JAVADA情報マガジン7月号 フロントライン-キャリア開発の最前線-
◆2013年7月号◆
全日制普通科高校における「デュアルシステム」の実践(4) |
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大阪府立布施北高等学校 教頭 中嶋 義博 氏 《プロフィール》 |
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○生徒の様子と変化多くの生徒が、自分探しや自分自身の成長のために、また職業にある種の憧れを持って、デュアルを選択するわけであるが、必ずしもうまくいくとは限らない。実習先とのミスマッチに悩む生徒も少なからず存在する。しかし、それを「残念なこと」ととらえるのではなく「卒業してから経験することを、高校の間に経験してよかった」ととらえ、家庭や学校がサポートすることで、その経験を乗り越えて成長させていく。これが、デュアルシステムの1つの教育の効果と考えている。 【Aさんの例】Aさんは中学校の時に保育園に2日間の職業体験に行ったが、その時の楽しい思い出から、2年生前期の実習先として保育園を希望した。最初の3回ほどは前向きに実習に通っていたが、次第に「子どもたちの相手をしていると体力が続かない。」「わがままな子に、内心では腹の立つこともある。」と愚痴をこぼすようになった。学校側でも話を聞くようにし、困ったことやわからないことがあれば保育園の先生方によく相談するようにアドバイスしたが、実習日になると体調不良を訴えるようになり実習を休むようになった。 実習先とも相談し、単に子どもたちの相手をつとめるだけでなく、先生の仕事のお手伝いする時間を多くとるという形で実習させていただくことで、何とか前期の実習を終了することができた。「子どもたちの相手は、楽しいことばかりだと思っていた。」という本人の言葉からもうかがえるように、現実の仕事の厳しさを知るいい機会であった。 なお、Aさんは2年生後期には販売職種を希望、前期とは大きく変わって積極的に実習に参加することができた。実習先の方に上手に誉めていただいて、働くことの楽しさを知ったようである。 3年では、前回の苦い経験を無駄にしないため、もう一度保育分野に取り組んでみたいという本人の強い希望から、再び保育園を実習先として選択、笑顔で1年間実習に取り組んだ。 【B君の例】B君は入学当初は成績も良好であったが、校外での交友関係が多く、生活リズムの崩れとともに欠席や遅刻が増えた生徒であった。大人に不信感を抱いており、何事も否定的にとらえがちで、登校してきてもほとんど寝ている状態が続いた。その結果2年生から3年生へは、単位不認定の科目を持ったままの進級となった。 本校がコースとして取り組んでいた時のデュアルシステムは、2年次からでも3年次からでも選択を可能としていることもあり、保護者の強いすすめで、B君は3年次よりデュアルを選択した。しかし、2年次から引き続き選択している生徒がほとんどで、デュアルクラスの環境になじめず、孤独感を感じ何事にも単独で行動していた。 3年次も相変わらず授業中に寝ていることが多かったが、週1日のデュアル実習先は、丁寧に彼を指導してくださり、実習先では高校生は自分ひとりだけという甘えの許されない環境のもとで、指示された課題をこつこつとこなしてきた。校内でのデュアル演習という参加型授業においても、もともとある程度の学力や能力をもつ彼は、人前でのスピーチはもちろん、レポートや報告書をまとめることもそつなくこなしてきた。 デュアル生は学校行事など何ごとにも参加して当然という雰囲気があり、行事に消極的であった彼が、周囲から促されながらではあったが参加し、文化祭ではみんなで協力することの楽しさを味わう経験もするようになった。そして、少しずつクラス内で友人と話ができる関係がとれるようになった。 B君にとっては、強制的に本人が楽できない状況におかれたことが、良い方向に成長させたことにつながったといえる。(参考資料:表1) (表1)B君の高校3年間の欠席日数と評定平均値
○生徒の体験発表毎年11月には近くのホールで、「デュアルシステム発表会」、年度末には本校会議室で「デュアル実習修了式」を開催している。そこでは単に生徒が実習先で体験させてもらった実習内容や自分自身の学びを発表するだけでなく、生徒自身が抱えているしんどい状況の中でデュアルシステムを通じて、どのように自己を見つめ、どのように自分を元気づけ、今後どんな夢や希望をもって生きていくかを発表する感動ドラマがたくさんある。今日の教育の課題は何なのか考えさせる生徒の発表原稿をいくつか紹介する。 【C君の発表】(2年生)僕がデュアルを選んだ理由は、僕みたいな子を一人でも減らそうと思ったからです。僕の両親は厳しく、小さいとき父親から暴力を受けたりもしていました。それが原因でか、人と話すのが怖いと感じるようになり、自分の殻に閉じこもりふさぎこみ、内向的な性格になりました。 小学校、中学校ではイジメにあい、学校から足が遠ざかるようになりました。一人ぼっちで、本当にさみしいつらい毎日でした。中学3年生の時は、午後からの5時間目、6時間目だけに学校に行ったりしていました。