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2013年5月号

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大阪府立布施北高等学校における「デュアルシステム」の実践(2)
 ~デュアル実習にかかわる指導の紹介~

大阪府立布施北高等学校 教頭 中嶋 義博 氏 《プロフィール

○デュアル実習の様子

本校のデュアル実習は、通年、週1日、全日職業体験実習を行う。数日間から1~2週間のインターンシップとは違い、職場(社会)の学習に費やされる時間が長い。数回程度の実習なら、お客様扱いで見学や体験程度の実習で許されるのだろうが、「ほんまもん」の職場・施設での体験となれば、仕事や役割をそれなりに与えなければならないし、従業員の一員として扱わなければならない。実習先ではまわりの人たちから、実習生としてではなく一人の従業員として見られるのである。1事業所につき実習生徒は1人を原則としているため、何の人間関係もない全く知らないところに生徒が行くことになる。それだけでかなりの覚悟と勇気が必要で、生徒にとっては意味のある大きな「学び」となる。

このデュアル実習が単なる職場体験でなく6単位分の授業の一つとして実施しているため、高校側が単位認定・評価・指導を行う。実習日には毎回学校担当者が実習先に巡回、訪問し、生徒の実習の様子を視察し姿勢や意欲・態度を評価したり、実習先担当者との連絡・調整・相談を行ったりする。また、毎回、生徒には実習日誌の記入をさせ、実習先担当者と本校担当教員が点検とアドバイスをする。そんな中で、コミュニケーションや社会性が未熟な生徒たちに、実習先担当者や私たち教員がどのように指導しかかわっていくかがポイントとなる。

 

○事前指導

最初の実習日までに、挨拶やマナーの指導や自己紹介の練習といった事前指導のほか、実習先の下見をさせる。インターネットで実習先の場所や行き方を各自で調べるほど環境や能力に恵まれていない。そのため教員が個別に実習先の地図をプリントして行き方の説明をする。ほとんどの生徒が、学校まで自転車通学し行動範囲が限られているため、まるで子どものはじめてのおつかいのようなものである。それでも不安な場合は、ある放課後に、学校から教員が一緒に実習先の前まで連れて行き位置を確認する。

ところが、ある男子生徒の例である。教員と一緒に下見をしたはずなのに、実習初日に実習先から電話がかかってきた。

「今日は実習の初日ですよね。実習生が8時30分に来る予定が、10時になっても何の連絡もなくまだ来ない。」

家庭に確認すると、間にあう時間に家を出ている。下見をしているのだからここまで迷うことはないだろう。何か事故にでもあったのだろうか?まさか実習行くのが嫌になってどこかでぶらぶらしているのでは?などあらゆる可能性を考え、何人かの教員でさがしたり連絡をとったり、そんな事をしている間に再度、実習先から電話がかかってきた。

「先ほど、11時前に着ました。やはり迷っていたようです。」

早速、担当教員が実習先に謝罪と確認に行くととともに、本人には事情を聞くために、実習終了後学校に来るように指示をする。

さて、本人から事情を聞くと、

「先生と下見をしたときは、学校から実習先へ行くルートで、自分の家から実習先へ行くルートではなかったので方向が分からなかった。こちらの方向だと思い進んでいったら、○○という地名(自転車では1時間ほど走らなければならない場所)の標示をみておかしいと思い、初めて人に聞いて全く反対の方向に進んでいたことがわかり戻ってきた。」

「時計を持っていなかったので時間はわからなかった。」

「方向に自信がなかったけど、人にどう聞いたらいいかわからなかった。」

「家は留守だし、学校の電話番号はわからなかったから連絡できなかった。」

まさしく、学校側が生徒の実態に合わせた事前指導の不十分さ、課題が浮き彫りにされたのである。

 

○実習における指導

実習先にとっては、毎回実習生に十分な時間を割いて指導や相手をしているほど余裕はない。そんな中で、職場という未知の世界に入った生徒たちは戸惑う。「わからなかったら、実習先の人に質問しなさい!」と指導しているものの、生徒たちにとってはわからないことばかり。実際何をしたらいいのか聞こうと思っていても、忙しそうに仕事をしている従業員さんになかなか声をかけられないしタイミングがつかめない。ただボーッと立っているだけの時間が過ぎる。

しかし実習先から見れば、「積極性がない」「やる気が感じられない」。前向きな気持ちや笑顔がなければ、企業ではお客様に、施設では利用者さんに、保育園や幼稚園では子どもたちに影響を与えるとお叱りをうける。そこで、教員の丁寧で具体的なアドバイスが必要となる。

