JAVADA情報マガジン1月 フロントライン-キャリア開発の最前線-
◆2013年1月号◆
「トランジションとキャリア開発」第2回 |
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career-seeds yamamoto 代表 山本 貞明 氏 《プロフィール》 |
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前回12月は、現場(7)「私自身の生活・活動の場」について私自身の体験からお話しました。 ○前回お話した現場(2)「大学生の進路・就職の支援」の相談事例からある大学のキャリアセンターに、相談に来られたDさんは、大学院(建築系修士)を卒業して3年で、いわゆる第2新卒と言われる27歳です。 職業経験が新たな方向へ向かわせて数年前の事例です。 第1回面談「大学院を卒業し、建設現場の施工管理を行ってきました。3年ほどやってきましたが、やはり建築の設計をやりたいと思って退職しました。設計を担当した経験はないので、今後どのように就職活動を進めたらよいのでしょうか」 以下Dさんのお話の概略です。 Dさんは、大学院を卒業し、大手ゼネコン(General Contractor 総合建築業)に新卒で入社。設計部門を希望したが、残念ながら施工管理部門に配属となり、社会人として、初めて行うことになった施工管理の仕事を一生懸命に取り組んできた。建設現場の管理業務で、建築物が目の前で出来上がっていく充実感と、現場の様々な技術者・作業者の力で現場が動いていく仕組みを知ることができた。一方で、現場の業務を安全に効率よく進める難しさや難しいからこそ味わえる達成感、また、職人気質の方もおられる技術者・作業者が気持よく働ける環境を整えることへの対応力や柔軟性を学ぶことができた。 その中で、建築設計に携わりたいとの『設計への想い』は消えず、むしろ建設の現場を体験したからこそ、益々『設計への想い』は強くなった。 このような事情で転職を決意し、思い切って退職。母校のキャリアセンターに相談に来られました。 キャリア・コンサルタントとして、職務経歴書を拝見しながら経歴をお聴きし、経験・能力・知識をある程度把握することができ、適応力やポテンシャリティが感じられました。最も確認したかったのは、転職を決意させた『設計への想い』でした。退職という行動を起こさせた根拠・動機、つまり内的キャリアを確認することが重要であると考えました。Dさんに『設計への想い』への理解を深めていただくとともに、Dさんの価値観や動機を知りたかったのです。 第2回、第3回面談
2回目、3回目の相談で、『設計への想い』を質問し、一緒に考えることになりました。 『設計への想い』とは、『様々なニーズ・要望に応えるために、厳しい制約条件の中で、自分の知識・能力・発想を発揮して、問題を解決していくこと』とその時点での想いが確認(内的キャリアの確認)できました。 『設計への想い』(内的キャリア)を確認できたことで、「建築設計だけに拘らなくてもいいのかもしれない」とDさんは考えられるようになり、今後の選択肢が広がり始めました。 第4回、第5回面談『設計への想い』、経験等をベースにして、次の仕事をどのように考えるか? 応募書類としてどう表現するのか?等を一緒に考えていきました。 第6回面談そして、6回目に「このE社の求人案件を応募したい」と、求人情報を示してくれました。 E社の案件は、建物・施設を企画から関わり、顧客の事業サイクルを踏まえ、あらゆる面で支援するプロジェクトマネージャーを目指すマネージャー候補の案件でした。将来的には、コンストラクションマネジメント、アセットマネジメント、ライフサイクルマネジメント、ファシリティマネジメントなどを行うことが要求される仕事でした。 『設計への想い』(内的キャリア)からいえば、とても合っていましたが、経験・知識・能力は充分とは言えませんでした。プロジェクトマネージャー候補の募集なので、入社後の成長の可能性や適応力を持っているDさんが挑戦する価値は充分ありました。そして応募することになりました。 第7回~第9回実際に応募し、数度の面接を経て採用されました。この間E社の案件に対して、どのように対応するかを一緒に考えていきました。
