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2012年4月号

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組織開発とキャリア開発
第1回 組織開発と知識創造

アイピーシー 代表 文川 実 氏 《プロフィール

○なぜ、今、組織開発なのか?

これから4回にわたって記事を書かせていただくにあたり、さて、どんなテーマがよかろうかとあれこれ思案した結果、現在、私自身が最も関心を抱いている組織開発(Organization Developmentの日本語訳で、略してODとも呼ばれます)に関する内容にしようと決めました。

もちろん、多くの読者にお読みいただくからには、個人的な興味からだけではなく、次のような理由もあります。まず、ひとつは、組織開発というものが、「日本型経営」という言葉が輝きを失って久しい今だからこそ、見直す価値がある古くて新しいものだと思うからです。

組織開発という概念は半世紀以上前にアメリカで誕生し、1970年代には、我が国においても「ODブーム」と呼ばれるほど一般化しました。しかし、その後、あまりにも急速な拡散が災いしてか、日本ではあっという間に下火になり、発祥の地であるアメリカに置いてきぼりを食ったかたちで現在に到ります。

一方、かつて、多くの日本企業の強みの源泉が、現場での高密な情報共有によるスキルやノウハウの蓄積にあったことを認めるならば、組織の総合力を高める組織開発にこそ、現状打破のヒントがある気がして止みません。決して懐古主義的な発想ではなく、今ほど、組織開発が必要とされている時代はなかったのではないかと私は感じています。

組織開発を取り上げたい、もう1つの理由は、本コーナーのサブタイトルにもある「キャリア開発」と、とても関係が深いテーマだからです。もちろん、キャリアという概念が、日本に入ってきたのが2000年以降といわれていますから、40年ほども前の「ODブーム」の時代には、組織開発とキャリア開発の関係など、そもそも取り上げられるはずがなかったわけですが、両者はともに、価値観や信念などの内的なもの、目に見えないソフトなものを取り扱うという点で共通しています。あるいは、組織開発という領域の中で、個人に焦点を当てたものがキャリア開発であるということもできるでしょう。

では、組織開発とは、どのような手法を指すのでしょうか。それを説明するために、まずは、私が関係したある企業のお話を紹介いたします。

 

○組織はどんなものを生み出すのか?

その企業は、強度の高い板金から加工した特殊なパイプを作るメーカーでした。できあがったパイプは、化学工場のダクトや大型ボイラーの一部などに使われるとのことでしたが、もともと真っ平らである分厚い鋼鉄製の板金を正確な同心円状のパイプに仕上げる技術は、非常に高度なものらしく、それが、その企業のコアコンピタンスでした。

というのも、ほんの少しでも同心円が狂ってしまうと、パイプをきちんと繋げなくなってしまい、気密性のあるダクトなどを完成できなくなってしまうからです。かといって、コンマ何ミリも狂わない範囲でパイプを量産できる企業など、そうざらには存在しないということで、その企業はとても小さな規模にもかかわらず、高い競争力を保っていました。

素人の浅はかな考えでは、板金の素材や厚みなどのデータから、曲げ加工に必要な圧力をコンピュータで計算し、制御しながらローラーをかけていけば、正確なパイプを安定して作れそうに思えたのですが、それではまったく不可能とのことでした。同じメーカーの同じ品番の板金でも、実際には一枚一枚、とても微妙な強度の差があり、それはどんな高性能なコンピュータでも計算できないらしいのです。

それで、その企業は、どのように板金の強度を把握して、ローラーの制御をしているかというと、驚くべきことに、すべて職人さんの目と手に頼っているとのことでした。板金の強度は、熟練した職人さんがじっと見ると「何となくだが、正確にわかる」とのことでした。ローラーの制御も、オンとオフのたった2つしかない押しボタンで、「何となくだが、正確にできる」とのことでした。

説明を聞いてみて、まるっきり狐につままれたような気分になってしまいました。「何となく」という部分が、当の職人さんたちにも説明できないことだったからです。かといって、極めて希な才能が必要というわけでもないらしく、毎日毎日、「現場」に出て、数多くの板金を先輩や同僚と一緒に見たり触ったりしているうちに、いつの間にか身につくものだとのことでした。もちろん、1人では身につけることのできないもので、「現場」の仲間と「ああでもない」、「こうでもない」と言い合いながら、経験を共有することではじめて学べる技能なのだそうです。言葉では説明できないけれど、たしかに存在するものを、その企業は継承しているわけです。

 

○知識創造とは

マイケル・ポランニー(1)という社会科学者は、人が持っている知識を形式知と暗黙知に分けて説明しました。形式知というのは言語化できる知識で、言い換えれば簡単にマニュアルに表現できるような知識です。これに対して暗黙知とは、言語化できない知識、マニュアル化が困難な知識のことです(暗黙知の例としては、自転車の乗り方がよくあげられます。たしかに、自転車に乗れる人は珍しくありませんが、そのコツを言葉で説明できる人はいないかもしれません)。彼に言わせると、我々の知識の8割がたは暗黙知であり、にもかかわらず、人というのは、案外、そのことに無自覚なのだそうです。

マイケル・ポランニーが説明したことを組織に応用したのが、野中郁次郎(2)の知識創造論(ナレッジマネジメント論)です。つまり、1人ひとりの人が、その人なりの知識を持っているように、組織も一個の生き物のように、その組織なりの知識(組織知)を持っていて、そのうちのかなりの割合は暗黙知であるというのです。

形式知と暗黙知は、どちらも大切なものですが、長期的な競争優位の源泉になりやすいのは、言語化が難しく模倣困難な暗黙知であることは説明の余地がないでしょう。先ほど、紹介した企業は、非常に希少性が高い暗黙知を高いレベルで持っていた好例といえます。

では、どうすればそんな企業が生まれるのでしょうか。組織開発とは、そのための手法と考えることができます。次回では、もう少し、具体的に組織開発とは何かを説明したいと思います。

 


◆参考文献

  • マイケル・ポランニー(2003)「暗黙知の次元」高橋勇夫訳、ちくま学術文庫
  • 野中郁次郎、竹内弘高(1996)「知識創造企業」梅本勝博訳、東洋経済新報社

 

 

 

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