JAVADA情報マガジン10月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-

2014年10月号

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第3回 高専

日刊工業新聞 論説委員兼ニュースセンターデスク 八木澤 徹 氏 《プロフィール》 

この就職超氷河期にあって、就職率が100%の学校があります。一人当たりの求人数が40倍(「4倍」の間違いではありません)にも達する学校もあります。いまだかつて学生が就職に困ったことがないことで知られる学校、高専(高等専門学校)。中学校卒業後に5年間の理科系専門教育を施し、製造業を中心に社会で即戦力として活躍できる人材を供給、輩出してきました。

一般の方には、NHKが放送する人気番組、「高専ロボコン」に出場する学校と言った方が分かりやすいかもしれません。
 「若い段階で技術に対する志を持ち、工学の基礎を習得している。大学卒と比べても、自ら手を動かして考えられる。人物的にも意欲が高く、真面目な学生が多く今後の成長が期待できる」(富士通)。高専生に対するこうした評価は、業界や企業を超えて共通して浸透しています。国立高等専門学校機構が把握する国立校51校の本科(中学校卒業後5年間のコース)卒業生に対する求人倍率は、過去10年で10倍を下回ったことがありません。近年は、2010年度の15・2を底にして毎年上昇しており、14年度はさらに上昇しそうです。

人手不足で高校新卒の求人倍率が2015年3月卒が1・28倍、大卒が1・61倍に跳ね上がっていますが、それでも高専教育の評価は抜きんでています。
 学生の絶対数も限られています。専攻科や四年制大学の3年編入などに進学せず、就職する本科学生は国立校合計で卒業生約1万人のうち半数の5000人前後です。「優秀な高専生は取り合い。当社が熱心に採用している姿勢を他社に知られたくない」(素材企業)というほどです。
 一方で、高専側には危機感も静かに広がりつつあります。「自動車一つ取っても、電気自動車のようにエンジンのない車が普及する時代が来ている。現在の就職率の良さにあぐらをかいているわけにはいかない」。国立東京工業高等専門学校(東京高専)の土屋賢一副校長はこう警鐘を鳴らします。

自動車は電装化に加え、スマートエネルギー社会の中でネットワーク化が今後ますます進みます。搭載する電池も化学・素材産業と電機産業、自動車産業の複合技術です。こうした中で、例えば「機械工学科だから機械工学しか分かりません」という学生を生み出すわけにはいきません。
 文科省は今後、国立高等専門学校機構に対する運営費交付金の中で産業、学問融合的な先導プロジェクトを検討しています。東京高専も5年生に対し、他の科の学生が履修できるコース制をここ5、6年で導入しました。「現在の学科縦割りでは将来は対応できないだろう」(土屋副校長)といいます。

さらに高専教育に課題を突きつけているのが、グローバル化を進める企業の声です。「英語など企業のグローバル化に対応した教育。加えて、語学だけでなく、グローバル志向を持った学生やグローバルに物事を考えられる能力を持った学生の教育を強化してほしい」(ダイキン工業)との声が寄せられています。
 読み書き聞く話すの実践的なコミュニケーションができるかという点で、日本の英語教育は明らかに失敗してきました。せっかく「実践」で評価されてきた高専ですから、英語教育でも高校や大学の轍(てつ)を踏むことなく、実践的な英語教育をして欲しいものです。

小説「坂の上の雲」で描かれているように、戦前は複線型教育制度でした。義務教育は尋常小学校の6年間のみで、その先の進学手段としては正岡子規など比較的裕福な家庭の子弟が目ざした旧制中学校から専門学校・大学予科に進む道のほか、就職を前提とした高等小学校や実業学校、工業専門学校があり、さらに秋山兄弟の兄・好古が進んだ「授業料がただで、しかも給料がもらえる学校」の師範学校、陸軍士官学校もありました。
 しかし、戦後日本の学制は占領政策を行ったGHQの指導で「6・3・3・4制」に変わりました。小学校、中学校の義務教育を終えた進学希望者は迷うことなく(?)高校、そして大学か専門学校に進みようになりましたが、高校進学率が9割を超え、大学への進学率も5割近くに達しているが大学を卒業しても就職が難しい状況が続いています。さらに大学院に進学すると、卒業後の年齢がネックになり、ますます就職が難しくなるという悪循環を生んでいます。

この単線学制の例外的な学校が高専です(高校から防衛大学校や自治医大に進む道もありますが)。戦後の急速な工業化に伴い、中級技術者養成に迫られた政府は、戦前の旧制工業専門学校にならった大学・短大とは異なる複線型教育制度である高専制度を1962年に創立しました。初年度は国立12校だけだったが、数年後には公立・私立を含め全国60校に増えました。
 高専卒業生の特徴は、基礎学力から大学工学部レベルの工業技術を学び、さらにメーカーが求める実践的な専門教育を受けていることにあります。大学受験のための受験勉強や就職活動のための時間を取られないことも実践的な技術者養成に一役買っています。
 しかも、就職時点では大学工学部卒業者よりも2歳若い。このことが就職に有利に働いています。

1988年度に始まった「高専ロボコン」の第一回大会から出場し、1992年度には優勝を果たした岩手県の一関高専の学生が「目的意識や責任感が養われた」と話すように、若いうちから学年や学科を超えたロボコン活動や家族と離れた学生寮での生活を通じて目的意識や役割分担の面白さが生まれるようです。
 ちなみに、同校の卒業生には社会民主党の菅野哲雄衆院議員がいます。日本弁理士会元会長の佐藤辰彦氏と安川員仁日本電産サンキョー社長は福島高専卒、山本悟カヤバ工業(KYB)社長が都立高専卒、ポケットモンスター(ポケモン)を開発した田尻智ゲームフリーク社長は東京高専卒です。

高専にはさらに専門的な専門教育を行う2年間の専攻科が併設されています。東京工業高専の関係者は「高専の5年間と国立大学の工学部4年間で行われる専門教育や実習時間は高専の方がずっと多い。さらに本校ではさらに高度な専門教育を行う2年間の専攻科がある」といいます。専攻科に進んだ学生は大学4年と同年齢になりますが、大卒よりも基礎力や実践力があるのです。
 ただ、最近では本科修了後に卒業後に一般大学に編入するケースが増えています。2011年度の高専卒業生の大学編入率は全国平均で39%。この10年間で3倍近くにはね上がっています。東京大や京都大、東北大、東京工業大学といった国立工学系学部に編入する優秀な生徒もいます。ある大学の教授は「普通の高校から入学した大学生よりも高専からの編入生の方が優秀だ」と言います。一流大学を目指す道として、高専からの迂回(うかい)入学も一つの手段になりつつあります。

高専の世間の知名度が低いことも一般大学工学部への編入する学生が増加している一因です。高専志願者も減少傾向にあります。
 しかし、野球でも9人のメンバー全員がエースで4番バッターだったらチームが成り立ちません。ゴルフでも、バックに入っているクラブ14本全てがドライバーだったらとてもゴルフになりません。

日本のモノづくり現場で、大卒技術者と熟練技能者の間に立ってチームワークのキーマンになってきたのが高専の卒業者です。かつて、大手企業が抱えていた企業内学校もリストラで減少。中学卒業者を受け入れる企業内高校を維持している企業はトヨタ自動車、日立製作所、デンソーなど数えるほどに減ってしまいました。父兄や先生方、教育界は、公共的に「いぶし銀」の技術者を育てる高校・短大一貫校である高専の存在を再認識すべきです。

 

 

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