JAVADA情報マガジン フロントライン‐キャリア開発の最前線-
◆2012年5月号◆
組織開発とキャリア開発
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アイピーシー 代表 文川 実 氏 《プロフィール》 |
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○新しい時代の知識創造のために前回、あるパイプ製造業者の事例を引き合いに、形式知と暗黙知の両方を含む組織知を高めること(ナレッジマネジメント)が、長期的な競争優位の秘訣であるとお伝えしました。そして、そのための有効な手法として、組織開発(OD)があげられるということを記しました。 このあたりのお話を乱暴にまとめると、①企業が長期的に強い競争力を持つためには現場での高密度な情報共有が有効である、②なぜならば、現場での高密度な情報共有が進むと、それによってハイレベルな組織知が生まれるからである、③そして、現場での高密度の情報共有を進めるための手法として、組織開発というものがある、ということになります。 ところで、組織開発というものは、1970年代の一過的なブームを除いて、これまで日本ではあまり注目されなかったわけですが、その理由のひとつを、日本型雇用慣行の存在に求めることができます。日本型雇用慣行とは、いわゆる三種の神器(終身雇用制、年功制、企業別労働組合)や活発なジョブローテーション、ミドルアップ&ダウン型の集団的意思決定などを包括する概念ですが、こうしたことが従業員の組織へのコミットメントを強化し、高い情報共有を実現してきたと説明することができるからです。 もう少し平たくいうと、「いったん就職したら定年退職まで、先輩も後輩もみんなで一緒に考えたり作業したりしながら、仕事は進めて行くべきである」という考え方が、「会社は疑似的家族であり、経営者も従業員も強固な運命共同体の一員である」という暗黙のルールを生み出し、そのおかげで、組織の隅々まで、明文化されないことを含めて考え方やノウハウ、理念などが通じ合った。だから、ことさら、組織開発ということを意識しなくてもよかったために(組織開発ということを考えなくても日常的な活動の中で組織が活性化されていたために)、組織開発は一時的な流行で終わってしまったのではないかということです。 とはいえ、少子高齢化や労働者の価値観の多様化、雇用の流動化などといった社会構造の変化は否めませんし、そうした状況で、日本型雇用慣行に回帰したほうがよいと主張したいわけではありません。日本型雇用慣行が機能したおかげで組織開発を意識しなくてもよかった時代がかつてあり、もうそこには戻ることはできないでしょう。これからわれわれが向かうべきなのは、組織開発の理念や手法をあらためて学び、それを実行していく時代ではないかと私は感じています。
○組織開発とは何かそれでは、組織開発とはどのようなことを指すのでしょうか。組織開発の定義は、本場アメリカでもさまざまあり、一義的に答えることはできないのですが、日本人による代表的な定義は次のようなものです。アカデミックな定義なので、とても精緻な記述であり、一読して概括的にとらえるには骨の折れる内容ですが、まずはそのまま示します(下線は筆者)。 「組織開発とは、アクションリサーチやシステム理論を含めた行動科学の知見や手法を用い、ヒューマニスティックな価値観に基づきながら、組織の効果性を高めることを目標として実施される。組織内のプロセスや組織文化などの人的要因を含めた組織の諸次元に対して、協働的な関係性を通じて働きかけていく、計画的、長期的、体系的な実践である」(中村和彦、2007) この定義の中で、着目いただきたいのは下線を引いた部分です。組織開発とは、大まかにいうと、「人的要因に対して働きかけていく」ことであると説明しています。くわしい説明をする前に、今度は、アメリカの研究者(カミングス&ワーリー Cummings & Worley)による組織開発の体系図(図表-1)も示します。この図は、横軸が働きかけの対象範囲(個人-グループ-組織)、縦軸が変革の目的(現在の問題解決-基盤づくり-未来)となっているのですが、ここで注目して欲しいのは、中央部分にあるのが「人的プロセスへの働きかけ」であることです。 ここにでてきた、「人的要因」だとか「人的プロセス」という言葉は、ほぼ同じ意味だと思って下さい。あるいはこれらを、単純に「プロセス」と表現することもあります。要するに、組織開発とは、組織を良くしていくために(先ほどの定義では「組織の効果性を高めるために」と表現されています)、プロセスに働きかけることということができます。では、プロセスとは何のことなのでしょうか。
○組織の可能性を引き出すための2つのことがら組織開発におけるプロセスとは、「関係的過程」(星野欣生2005)と翻訳される専門用語です(普段使う意味と少し異なりますので注意して下さい)。そしてプロセスと対比される用語に「コンテント」というものがあります。こちらは課題だとか具体的内容、仕事の結果などのことです。組織やグループが何かに着手するとき、そこには必ずプロセスとコンテントの両方が存在します。 例えば、ある会社にAという部署とBという部署があり、どちらも、来週、新人歓迎会を開く予定だったとします。両方の部署とも、どの店で開くか話し合って決めようとしたのですが、A部署では部長が一方的にCという焼鳥屋に行くことを告げ、部員たちは黙ってそれに従いました。B部署では、各人があれこれ自分の行きたい店を主張したおかげでなかなか決まらなかったのですが、結局、Cという焼鳥屋に落ち着いたとします。両者は「Cという焼鳥屋に行く」という結果では同じだったのですが、そこに到るまでに生じていたメンバー相互の影響関係、コミュニケーションの有り様、雰囲気などは全く違ったことでしょう。この場合の前者(Cという焼鳥屋に行くという結果)をコンテントといい、後者(そこに到るまでに生じていたメンバー相互の影響関係、コミュニケーションの有り様、雰囲気など)をプロセスといいます。 コンテントとプロセスは、組織活動における車の両輪のようなもので、どちらも欠かすことができません。両方のどちらかが軽視された場合、組織活動が停滞したり、組織そのものが空中分解することもあります。しかし、一般的に、私たちはコンテントばかりを重視してプロセスを見落としがちです。組織開発とは、この水面下に隠れがちなプロセスに焦点を当てることで、組織の可能性を引き出す手法の総称です。プロセスを観察し、それに関わっていくための方法論と言い換えることもできます。 では、どのようにすればプロセスに焦点を当てることができるのか、プロセスを観察し、関わるための視点はどのようなものかを次回にお伝えいたします。プロセスの要素は、理論的には9つで説明されます。
◆参考文献
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