JAVADA情報マガジン12月 フロントライン-キャリア開発の最前線-

2012年12月号

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 「トランジションとキャリア開発」第1回

career-seeds yamamoto 代表 山本 貞明 氏 《 プロフィール

○はじめに

フロントラインの執筆のお話をいただいたとき、キャリア・コンサルタントとして過去の『Aさんとの出来事』が鮮明に思い出されました。折につけては思い出されるのですが、今回は、私自身がフロントラインの執筆にふさわしいのだろうかとの想いから、回想されたのかもしれません。

それは、キャリア・コンサルタントとして仕事を始めた頃のことで、今でも忘れることができません。就職相談に来られたAさんが、相談後に茫然と歩道に座り込んでいた光景です。

Aさんは、50歳代の男性で、求職者のための個別相談(相談者は無料)に来られた方でした。Aさんはすでに一年以上も求職活動をされており、前職では、中国系の小さな貿易会社で事務や商品管理の業務に就いておられましたが、何かの事情により離職されました。故郷を離れてから30年以上、東京で働き生活してきました。

Aさんの希望は、外資系の企業ではなく日本の企業で働きたいとのことでした。1時間の面接時間が過ぎ、残念ながらお役に立てたこともほとんどなく、相談が終わりました。その後、1時間半ほどして私が仕事場を出ると、先ほど相談にいらしたAさんが首をうなだれて、アスファルトを見つめるように歩道に座り込んでおられました。当時の私は、Aさんにかける言葉も見つからず、その場を無言で通り過ぎました。

話を始めに戻しますが、フロントラインの執筆依頼をお受けする際に、「できましたら“現場”の話を・・・」と伺って、私の“現場”とは何だろうか?と考えました。

 (1)求職者支援(セミナーや個別相談)

 (2)大学生の進路・就職の支援

 (3)企業のキャリア開発研修

 (4)キャリア・コンサルタントの育成

以上(1)~(4)はキャリア・コンサルタントとして、フリーランスでの仕事の“現場”です。

また、キャリア・コンサルタント以外にも、以下の3つの“現場”あります。

 (5)社会保険労務士としてのコンサルティング

 (6)個人事業の製造業

 (7)私自身の生活・活動の場

キャリア・コンサルタントとして私の“現場”を考えたならば、「トランジション(転機)」と向き合っている人たちを支援することも、“現場”であるとあらためて思い知らされました。

ナンシー・シュロスバーグによれば、人生は「イベント(出来事)」「ノンイベント(起きてほしい期待や願いが実現しないこと)」の連続であり、いつどんな「トランジション(転機)」が訪れるかは分からないことが多くあり、キャリアは「トランジション(転機)」を乗り越える過程を経て形成されるとのことです。

従って、キャリア・コンサルティングの“現場”が「トランジション(転機)」と関わることになるのはある意味当然とも言えるのでしょう。私自身の「トランジション(転機)」を思い返すと、冒頭に書きました出来事(以後『Aさんとの出来事』)が、私にとってキャリア開発のきっかけとなり、一つの「トランジション(転機)」につながることになったと思えてなりません。 

 

○トランジション

前置きが長くなりましたが、今回のフロントラインのテーマを、「トランジションとキャリア開発」について、“現場”を踏まえて考えてみようと思います。

そこで、「トランジション」とは何かという疑問も湧いてきます。すでに読者の皆さんはご存じかと思われますが、「新版キャリアの心理学」(渡辺三枝子編著)から抜粋すると以下の通りです。

トランジションという言葉もさまざまに使われている。発達論的な視点からみた「トランジション」とシュロスバーグの提起する人生上の出来事という視点からみた「トランジション」の違いについて述べておくこととしたい。

1.発達段階の移行期としての「トランジション」

発達論的視点、つまり成人の各年代や発達段階には共通したある発達課題や移行期があるという見方からは、トランジションは、これらの共通した発達課題や移行期を意味する。また、移行期において自分の人生の転換点となる出来事を意味することもある。これは、人生上の出来事という視点に近いともいえるが、この場合であっても、トランジションは、成人には、ある一定のキャリア発達段階があるという前提に立って、その文脈のなかで使われている。

