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モノづくりの原点と言われる「木型」製作技能が国の技能検定職種から外れる。国際競争の激化、人口減社会の中での技能検定のあり方を検討している厚生労働省の「技能検定職種等のあり方に関する検討会」は昨年、「木型製作職種」について、受験者の増加は見込めず、国家検定として存続させるものとする社会的便益があるとは認められないとする報告書をまとめた。
技能検定は労働者の技能と地位の向上を目的に1959年から実施されている国家検定制度だ。これまでに延べ数百万人の「技能士」が日本のモノづくりを支えてきた。しかしここ数年、政府の事業仕分けで技能検定職種の見直しが始まり、「金属研磨仕上げ」「ガラス製品製造」など受験生が年間100名に満たないモノづくり職種が廃止される一方、「ファイナンシャル・プランニング」「金融窓口サービス」など金融サービス業種が新設されてきた。
高校への進学率が95%を超え、高校卒業後に大学や専門学校に進学する割合が全体の3分の2に達した現在、技能育成をめぐる環境そのものが変わってきているのは確かだ。わが国の産業・雇用も製造業から金融やサービス業へとシフトしている。が、木型職種の廃止の衝撃は大きい。木型職種の技能検定は62年から始まり、74年度には年間500人を超えていた。自動車、工作機械などに鋳造製品の試作に幅広く使用されてきたからだ。
しかし、最近では3次元(3D)データを入力して試作を行える3Dプリンターが登場。木型職種の受験者は、ここ年間は数十人にとどまっている。木型製作に関する従業者数も減少傾向だ。
が、業界の市場規模は従業者の減少ほどには減ってはいない。木型の技能を最も必要としているのが自動車業界だ。業界団体の日本自動車工業会(自工会)では、国家技能検定を「人材育成プラス技能伝承のツール」と言う。部品を納入する下請けの中小・零細企業にとっては、国家資格を持つことが納入条件の大きな資格になっている。
筆者もこの検討会に専門委員として参加している。トヨタ自動車、日産自動車、ホンダなど自動車メーカーが加入している自工会をヒアリングしたが、自工会はこう反論した。
「これは我々の業界に共通していることだが、自動車メーカーでもクルマも免許も持たないという人が結構増えている。あるいは技能検定にあまり興味を示さないという話もよく聞く。国家技能検定というのは人材育成や技能伝承、企業内技能尊重の風土作りに必要だ」。
英語検定の「TOEIC」や漢字検定などの受験者は多く、民間でも採算が合う。ファイナンシャル・プランニングや金融窓口サービスの受験者は生保や銀行に勤める社員やパートにとって不可欠だ。しかし、受験者が少ない木型検定は採算が合わず、技能士そのものが廃止されるリスクが大きく、国家試験が必要だという。試作品を納入している中小零細企業にとっても公証である国家資格を持つことが取引にとって有利になる。
自動車業界は日米通商摩擦を機に現地生産を開始した。近年では円高、高い日本の法人税、経済連携協定(EPA)、環太平洋連携協定(TPP)など経済連携の遅れ、CO2削減、労働規制、電力不足といった6重苦から現地生産を加速している。この結果、海外生産は2000年の629万台から2012年には1583万台へと大幅に拡大している。それとともに、現地でのR&D、技術移転、生産技術の移転も進んでいる。
海外での技能評価システム、移転促進事業も進められているが、自工会は国内に試作部門を残さねばならないという。
一般には知られていないが、「木型方案」という特殊な世界がある。加工品は図面があるが、木型の場合は加工図面が無い。下請けには鋳造された後の完成品の図面が提示されるだけだ。鋳物の収縮や熱変形を考慮。最終形を作るには、頭の中で木型をどう作ればいいか置き換えて考えないとならない。この暗黙知が、日本の自動車メーカーの競争力を支えているのだ。
自工会もこの点を強調した。「普通、加工品というのは加工図面がある。しかし、木型の場合は加工図面が提示されない。鋳造した後の鋳物の図面が提示されるだけだ」。これ以外にも、湯の入れ方や溶けた鉄の入れ方、湯がどう流れるかなど、家具や建具の世界と全く違う技能が求められる。
国際競争と外資の攻勢にさらされる国内自動車メーカー。コスト削減のため、木型を丸ごと外注するメーカーもあるという。だが、モノづくり立国の日本がモノづくりの原点を否定するのはいかがなものか。
東京都が昨年度から開始した新規助成事業「技術・技能継承事業」の第1号案件として、「東京理化学硝子器械工業協同組合」(墨田区)と「中野美容協同組合」(中野区)の2組合が利用を開始した。都から事業を受託している東京都中小企業団体中央会(中央区)によると、2組合以外にも7組合が申請中。また、都中央会が主催する技術・技能研修助成事業には「東京都テント・シート工業組合」(中央区)「東京天幕雨覆商工協同組合」(台東区)が連名で利用を開始した。
都の技術・技能継承事業は熟練職人が保有する技術や技能を継承する取り組みを支援する新事業。小規模企業で構成する組合が実施する研修やマニュアル作成など技術・技能継承の取り組みに対し、1組合当たり50万円を限度として経費の3分の2以内を助成する制度だ。
都内約60社の理化学ガラス機器メーカーで構成する東京理化学硝子器械工業協同組合は、研究開発や医薬・化学品製造、分析装置などに使われる理化学ガラス機器製作技術の技術・技能継承事業に都の助成事業を利用している。
同組合は国家資格である「理化学ガラス機器製作技能士」を育成していたが、民主政権下での事業見直しで昨年2月の検定を最期に国家検定から除外された。
しかし、同組合広報担当の中村剛ナカムラ理化社長は「ニーズが高度化しており、人材育成が欠かせない」としており、都の助成制度を申請した。今後は同制度を活用して業界独自の検定制度を立ち上げる方針だ。
中野区周辺の美容師で構成する中野美容協同組合は同様に「美容師」育成を目的に利用している。一方、都中央会が負担する研修助成事業を利用する東京都テント・シート工業組合も「帆布製品製造技能士」の育成を進めている。
都内の事業所、従業員数が減り続けている。2012年の工業統計調査の都内集計によると、事業所数は1万4040事業所、従業員数は29万2976人と30万人を割り込んだ。ピーク時の1990年と比較すると事業所数は6割強、従業員数も6割弱も減っている。
これ以上モノづくり拠点の移転が進むと、都内の中小企業の最大の強みである情報収集機能とモノづくり人材も空洞化する懸念が生じる。IT技術や交通・物流機能が発達しても、モノづくりには人と人との交流が欠かせない。大田区や板橋区などの「マザーマシン機能」を守るための政策を打ち出すべきだ。
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