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◆2012年1月号◆
改めて考える~内的キャリアとキャリア開発
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有限会社キャリアスケープ・コンサルティング 代表 小野田 博之 氏 《プロフィール》 |
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前回はこのシリーズの主たるテーマである「内的キャリア」について、一般的とは言いがたいかもしれませんが筆者の個人的な体験を実例として提供、説明しました。内的キャリアとは本人にとって、働いていく上での、あるいは生きていく上での意味や意義を表すものであり、達成感や満足感、充実感を得る上での手がかりになるということには概ね賛同いただけたのではないかと思います。 個人にとっては働きがいや生きがいに結びつくものですが、このことを組織サイドから見るとどのように見えるのでしょうか。今回は組織にとっての内的キャリアの意味、そしてキャリア開発との関係について取り上げましょう。
○適材適所とは組織における人材育成・活用の考え方として「適材適所」があります。「その仕事に合った人(適材)に仕事をやってもらう(適所)」という意味で、それが実現すればその人の能力は存分に発揮され、結果的に組織への貢献も大きくなるだろうということを指しています。一方の個人においてもこの適材適所を否定する人はほとんどいません。自分の能力が発揮できるのならむしろ歓迎したいという方が多いと思います。少なくとも「適材適所なんてもってのほか」「それだけは勘弁してほしい」という人はいないでしょう。 ところで先に適材適所を「合った人にやってもらう」と表現しましたが、その内容について今少し吟味する必要があります。「合った」とは仕事に求める知識やスキル、経験などを指していることが多いのではないでしょうか?例えば、「今度、この部門の課長を彼に任せてみようと思うのだが。なにせ彼はこの分野での経験が豊富だし、取引先やメンバーからの信頼も厚いからね」といった場合などです。しかし、いざ任命してみるとうまくいかないことも珍しくありません。 課長にするには本人の能力が足りなかったというような見込み違いということもあるでしょう。しかし、当の本人が「え?私が課長ですか?お気持ちは嬉しいのですけれど、私は管理職として組織をまとめていくことには関心がありません。私がやりたいのはお客様に密着したサービスを提供することなんです。そのためであればチームをまとめる役割は担いますが・・・。管理職という仕事は大切な仕事だとは思いますが、メンバーの評価だとか予算だ、業績管理だとよけいな仕事が増えてお客様と距離ができてしまうので私はやろうとは思いません」という場合もあります。結果的に任命しても現場の仕事ばかりに目が向いてしまい、部門経営が疎かになってしまうというのはよく聞く話です。いくら周りが向いていると思っても本人にその気がなければ適材適所は実現しないのです。 とすれば組織によるアセスメントも必要ですが、本人がやりたいと考えていることを自覚していること、そしてそれが発信されていることが不可欠になります。組織がキャリア開発を進める理由の一つはここにあります。適材適所を実現するためには本人が自分のキャリアをきちんと考えていることが前提となるということです。
○外的キャリア上の意思決定には内的キャリア面の検討もこのとき、多くの方が心配されるのは、仮に本人の希望が明らかになったとしても組織の要請と一致しなければ効果がないのではないかということではないでしょうか?中には、「どうせそうはならないのなら、淡い期待など抱かせない方が親切なのでは」という人さえいます。 ここで思い出していただきたいのが前の回で説明した「内的キャリア自覚を深めることは外的キャリアの選択の幅を広げる」という点です。本人のキャリアプランを確かめたときに、「○○という仕事(役割)でなければならない」と限定的なものだと確かに希望に沿えないケースが増えるでしょう。 しかしそうした外的キャリアだけでなくそれを選ぶ理由、内的キャリアにも目を向けると話は違ってきます。先の課長任命にしてもお客様との関係が緊密であることを重視したいという考えに注目すると、管理職になることと対立するとは限りません。むしろそこに注目することがお客様とのこれまでのあり方を見直すこととなり、より緊密なものとするための手がかりを得ることにつながるかもしれません。「なぜするか」(内的キャリア)を考えると、「何をするか」(外的キャリア)は必ずしも1つに限定されるものではないのです。考えるのであれば外的キャリアだけでなく内的キャリアについても検討すべきなのです。 そもそも外的キャリアを中心に考えるキャリアプランは組織の中の仕事をすべて知り尽くした上でなければ適切な選択をするのが難しいという側面があります。知らないものは選べないからです。ある程度以上の規模の組織になると、組織図を見ても他の部署がどんな仕事をしているのかが見えなくなってしまいます。さらに事業内容が多角化すると、どのような部署があるのかさえ分からなくなってきます。 自己申告やキャリア面談などで、「何をしたいか」だけを聞いても意味がないのはこのためです。なぜそう考えるのか、内的キャリアについても確認する必要があるのです。部下育成に当たる管理職にはこのことについての理解を徹底しておく必要があります。やってみてはじめて"適所"だったと分かることもあります。