2.人生上の出来事の視点からみた「トランジション」

これに対して、発達段階の移行期とは異なり、結婚、離婚、転職、引っ越し、失業、本人や家族の病気などのように、トランジションをそれぞれの個人におけるその人独自の出来事として捉える視点である。そして、これらのいくつかは、その人の人生において大きな転機となる出来事である。シュロスバーグのトランジションはこの意味である。シュロスバーグは、トランジションを自分の役割、人間関係、日常生活、考え方を変えてしまうような人生途上のある出来事と捉え、その出来事自体に注目し、その対処に焦点を当てている。

以上2つの視点があります。

 

○Aさんの出来事

ショックを受けた『Aさんとの出来事』を“現場”(7)の例として、「トランジション(転機)とキャリア開発」の視点から、捉え直してみたいと思います。

シュロスバーグは、トランジション(転機)には、人生の4つの局面、つまり「自分の役割」、「人間関係」、「日常生活」、「考え方」のいくつかに影響するものであると述べています。私の経験した『Aさんとの出来事』は、私の「考え方」に強烈な刺激を与え、影響しました。

『Aさんとの出来事』は、シュロスバーグのいう「人生上の出来事」つまり、私のライフイベントとして捉えることができます。その出来事をきっかけに、私はさらに人を支援するための自己研鑽をしなければならないと反省し、勉強することに専念しました。これは「能力開発」を目指したことになります。それまでの勉強は、キャリア・コンサルタントの資格をとることばかりに夢中になって、資格を取得した後は、勉強に身が入っていなかったようにも思えます。

しかし、資格の取得は、人を支援するためのスタートラインに立ったことであり、キャリア・コンサルティングを通して人を支援するためには、常に自己を磨いていなければならないことを実感しました。カウンセリングを学び始めた頃に尊敬するカウンセラーの方から、「カウンセリングは使っていないとすぐに錆びる」と言われたことをしみじみと思い出しました。

そこで、自己研鑽の場として、日本産業カウンセラー協会の講座を活用しようと考え、キャリア支援に関連する研修を受けるようにしました。その後同協会が、キャリア・コンサルタント講座のトレーナー(キャリア・コンサルタント講座の指導者)を募集していることを知り、自己の「能力開発・向上」のためにもなると考えて応募しました。幸い採用していただき、キャリア・コンサルタントとして新たな仕事をすることになりました。そして現在、同協会の部員として協会の活動に参画させていただき、研修の企画やトレーナー・講師を務めさせていただいております。

『Aさんとの出来事』により、自己の未熟さに直面するとともに能力開発の必要性を痛感することができて、その後の自己のキャリア開発に繋がっています。あの大きなショックを受けた『Aさんとの出来事』は、まさに私の「トランジション(転機)」であったのです。

ここまでの話をまとめると、 こちらの図のようになります。

別の視点で考えると『Aさんとの出来事』が「トランジション(転機)」であり、「トランジション(転機)」が「能力開発」・「キャリア開発」へと導いてくれたとも考えられます。

シュロスバーグの言う「トランジションの連続」とは、このようなことをいうのではないかと思います。また、シュロスバーグは、「トランジション(転機)」は、心理的ショックを受ける経験となる一方、「成長のための変化を生みだすよい機会」を提供するとも言っています。『Aさんとの出来事』が、まさにそのような「機会」になったことは間違いないと思っています。

シュロスバーグによれば、「トランジション(転機)」には原因があり、それはなんらかの出来事である。出来事はだれにでも起こる。転機には、よいものもあり、悪いものもあり、予想していたものも思いがけないものもある。しかし、どんな転機であっても、それが起これば日常はかき乱され、自分の信念もぐらついたりするもので、新しい状況に順応するまでにはかなりの時間がかかるものであると述べています。

『Aさんとの出来事』は、思いがけないものであり、受け入れ難いことであり、自分の「考え方」が揺さぶられた出来事でした。受け入れて対応するには相応の時間を要しました。しかし、私自身のキャリアを築く機会であったと確信しています。

次回もまた“現場”を踏まえたお話ができればと考えています。

 

【参考文献】

「転職社会 転機を活かせ」(ナンシー・K・シュロスバーグ著 武田圭太・立野了嗣監訳)

「新版キャリアの心理学」(渡辺三枝子編著)

         

 







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