そんなある日ふとしたことで、イジメられて学校から逃げている自分が恥ずかしくなり、それからは頑張って学校に行くようになりました。 しかし、それまで学校をさぼっていた代償は大きく、受験の時、「行ける学校は、布施北高校しかない」といわれました。そして受験勉強も頑張り、布施北高校に入学することができました。 高校1年生の先生からデュアル実習の話を聞き、「小学校でも中学校でもいい。僕はデュアル実習に行って、一人ぼっちやイジメられている子を助けて、僕みたいな人間を一人でも減らそう。」と思い、デュアルを選択しました。一人ぼっちやイジメられている子の気持ちやつらさは、同じ境遇にあった僕が一番理解してあげることができる。デュアル実習が、僕にでも何か役に立つかもしれない、何か出来るかもしれない場として、夢が見えたような気がしました。 しかし、人と話すのは苦手な僕は、いきなり学校という場に実習に行ける自信も勇気もなく、前期は、老人デイサービスセンターで、人と話をする練習と思い実習を頑張りました。後期の今は、K保育園さんで実習させてもらい、特に一人ぼっちの園児がいたら、話し相手になるようにしています。 僕は、来年3年生になってもデュアルを選択し、今度こそは、小学校か中学校に実習に行って、僕みたいに一人ぼっちやイジメにあっている子がいれば助けてあげて、「君は一人ぼっちではない。君を必要とする人は必ずいる。」と話しかけてあげたいと思います。そして、「あなたのまわりに、イジメられている子がいたら、助けてあげて下さい。」と、子どもたちにも多くの人たちにも言い続けたいと思います。 先生から、「発表会で、みんなの前で体験発表をしない?」と声をかけられた時、僕よりも活発な子がいっぱいいるのに」と思いました。まだまだ人と話すのが苦手な僕が、きちんと発表会で発表できるかどうかわかりませんが、自分自身が自信をつけ次のステップアップをするためにも引き受けました。 デュアルがしんどいこともあります。しかし、布施北高校だからできる「デュアルシステム」で頑張ってほしいと思います。中途半端な気持ちではなく、1年間頑張る気持を持ってデュアルを選んでください。今夢がなくても、きっと自分なりの夢が見つかります。 これで、僕の発表をおわります。ありがとうございました。 【Dさんの発表】(3年生)(前略) 私は、5年前に、ベトナムから日本へやってきました。経済的な理由で、夜間中学校に通いながら働いていました。商品検査の仕事の会社や自転車部品の組み立て工場で働いていたのですが、どちらも解雇されてしまいました。そのときは、日本での生活経験も少なく、私自身未熟な部分もあり日本語の言葉も不十分だったので、なぜ解雇されたのか理由はよくわかりませんでした。しかし、私の心の中では、大変落ち込んでしまい、日本で生活していくことの不安だけが大きくなっていたことは確かでした。 そんな中、先生の勧めもあり、そして、「自分が、どんな仕事に向いているのか?」「仕事って、どんなことをするのだろう?」など、体験して学ぼうと思いデュアルを選択しました。 介護、幼児教育、看護など、さまざまな仕事を経験させていただき、将来の私の進路は、「保育士の仕事もいいなあ」、「介護士の仕事もいいなあ」、「看護士の仕事もいいなあ」、いろいろ思い迷いました。実習先の人たちは、私に真剣に指導してくださいました。それだけに、実習先の人たちのご好意がうれしくて、私もそれにこたえようと考えていました。 しかし、高校2年の夏、母がベトナムにかえらなければならないことになりました。日本で残されたのは、高校に通う私と妹でした。経済的な貯蓄も余裕もなく、生活費も高校へ通う授業料も自分でアルバイトをして稼がなければならない。住居も移動しなければならない。保護者もいない。そんな状況になりました。 保育士・介護士・看護士の仕事につくなら、進学しなければならない。しかしお金が無い。でも私は、日本で生活していきたい。そんな中でいろいろ考え、結局選んだ道は、奨学金制度がある大学に進学することでした。ベトナム語・日本語・英語の3ヶ国語ができる語学力を生かして大学で情報技術を身につけ、国際社会、国際化ビジネスで活躍する進路をえらびました。そして、T大学の経営情報学部に奨学生として合格できました。 私の進む進路先は、結局、デュアルで経験した職種とは違った分野になりましたが、自分自身の進路について真剣に考えることができました。そして、実習で経験した幅広い人たちとのコミュニケーションの中で、少しずつ社会になれることができ、私に足りないものが見えたり社会で必要とされる事柄がわかってきました。そして、なによりも、日本の社会でやっていける自信がつきました。ほんとうにありがとうございました。 【Eさんの発表】(3年生)去年は幼稚園、今年は保育園で実習させていただきました。実習に行きはじめたころは緊張と疲れでクタクタになっていましたが、回数をかさねるにつれて子どもたちと接することの楽しさが大きくなっていき、自分は本当に子どもが好きなんだとわかりました。高校に入って、最初は就職しようと思っていましたが、実習に行く中で保育士になりたいという思いが強くなり、進学することに決めました。