これも前回述べたことですが、組織内にある仕事はあくまでも事業の効率的な実行という観点から構成されたものであって個人の事情に合わせているわけではありません。100パーセント自分に向いた仕事があるわけではなく、自分を活かしやすいところもあれば活かしづらいところもあるというのが実情です。 従ってたまたま配属された"場所"でも部分的には"適所"であることが少なくありません。社会人歴の浅い方の中には、「こんなことをしたくてこの会社に入ったわけではない」「思っていたのと違う」と離職することがありますが、このように考えるともったいないことです。見かけ上は意に沿わない場所でも内的キャリアの側面から見直してみることで"適所"としてとらえなすこともでき、そこでの経験を基に自身の能力を引き上げて適所の範囲を広げていくこともできるでしょう。内的キャリアに目を向けることで、長い目で自分のキャリアを考えることができるようになるのです。
○キャリア開発を考えやすい組織では、個人がキャリア開発に主体的に取り組めるようにするために組織はどのようなことができるでしょうか? 1)上司の支援まず取り組むべきは管理職がきちんと支援するということです。管理職はその組織のメンバーにとってのもっとも身近なキャリア開発事例であると同時に、組織の意向を伝えるエージェントでもあります。いくら組織が個人のキャリア開発を支援すると表明しても現場の管理職が分かっていないとその部門では推進されないのです。 まず管理職が率先して自分のキャリアを考えていることも必要です。留意しておきたいのは「考えている」ということが重要なのであって「キャリアプランが明確である」ということではないということです。当然、ゴールが明らかになっている方がよいでしょう。しかし、それが「ウチの会社はこういうもんだ」と安易に決められたものでは意味がありません。考えることの大切さ、その背景にある自己理解の重要さを分かっている方がメンバーへの説得力は増すでしょう。 だからといって管理職にすべての責を負わせるわけにはいきません。それをバックアップする仕組みが必要です。それが人事システムが担うべき機能の一つです。 2)考える機会の提供また、考える機会を提供することも必要です。ここでいう「考える」とは、自分のキャリアをどうするかということだけでなく、組織とどう共生していくかというキャリア開発の理念についても真剣に考えることも含んでいます。単に自分がどうしたいのかを考えたり、あるいは逆に会社は個人に何を望んでいるかを情報提供したりというのでは十分ではありません。キャリアやキャリア開発の考え方そのものにも触れる必要があります。 なぜならキャリアを考える作業は一度何かのタイミングでやれば事足りるというものではないからです。もしそうであれば入社のタイミングを考えれば十分ということになってしまいます。実際には外部環境も変わりますし、本人の価値観さえも変わります。ですから何度も考え直さなければならない場面が出てくるのです。 前回取り上げたキャリア開発ワークショップ/CDWは単にキャリアを考える研修としてではなく人事システムのコアプログラムに位置づけられることが多いのですが、それはこのワークショップがこれらの「考えるべき点」を包摂しているからといえるでしょう。 3)見えやすいこと、見渡しやすいことさらに会社の中にどのような職務があるのかを見えやすくしておくことも必要です。なぜならキャリアプランを考えるためにはどのようなゴールがあり、そのプロセスはどうなっているかを見渡せることが必要だからです。そうでなければ自分で考えることができません。 従来は管理職の階段を上がっていくだけでしたからこうしたものは必要ありませんでした。要は肩書きの種類だけみていればよかったのです。また中には「出世コース」なるものが存在している会社もあり、その場合はこれをどう辿るか、いかに早く駆け上るかを考えればよかったのです。 しかし、先に述べたようにビジネスの要諦は現場にもあることが分かっています。現場で如何に対処するか、また新しいビジネスのタネを見つけるか、それらは現場にあるのです。現場でそうしたものを察知し、それを新しいビジネスへとつなげていける発想が求められているのです。 これまでの「管理職の階段をどこまで上に登れるか」という尺度で考えていると最前線で仕事をしているということが「出世競争」の敗者と見られ、モチベーションの低下を招いていました。実際には「長」がつくからといって偉いわけではありません。あくまでもそれらは組織内での役割分担です。「サーバントリーダーシップ1」という考え方がありますが、これに通じるところもあるといえるでしょう。
○次回は「人事制度への展開」を検討そこで次回はこうした要件を踏まえキャリア開発を人事ステムと連動させる考え方として「キャリアアイランドモデル」を取り上げながら説明してみたいと思います。 ただし、キャリア開発は理念/考え方であって、ある特定の人事システム、人事制度を表しているわけではありません。理念、考え方の実現形はその組織に依存するところもあり、決して一つに定まるわけではありません。見た目はこれまでの制度/仕組みであっても、内容をじっくり観察すると個人と組織の共生を実現するためにきちんと機能しているということもあります。逆に制度上は整って見えていても理念が無ければすぐに形骸化の道を歩むだけです。このことはキャリア開発に限らず目標管理(MBO)でも同様であったことも思い起こしておきたいものです。 本稿に対する質問、ご意見、ご要望などがありましたら qanda■careerscape.co.jp(■を@に置き換えてください)までどうぞ。
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