JAVADA情報マガジン8月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-
◆2018年8月号◆
第1回 働き方改革法が来春から始動 |
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経済ジャーナリスト |
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安倍政権の最重要政策である「働き方改革」が来年4月から順次実施される。先の通常国会で働き方改革関連法が成立し、長時間労働の規制、正規・非正規社員の待遇格差是正、高収入の一部専門職を労働時間保護から除外―などを法律で縛ることで、働きやすい環境を整備するのが狙いだ。背景には人口減少に伴う生産年齢人口(15~64歳)の著しい減少から、AI(人工知能)、ICT(情報通信技術)など先進技術の活用で、労働生産性を高めることにある。だが、労働者の生活の質的向上が伴わない限り、本当の意味の働き方改革とはいえない。 まず安倍政権の5年半に及ぶ経済政策を振り返る。2012年12月の第二次安倍内閣発足にあたり、金融・財政政策を中心とする「3本の矢」を成長エンジンと位置付けた「アベノミクス」を打ち出した。呼応した日銀は経験のない大金融緩和に動いた。結果、株価の上昇、為替の円安をもたらし、景気は回復に向かい、自動車はじめ輸出関連企業を中心に業績好調となり、税収も急増した。今年3月は完全失業率が2.5%の低水準となり、有効求人倍率が1.59倍に上昇している。大学新卒の就職率は98%に達した。〝官主導春闘〟により賃上げも実現し、4月以降も企業業績は好調を持続している。 中でも日銀による異次元の金融緩和は「ゼロ金利」をさらに踏み込み、未体験ゾーンの「マイナス金利」へと突き進んだ。政府日銀は企業が金融機関からの借り入れを増やし、設備投資を増大することで、さらなる経済成長を目論んだ。だが、企業は内部留保による豊富な自己資金を持ち資金余剰にある。このため3本の矢の三つ目の「民間投資を喚起する成長戦略」は躓いた。逆に浮かび上がったのが地方銀行、信用金庫など中小金融機関の経営状態の悪化である。 潤沢な資金を持つ製造業は、国内では既存工場での増産や生産性向上のための設備の増設、更新に意欲的だ。それは工作機械や産業用ロボットの受注動向から見て取れる。日本工作機械工業会によると、2017年の総受注額は3年ぶりに増加し、前年を31.6%も上回る1兆6456億円と、初の1兆6000億円超えを記録した。内需はリーマンショック後初の6000億円超となり、外需も1兆円を超えて過去最高を更新した。今年の受注見通しを1兆7000億円に設定したが、上半期で9600億円を超えており、秋口にも上方修正する。ロボット工業会も今年の総受注額を初の1兆円に設定している。 このように好調な産業界は欧米、中国など海外経済が順調に回復していることが大きい。ただ、米国のトランプ政権の保護主義、とりわけ輸入品への高関税実施に伴う各国との貿易戦争が大きな懸念材料だ。IMF(国際通貨基金)は7月16日に発表した世界経済の最新見通しの中で、日本の今年の成長率を予想より0.2%低い1.0%に下方修正した。日本の消費、投資の弱さを懸念したもので、先行への不安材料が出ているからにほかならない。 こうした日本経済をめぐる大きな変化の中で、6月29日に働き方改革関連法が成立、来年4月から順次実施されることになった。その内容をみると、規制強化では①残業時間の罰則付き上限規制②勤務間インターバル制度の促進③年次有給休暇の消化義務④中小企業の残業代割増率の引き上げ-の4本。 ① は残業時間に上限を設け、働き過ぎを防止するものだ。「繁忙期でも月に 100時間未満」とし、違反企業に罰則を科す。現在の残業時間は労使協定(36協定)で何時間でも働ける。それを労使協定があっても「月45時間」を原則とした。②は始業時間から終業時間まで一定の休息時間を設けるように努力義務を課すというもの。③は年間10日以上の年次有給休暇が与えられた労働者に、5日消化させることを義務付ける。