アルバイトでかせいだお金を貯金して、少しずつ進学の費用をためてきました。 3年になって志望校も決まり、受験の手続きをし始めたときに、自分が2年以上ためてきたお金がないということを親から言われました。毎日の生活のために、足りない分を私の貯金から使っていて全部なくなってしまったと聞いた時、頭の中が真っ白になりました。 父親からは「進学なんかするな。早く働け。」と毎日のように言われ、今までやってきたことは何だったのか、なぜ自分がこんな目にあうのかと、やり切れない気分になりました。腹が立ち、悔しくて眠れませんでした。何をするのもしんどいし、やる気が出ないし自分が嫌になりました。学校で友達に声をかけられても何も言えず、「いつもの笑顔がないけど、どうしたん」と聞かれたのがつらかったです。 嫌な気分が晴れなくて学校を休もうかと思ったけれど、やっぱり学校へ行こうと思って毎日来ています。私にとっては、学校がいちばん心の落ち着く場所です。友だちや先生に会うことが私の気持ちを楽にしてくれます。デュアル実習は学校の授業よりも長くて体力的にしんどいけれど、毎回の実習で子どもたちの顔を見ることが私の楽しみです。 進学をあきらめるのは本当につらいです。でも今はどうしようもありません。気持ちを切りかえるのは難しいけれど、いったん就職して、もう一度お金をためることにしました。 布施北高校には、私と同じような思いをして進学をあきらめている子が何人もいます。布施北高校はそんないろんな問題を抱えながら、それでもがんばっている子がかよってきている学校です。私は絶対に自分の夢をかなえるつもりです。この「創」という字は、ないものは自分で創り出すんだという意味をこめて書きました。今は進学できる状況ではないけれど、絶対に自分の夢を創りだしていきたいです。 布施北のデュアル実習もたくさんの人の気持ちが集まって創りだされたものです。これからも、たくさんの人がこの実習で自分の夢を創っていって欲しいと思っています。ありがとうございました。
○意義・効果学校内で、若者の職業観を育成する取り組みには限界がある。実際のところ、詳細に職業の特色を理解することは座学のみでは不可能であり、教員にとっても伝えることが困難な事柄である。その中で、社会が若者に発信する職業情報は非常に甘く、楽しく、理想的なものとなりがちである。その理想と現実のギャップに若者が大きく翻弄されているのが現実ではないだろうか。そして、若者の持つ職業イメージは理想的なものへと形作られてしまう。 そのイメージに沿う形で自分の目標を設定し実現したとしても、実際に働いてみて初めて自分の持っているイメージとは大きく違っていることに気がつく。安易な離職を減らすために、本当に自分に合った進路選択がなされるべきなのだが、それは一体どういったものなのだろうか。その答えの一助となるのがデュアルシステムである。 実習生は全く知らない大人たちの中に入って、1週間に1回まる1日を過ごす。大人でさえ、見ず知らずの人の中に一人で入るのは勇気がいる。そんな環境に高校生が一人で飛び込むエネルギーと勇気には驚かされる。そのまま何事もなく、実習先側の大人も生徒もお互いにその状況を受け止められ少しずつなじんでいければ成功である。しかし、その中で何かが噛み合わなくて続けられない生徒が出てくる。それに早く気付いてやらなければ実習継続が難しくなる。教師は、この橋渡しが速やかに行えるよう常に見守っていかなければならない。 何事もなく当初から実習に参加できている生徒も、つまずきながら続けている生徒も、日を追うごとに「現実に働くということ」の実感を得て、本人が知らないうちに「働くためのスキル」を高め、社会に出ていく準備が整っていっている。その中で、現実的・実際的な情報をもとに、自分はその仕事で生きていく覚悟があるのかどうか、つまり、その職業をライフワークとして選択するべきかどうかを初めて真剣に考えることができる。進路選択が、生徒にとって自己実現へ向かう第一歩だということを考えると、実際の職業を一定期間経験することのできるデュアルシステムは非常に有用であり、今後とも継続していかなければならないと信じている。
○最後にデュアルシステムは、「地域(企業・施設)」「学校」「生徒」の3者が前向きな努力を絶えず続けることによって初めて成立する。「地域社会」と「学校」が共に「生徒を育てる」というシステムを成立させ効果をあげていることは非常に喜ばしいことである。さらに、これで繋がった「地域社会」とのネットワークを途切れさせることのないようにしていかなければならない。 本校のデュアルシステムは、平成19年度にキャリア教育の実践と貢献で大阪府教育委員会表彰、平成22年度にキャリア教育優良で文部科学大臣表彰を受け、全国の教育界・経済界からも注目をあび、全国一のキャリア教育の先進校と確信している。余りにも奥深く、まだまだ紹介したい内容はたくさんあるが、今回で私の記事が最終となる。ありがとうございました。 ご意見やご質問等があれば、下記までご連絡下さい。よろしくお願いします。
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