にとって必要か不要かの結論を出すべきと考える。 日本商工会議所の三村明夫会頭も8月29日の会見で「過去に何度も問題が提起されたが、マイナス面が多く実施されなかった」と慎重な対応を求めている。さらに「暑さ対策としてはコストがかかり過ぎる。廃止する国も多い。もっといろんな知恵を出してほしい」と、じっくり検討するよう求めた。 さて、ここで全く別なテーマを取り上げ、議論の経緯を見たい。「首都機能移転」だ。これは東京一極集中に対するリスク分散のため、1990年に衆参両院で「国会等の移転に関する決議」が議決され、検討を始めた。92年には「国会等の移転に関する法律」も成立した。そんな中、95年に阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が発生したことで、災害やテロによる都市機能のマヒの危険性が高まり、できるだけ早く首都機能を地方に移転させることが喫緊の課題となった。99年には国会等移転審議会が3つの候補地を選び公表したほどだ。 国民はいよいよ本格化すると見ていた。ところが衆院議員時代に移転に賛成していた石原慎太郎氏が、同年の東京都知事選で移転絶対反対を公約に掲げて当選したために、一気に移転気運が後退してしまった。おまけに2001年には当時の小泉純一郎首相が「移転しないほうがいい」と発言、在任中の移転凍結方針を打ち出した。となれば首都機能移転は絵に描いた餅である。その後ほとんど話題に上らなくなった。 ところが蒸しかえした。2011年3月の東日本大震災の発生で東京の都市機能がマヒし、東京一極集中の弊害が再認識された。丁度、大阪府知事だった橋下徹氏が大阪都構想を提唱し、副首都化への動きと重なった。同時に地方自治体も震災復興の一環として、東北への首都機能移転を提案するなど再燃した。だが、この案件を主導してきた国土交通省は、同年の機構改革で担当部署の「首都機能移転企画課」の廃止を決めてしまった。18年もの間、移転問題がほとんど進捗しないために無駄な部署は不要という理由だった。 というわけでサマータイム導入と首都機能移転問題の議論を絡ませた。つまりこれまで見たように、一旦決めたり方向性を示したりした施策や制度に対する取り組みの曖昧さが如実に見て取れるからだ。国民を巻き込んで大騒ぎした末に、結論を出さずにうやむやになって、いつの間にか話題にもならなくなる。まさに「大山鳴動して鼠一匹」である。今回のように有力者が一言発すると、それに引きずられ、忘れられていた話が改めて頭を持ち上げ、国民もそれに踊らされる。 こうした日本人の国民性は一見冷静そうでも、物事の是非を決めない曖昧さの方が目立ってしまう。サマータイム導入の是非は自民党内の議論でなく、国民が納得するための議論を徹底的に行い、結論を導き出すことだ。事に当たった時の日本人の本気度を示すことが大事である。
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