④は月に60時間を超えた残業代の割増率を現行の25%から大企業と同じ50%に引き上げるものだ。 一方、規制緩和は国会で最大の論点となった「高度プロフェッショナル制度の導入」(高プロ)だ。経済界が導入を強力に働きかけたもので、年収1075万円以上の一部専門職を対象に労働時間規制から外すというもの。これらの専門職は労働時間の規制の網がなくなるため、深夜、休日出勤に対して割増賃金を払わなくていいことになる。政府は対象職種を厚生労働省の省令で定める方針だ。 これら規制関連とは別に「同一労働同一賃金の促進」があり、大企業は20年4月から、中小企業は21年4月からの適用となる。これは正社員と非正規社員の待遇格差改善を図るもので、関係法の整備を急ぐ。企業は非正規社員を増やし、正社員と同じ仕事をさせることで総賃金を抑えている。それは有期契約社員のため、いつでも雇用調整の対象にできるからだ。背景はバブル崩壊後20年もの不況が企業の新卒採用を大幅に抑制させたからだ。就職難に直面した若者は非正規として働かざるを得ないことが常態化した。 しかし、人を「身分」で差別することは人権問題でもある。「同じ仕事をして、同じ成果を上げているのに、なぜ差別されるのか」という疑問は当然だ。そんな不合理は許さないという非正規社員の声を反映して、待遇の格差是正を進めることになった。非正規社員にとって長年の念願が叶うことになる。企業の中には非正規から正規に転換する制度を設け、実施しているところも出てきた。 非正規社員は全労働者のうちの4割を占める。65歳までの完全雇用を実施しても、さらに働く場合には再雇用など非正規社員となる。今後そうした定年後の高齢労働者は益々増加する。やはり若年労働者を中心とした正規比率を上げることが求められる。年金の将来を考えれば、働き盛りの20代から40代の雇用対策が最重要課題になり、一刻も早く改善する必要がある。 ところで国会で問題となったのは裁量労働制の拡大だ。安倍首相は経団連などからの強い要望を受け具体化へ意気込んだ。しかし、同制度で働く人の労働時間でミスが出た。厚労省が労働時間調査で得たデータに問題があった。それは「一般労働者より労働時間が短い」という異常値が見つかったためだ。国会審議は大揉めとなり、結局、裁量労働制の拡大は今回の働き方改革関連法から削除された。 これに反発したのは拡大に積極的な経団連で、中西宏明会長は「早期に裁量労働制の拡大法案を国会に提出すべき」と息巻いている。政府は厳正な実態調査を行い、信頼されるデータを取得することが何よりも必要だ。過労死は人を大事にしないという企業の在り方に大きな問題を突きつけた。 こうした中、大手企業の間では独自の働き方改革が動き出した。自動車、運輸、情報通信などで先取りが目立つ。過重労働が問題視された宅配便業界では配達料の値上げ、再配達規制、配達指定時間の見直しなどの労働時間対策が実施された。深刻な人手不足と相まってAI、ICTなどの導入を急ぎ、産業構造の転換を加速させようとしている。 同時に人材開発や流動性を高め、より質の高い人材確保が必要になる。あるメガバンク系シンクタンクの幹部は「日本は研究開発、業務の見直し、人材投資など無形固定資産投資が他国に比べ少なく、生産性の低い老舗企業が幅を利かせている」と、大企業の意識の低さを指摘する。 働き方改革は政府が経団連や連合など大企業向け対策だけでなく、投資増やネットワーク強化に単独で取り組めない中小企業に手厚い支援をすることが大事だ。そのためには経済成長のみを優先するのでなく、生産性向上を進める中で、所得格差の縮小による労働者の生活満足度を高める施策が重要だ。さらに教育費の支援拡大で若者の進学率を高め、優秀な人材を輩出する大学教育の質的向上も必要になる。 働き方改革関連法は来年度から施行される。罰則や努力義務を謳っているが、企業がこうした諸々の課題をクリアするために、法に則ってどこまで真摯に取り組むかが問われる。「仏作って魂入れず」では済まされない。
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