JAVADA情報マガジン6月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-
◆2018年6月号◆
第3回 どの程度の粒度(きめ細かさ)の評価基準を作成すべきか |
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株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー |
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最近はどの会社をみても人事評価制度はだいたい同じような体系になってきている。仕事の結果を評価する「成果評価(業績評価)」と、結果に至るまでのプロセスをみる「行動評価」の組合せが最もポピュラーな評価体系である。このほか、伝統的な職能資格制度の会社では、「成果評価」「能力評価」「情意評価」の三本立てで評価を行っているところも少なくない。 このように、人事評価体系のバリエーションはそれほど多くないのだが、人事評価基準(行動評価基準、能力評価基準、情意評価基準など)には会社の個性が如実に現れる。職種別に非常にきめ細かな評価基準をもつ企業もあれば、全職種一本のごく簡単な評価基準しか存在しない会社もある。 図表1はA社、B社のチームリーダー級の能力評価基準を抜粋して比較したものである。A社の場合、社内に複数の職種が存在するが、評価基準は下表に示したものだけである。しかも、評価基準はかなり抽象度が高い一つの文章があるだけだ。一方、B社では、職種別に評価基準の書き分けを行い、かなりボリュームのある評価基準書を作成している。 「会社の個性」と言ってしまえばそれまでだが、A社、B社がそれぞれ図表1のような評価基準を作成する背景として、何らかの合理的な理由があるはずだ。 (図表1)評価基準のバリエーション(例)
一般論として、できるだけ明確で具体的な評価基準の作成が望ましいことは間違いない。この観点から、A社のようなザックリとし過ぎた評価基準はあまりお勧めしない。一方で、手の込んだ評価基準を作成するには相当の労力と時間が必要であるし、作成後のメンテナンスも大変になる。また、実際問題として、あまり細かい評価基準を作成すると、評価のポイント(要するに何に着目して評価すればよいのか)がぼやけるため、かえって評価基準として使いづらくなることもある。たとえば、B社の評価基準では三つの文章が列挙されているが、最初の文章に書かれた基準は完全に満たしているが二番目の基準には到達していない社員がいた場合、この社員の「折衝力」としてどのような評価をつけるべきか迷いが生じる。また、日本企業のホワイトカラーの場合、担当職務の範囲が明確に定まっていないことが少なくないため、様々な状況に対応できるよう、一定の抽象的をもった評価基準の方が却って使いやすいこともある。 極端な事例を挙げると、毎年最高益を更新し続けているグローバル企業C社には、人事評価基準が存在しない。あるのは資格等級別のごく簡単で抽象度の高い"等級定義"だけである。C社では、この等級定義を参考に相対評価方式で人事評価を行っているが、それでも社員が不満を抱えて離職したりすることもなく、毎年最高益を更新し続けているのである。 このように考えてくると、必ずしも「人事評価基準は詳細であればあるほど望ましい」というわけでもないことがわかる。要するに、「自社にとって使い勝手のよい評価基準が必要」ということであるが、「使い勝手のよい評価基準」とはどの程度の粒度(きめ細かさ)の評価基準を指すのだろうか? この問題を考えるために、人事評価の目的を改めて整理してみたい。人事評価は必ずしも金銭処遇を決めるためだけに行う「査定」ではなく、社員の方向付けや人材育成など広範な目的をもっている(図表2)。いずれも極めて重要な目的であるが、評価基準の「粒度」に影響を与えるのは「社員を方向付ける」(あるいは「社員のベクトル合わせ」)という視点である。 ベクトル合わせを行うためには、会社が社員に求める職務行動を明確な形で示していく必要がある。これを逆の視点からみると、きめ細かな評価基準を作成しなくても「社員のベクトル合わせ」という目的が実現できる企業の場合には、評価基準が多少粗くても構わないということである。 (図表2)人事評価の目的
たとえば、人数規模が小さく、お互いの勤務ぶりが見える企業や、家族主義的で従業員同士のコミュニケーションが活発な会社では、「評価基準」という形で会社の求める行動様式を敢えて詳細に規定する必要性は乏しい。また、規模が大きい企業であっても、新卒社員が大半で、長期勤続を通じて会社の経営理念に沿った行動様式を自然に身につけていく場合には、人事評価を通じた「社員の方向付け」に注力する必要はそれほど高くない。このような企業の場合には、粒度が低く抽象的な評価基準でも十分機能し、きめ細かな評価基準の作成は費用対効果の面からも必要ないということになる。 一方、お互いの勤務ぶりが見える小企業であっても、中途採用が多かったり外国人スタッフを雇用していたりするなど、人材の多様性が大きい場合には、人事評価を通じて(ともすればバラバラになりがちな)社員のベクトル合わせを行うことが重要になる。また、一般に企業規模が大きくなるにつれ、社内の業務範囲や職種の幅が拡大し、トップと現場との距離も長くなるため、「以心伝心で経営理念が自然と浸透する」という状態を作り出すのが困難になる。このようなケースでは、きめ細かな評価基準を作成し、会社が社員に期待する能力発揮や職務行動を明確かつ誤解がないような形で示していく必要があるだろう。 以上をまとめると、人事評価基準に求められる粒度(きめ細かさ)は、図表3のように整理することができる。 (図表3)人事評価基準に求められる粒度(きめ細かさ)
(表の見方)高・・・粒度が高くきめ細かな評価基準が望ましい 日本企業の全体的な方向性としては、終身雇用慣行の後退や中途採用の増加等により、以前よりも人材の流動性が高くなってきている。また、女性や外国籍の社員の増加など、今後ますます人材の多様化が進むものと予想される。これまではザックリとした抽象度の高い評価基準であっても「以心伝心」ということで経営の思いが現場まで浸透していた企業についても、今後はそうはいかなくなる可能性がある。 また、ここまでは「社員の方向付け」という点に着目したが、図表2の「人事評価の目的」のうち、「人材を育成する」という視点からは、育成レベルの判断根拠となるような具体性のある評価基準が整っていることが望ましい。人手不足の時代を迎え、大量採用が困難になる中、採用した少数精鋭の人材を効果的に育成し、早期に即戦力化することの重要性がますます高まっている。企業には、「人材育成に資するような具体性のある評価基準」の構築が求められるようになっているのである。 最終的には個々の会社の実状に即した粒度の評価基準が必要であることは言うまでもない。しかし、総体的にみると、多くの企業において、これまでよりもきめ細かな評価基準の整備が求められるようになっていることは間違いない。このような観点に立ち、自社の評価基準を改めて見直してみてはいかがだろうか。
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