あるデイサービスに実習に行く男子生徒の例である。実習先も学校も、

「最初は、利用者さんとコミュニケーションをとることが第一。どんなことでもいい。お話をしてあげてください。」

とアドバイスをする。生徒もそんなことは十分わかっている。しかし、今まで接したことのないお年寄りと何の会話をしていいのかわからない。

実習3回目に様子を見に行くと、ホール(大広間)で、約25人の利用者さんたちがテーブルを前に椅子に座っている。テレビを見ている人、一人で詰め将棋をしている人、仲間とおしゃべりしている人、手指の運動をしている人などさまざまである。そんな後ろで、実習生徒が立っている。時たまうろうろするだけで話しかけるきっかけがつかめないようだ。「お茶をいれて」とか「ティッシュを取って」と言われたときだけ動いている。

翌日、学校に登校した彼に次のようにアドバイスをした。

「次回の実習の目標は、3人のおじいちゃんと会話することが目標だ。話題はプロ野球。必ず、前日の夜の阪神と巨人の情報を入れておく。どこが勝ったか?誰がホームランを打ったか?勝利投手は誰か?そして、『おじいちゃん、昨日の巨人は、□□がホームラン打って勝ったね。△△投手も○奪三振でよく投げたね。』と話しかける。おじいちゃんが3人いれば、必ず誰かは阪神ファンか巨人ファンでプロ野球が好きだから、話にのってくるはずだ。」

その日の実習は、彼はその指示通りにし、それをきっかけに、2人のおじいちゃんと家族のことや学校のことを話ししたそうだ。そこで、彼に次回のアドバイスをした。

「この前は3人のおじいちゃんと会話できたので、次回の実習では、3人のおばあちゃんと会話することを目標にしよう。おばあちゃんはプロ野球には興味がないかもわからない。だから今度は前もって100円ショップで折り紙を買って、その裏に書いてある鶴や風船などの折り方をマスターしておきなさい。そして実習の日に、折り紙を持っていって、『おばあちゃん、いっしょにこの折り紙で、鶴を折ろう!折り方知っていますか?』と話しかける。もしおばあちゃんが『知っているよ』と言えば、『僕わからないから教えて!』と。『忘れたわ』とか『わからないわ』と言えば、『僕が教えてあげるから、一緒に折ろう!』と言って近づいたらうまくいくよ。」

これをきっかけに、彼は一人のおばあちゃんとは、折り紙使った色々な物の作り方を教えてもらったそうだ。そこに別の利用者さんも一緒に加わって4人ぐらいで時間を過ごしたようである。

彼の1年間のデュアル実習の最終日、昼食後のレクレーションの時間に、施設の従業員の人たちの配慮で、彼の修了式と称してお別れ会を開催した。その後、彼は一人ひとりの利用者さんのところにまわり、手を握りながらお礼を述べて、それぞれの利用者さんとの1年間の思い出を語っていた。話しかけることもなかなかできなかった彼が、具体的に少しずつの目標設定をすることで、何の気負いもなく利用者さん全員と会話をする段階にまで成長していた。

生徒の実習風景写真:介護分野   生徒の実習風景写真:製造分野
生徒の実習風景写真:介護分野(左)・製造分野(右) ただし、本文の内容とは無関係

 

○実習先からの相談

実習先も生徒にどのような内容の実習をさせていいのか常に悩んでいる。生徒の能力や性格に応じ、実習内容や指導のあり方を考えなければならない。実習先と学校が実習内容について相談、協議することもよくある。

本校から近くにある保育園からは、

「うちは男性の保育士がいないため、昼休みは女子更衣室で保育士さんは休憩をとっている。そのため実習生徒が男子なら休憩時間の居場所がないため、昼休みは高校へ行かせるか一度帰宅させていいですか?」

と相談を受ける。

「いくら休憩時間とはいえ、職場から離れると意味がありません。昼食は職員室の隅かだれか職員の机など少しのスペースを与えて下さい。休憩時間の居場所がなければ、食器洗い、グランドの小石拾い、部屋の清掃など何か仕事をさせて下さい。別に子どもたちとかかわる仕事ばかりでなくてもいいです。」

と答える。

写真関係の専門学校へ進学希望していた女生徒が実習にいったフォトスタジオの社長からは、

「できるだけ実習日に外の営業を入れていたのですが、最近はあまりなくお店で留守番ばかり。お客さんも少なく、生徒さんにさせることもあまりなくどうしたらいいのか困っているのです。」

と悩みを打ち明けられる。

「余っている予備のカメラがあれば、一台彼女に貸してあげてください。何もない日は彼女に近くの景色を撮影させ、お店でデジタル編集させてあげて下さい。それを通じて知識を増やし、お店で店員のように、お客様に写真編集、プリント方法などのご相談に対応できるようになることを目標にさせてください。」

と提案する。そういう会話を通じて、場合によれば試行錯誤をしながら、実習先と生徒の実態に応じた実習内容のカリキュラムが作り上げられていくのである。

 

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