JAVADA情報マガジン9月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-

2014年9月号

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第2回 新しい働き方?

日刊工業新聞 論説委員兼ニュースセンターデスク 八木澤 徹 氏 《プロフィール》 

三菱東京UFJ銀行が来年4月から契約社員を対象に定年まで働ける「無期雇用制度」を導入する方針を打ち出しました。同社は半年から1年ごとに契約を更新していますが、3年以上勤務する契約社員の希望者を対象に適用します。人口減・労働力不足が進む中、窓口業務を担当する女性社員を中心に、優秀な人材確保を図るのが狙いです。また、2018年4月にも適用される改正労働契約法を先取りする狙いもあるようです。

三菱東京UFJ銀の従業員は今年3月末で約4万4900人います。このうち約4分の1の1万1400人が契約社員です。契約社員の内訳は「嘱託」が2000人、いわゆる「契約」が9400人でほぼ全員が女性です。支店ごとに業務内容を指定して募集し、窓口やロビー業務などを行います。

改正労働契約法では有期の契約社員が5年以上勤続した場合、本人の希望に応じて無期雇用に切り替える義務を負います。同行はこのルールを先取りするとともに、勤続期間も3年以上と短縮しました。女性やシニア層を活用するため、新制度では定年が正社員と同じ60歳までとし、再雇用制度を使うと65歳まで働けるようにします。休職・休暇制度も拡充、子育てや介護に対応し、病気などの場合は最長3年休めるようにします。

3大銀行グループ(3メガバンク)では、三井住友銀行が2013年3月末に就業規則を改定。改正労働契約法が定める無期雇用の要件に対応しました。みずほ銀行も改定を検討していると見られます。
 銀行業界は1986年の労働者派遣法施行時には相次いで派遣子会社を設立。結婚や子育てのため退職した女性OBを採用し、そこからほとんどの人材を自分の銀行に派遣する「専ら派遣」が行われてきました。しかし、政府が労働組合などの批判を受けて2012年に法改正し、同一企業グループ内での派遣が80%を超えることが禁止されたため、いっせいに直接雇用にカジを切りました。

三菱東京UFJ銀は約6000人の派遣労働者を直接雇用に切り替え、今春から契約社員も労働組合に加入できるようにしました。金融機関に限らず、労働集約型産業では人手不足が顕在化し始めているからです。同行の契約社員は地域や業務などを限定して働く「限定正社員」とは雇用形態が異なるものの、その考え方は近いものがあります。

地域限定社員制度はカジュアル衣料の「ユニクロ」などアパレルメーカー、生命保険会社、証券会社、外食産業などが相次いで導入を進めています。ユニクロは今年4月、パート・アルバイト社員約3万人のうち、1万6000人を地域限定社員に登用すると発表しました。総人件費は約80億円増える計算ですが、ファーストリテイリングの柳井正社長は「少子高齢化で人材は枯渇する。時給1000円で人を集める時代は終わった」として人材に投資する構えです。いったん「ブラック企業」の烙印を押されると人が集まらなくなる時代です。

わが国最大級の企業グループである日本郵政グループも、勤務地を限定する代わりに賃金を抑える地域限定正社員制度「新一般職」を今年4月から導入しました。まず、月給制の非正規社員「ゆうメイト」から4704人を登用しました。登用の大半を占めるのが郵便事業と郵便局事業を抱える日本郵便で、4547人を占めます。
 日本郵政は郵便事業の「あるべき姿」として従来の正社員である「地域管理職」を5万8300人、「新一般職」が4万1100人、「非正規雇用」は7万5700人としています。郵便事業の新一般職は来年度からは新卒採用にも広げる方針ですが、それに比例して現在約10万人いる正規雇用は半分近くに減らす予定です。
 主婦や親と暮らす独身男性にとって、賃金は抑えられても転勤がないことは魅力的でしょう。企業側には雇用の流動性を確保でき、人件費を圧縮できるメリットがあります。来年度中に上場が予定されている日本郵政にとっては、人件費削減で企業価値を高める狙いもあるでしょう。

長時間労働、終身雇用を前提としてきた戦後の「日本型正社員モデル」は、中国、インドなど新興国の追い上げによりコスト、雇用両面で限界にきています。バブル崩壊後、多くの企業は正社員を削減、その穴をパートや派遣社員で埋めてきましたが、その手法も少子高齢化や東日本大震災の復興事業、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催を受けた人手不足、さらに「団塊の世代」の引退で技能継承が困難になっています。
 非正規社員の平均年収は同じ仕事をする正社員の3分の1でしかありません。また、一時金や退職金がもらえないケースがほとんどで、家族手当もありません。これでは労働者のスキルがつかず、会社側にとっても組織の団結力が失われ、人件費圧縮効果しか期待できないのが実情です。
 地域限定社員導入の取り組みは、正社員と非正規社員に二分されてきた日本の労働市場に新たな労働カテゴリーとして定着するかの試金石となります。

一方、日本の正社員は慢性的な長時間労働にさらされています。安倍晋三首相は「1日原則8時間」などと定めた労働時間規制を外し、残業代をゼロとする「ホワイトカラー・エグゼンプション」(WE、労働時間規制の除外制度)を導入する方針を決め、「新成長戦略」に労働分野の規制緩和の目玉として盛り込みました。
 WEの導入は安倍首相の悲願でした。第1次安倍政権時代の2007年に年収900万円以上を対象としたWE制度の導入を検討しましたが、民主党や労働組合の激しい反発を受けて法案提出を見送った苦い経験があるからです。
 管理職は対象外ですが、労働基準法では残業が月60時間を超えれば企業側は原則50%以上の割増賃金を支払う必要があります。このため経済界では、米国が導入しているWE制度の導入を要望。当時の経団連は年収400万円以上の労働者への適用を求めましたが、厚生労働省は年収基準を「管理監督者一般の平均的な年収を勘案」と明記した上で、政省令で規定する年収の基準を900万円以上|とする妥協案を示しました。しかし、労働側は「残業ゼロ法案」と批判。国民からも理解を得られず頓挫した経緯があります。

今回は労働時間規制を撤廃する新しい労働時間制度についてハードルを上げ、年収1000万円以上を対象にしました。国税庁の統計によると、年収1000万円以上の労働者は全体の3・8%です。厚労省は対象職種として為替ディーラーやファンドマネージャー、IT分野の専門職などを想定しています。
 ただ、なぜ1000万円以上が対象となるのか明確な説明はありません。また将来、対象となる年収が引き下げられるという保証もありません。この点が不安という労働者もいます。

ムダな残業をなくし、正当な能力に応じた評価体系に変えるのは納得できます。金融やIT分野では「労働時間の長さ」よりも「労働の成果」にした方がふさわしいと思います。アナリストやジャーナリストもそうです。成果主義の導入はその一環ですが、ただ人件費の抑制は労働時間の二極化をもたらします。正社員の代わりにパートや派遣労働者を増やし、その結果、一部の正社員に業務が集中している実態もあります。
 政府の産業競争力会議では、労使の合意があれば労働時間の上限を決めて働くことができる制度の導入も進めています。子育てや介護を抱える女性も働けるという触れ込みですが、労働側の代表がいない政府の会議で導入を決めるのも問題があります。政府は拙速な導入を目ざすのではなく、国民への明確な説明責任が求められます。

 

 

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