○「トランジション」へのDさんの対応Dさんは新卒で入社(トランジション)。望んでいた仕事とは違ったにもかかわらず、担当した仕事に精一杯取り組んだことが、Dさんの「能力開発」になりました。担当業務を当事者意識でこなし、期待に応え、責任を果たしてきたことが、「キャリア開発」につながることになりました。つまり、ある業務に精一杯取り組んだことが、あらためて自分自身を見つめ直す機会となり、新たなキャリア(転職)に向かう行動へとつながったと思います。 相談の中で過去の業務経験を掘り下げ、『設計への想い』(内的キャリア)を深く理解できたことが選択肢を広げ、さらに応募したい具体的案件(就きたい仕事)が「能力開発」の必要性をDさんに再認識させました。そして、新たなキャリアビジョン(応募する会社のプロジェクトマネージャー)を描き、具体的なキャリア目標(プロジェクトマネージャーに必要な能力開発)へ向かって一歩を踏み出すこと、つまり「キャリア開発」につながりました。
○考察ドナルド・スーパーは、人と職業との関係・適合をダイナミックに捉え、「ドナルド・スーパーの14の命題」(命題1~4以下に記述)や「職業適合性(Vocation Fitness)」を 図1-2 で説明しています。 「新版キャリアの心理学」(渡辺三枝子編著)より
例えば、「命題4」からDさんの事例をみると、社会人・職業人としての働く経験(社会的学習)が自己を再認識させ(自己概念の確立)、選択(職業の選択)と適応(あらたな職業への適応)に向かわせたと考えられます。 Dさんの27歳という年齢は、ドナルド・スーパーの「キャリア発達の諸段階と発達課題」の確立段階の「試行期・安定期(25歳~30歳)」に相応します。Dさんの事例は、試行期から安定期へ向かう一時期として捉えることができると思われます。 また、スーパーは、成人のキャリア発達の基本的な考え方として、「キャリア・アダプタビリティ(Career Adaptability)」(キャリア適応力)の重要性を提唱しています。Dさんは、適応力を充分発揮したと思います。 マーク・サビカスもまた、スーパーの研究を継承し、「キャリア・アダプタビリティ」の重要性を唱え、キャリア構築理論に「キャリア・アダプタビリティ」を取り入れています。サビカスは次のように述べています。 「個人がトランジションに際して、変化を通じて『成長』できるという気づきをもち、意思決定をするために自己や職業に関する情報を『探索』し、さまざまな行動を試みることによって安定した仕事を『確立』し、積極的にその仕事の役割を『維持』する。そして最後には、さらなる成長を目指して自発的に仕事を変わる準備をするために(場合によっては、組織の変化による不本意な仕事への変更のために)、今の仕事への関わりを『解放』していく、といったアプローチで変化に対処するならば、個人はさらに効果的に適応することができる」(Savickas,1997)。 Dさんは、社会人として働き始めた(卒業→就職)という「トランジション」に対して、まさにサビカスの言うプロセス通りに適応力を発揮し、「キャリア開発」へと進んだと考えられます。 サビカスは、「キャリア・アダプタビリティとは、現在および今後のキャリア発達課題、職業上のトランジション、そしてトラウマに対処するためのレディネスおよびリソースのことである」(Savickas,2005)と言っています。 Dさんは、どのように職業を選択し適応していくのかという職業上の発達課題(developmental tasks)に対して、態度や能力等をいかに発達させるかといった方策(coping strategies)で、適応したと考えられます。 Dさんが今どうされているかは知る由もありません。どのような環境であっても、きっと適応し活躍されておられると確信しています。
【参考文献】 「新版キャリアの心理学」(渡辺三枝子編著) 「選職社会 転機を活かせ」(ナンシー・K・シュロスバーグ著 武田圭太・立野了嗣監訳)
※お話した事例は、いくつかの事例をもとに作成しました。
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