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2011年10月号

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第3回「汎用的専門能力の醸成」~ビジネス・キャリア検定の活用

トピー実業株式会社 人事部長 山崎 達也 氏 《プロフィール

【汎用的専門能力の醸成】

第2回で述べたとおり、当社は一般職の職能資格制度を運用するにあたり、「他社でも通用する汎用的な専門能力を具備すること」に重点を置いています。「汎用的な専門能力」とは、第一義的には職務を遂行するうえで必要となる知識、職務目的を達成するための技能・スキルであり、企業横断的に通用する汎用性を備えた水準でなければなりません。

すなわち、他社のフィールドでもすぐに自分の能力を発揮できるだけの市場通用性を有したレベルが必要となるわけです。もちろん、保有する能力を効果的に発揮するためには、経験に裏打ちされた的確な状況判断や、当該企業の慣習・文化を踏まえた柔軟性の発揮など、必ずしもテクニカル・スキルの有無だけでは判断できない面もありますが、まずは知識・スキルの習得が職務遂行上の必要条件となることに異論はないと考えております。

こうした視点から、当社の一般社員に対しては、自身の担当する職務に直結する専門知識の習得を義務付けています。それも、日常の職務遂行を通して学ぶことができる知識に加え、当社には現段階では存在しない職務であっても学習の対象としています。たとえば、当社には労働組合が組織されておりませんので、労働組合との集団的労使関係に係る職務は存在しませんが、人事部のスタッフには、労働組合法等の法令に関する知識はもちろん、労働協約や団体交渉等に関する知識の習得を課しています。将来の状況変化に迅速かつ的確に対応することが責務となるためです。

しかし、自社に現存しない職務ですから、知識の習得には工夫が求められます。そこで当社は、前述の職業能力評価基準(事務系職種)をベースに策定した職能要件書に、必要となる知識を明示したうえで、当該知識を習得する手段として、「ビジネス・キャリア検定」を活用した通信教育制度を創設し対応することにしました。そして、通信教育講座の受講またはビジネス・キャリア検定試験の合格を、職群転換試験の受験資格付与の第1次要件とし、必要な学習を終えていない社員には、職群転換(上位職群への転換=昇格に該当)の機会を与えないしくみを合わせて導入しました。(図表1

このように、人事制度とのリンクによって、社員は職能資格制度の節目で半ば強制的に学習を強いられる環境となっています。しかし、職能資格のプロモーションを望む社員が、上位資格で求められる職務遂行能力を具備するために予め必要な学習を積んでおく、そしてその学習内容は、企業横断的に必要となる汎用的な専門知識である、という繋がりを考慮すれば、能力伸張の発展段階における重要な人材育成施策として機能している、否、機能させなければならないと肯定的に捉える必要があると考えています。

 

【他社でも通用する人材の育成】

90年代後半、バブル崩壊後の経済低迷が続き終身雇用の崩壊が叫ばれるなど、漠然とした雇用不安が覆っていた時代、エンプロイヤビリティ(雇用されうる能力)という言葉が誌面を飾っていました。我が国の雇用慣行を勘案すれば、エンプロイヤビリティの本質は「当該企業において継続的に雇用され得る能力」であり、「転職を可能にする能力」はその断片に過ぎないと言うことができます。もちろん、社内におけるエンプロイヤビリティ向上の意義は、他社でも通用する高度な専門能力を有する社員が、専門性を如何なく発揮し、質の高い成果を挙げるとともに、周囲にも好影響を及ぼし続けるということになります。したがって、仮に少数の転職者を生んでしまったとしても、当社社員のエンプロイヤビリティ向上という目標は揺らぐことなく、サポートを継続していくことになります。

当社は前述のとおり「ビジネス・キャリア検定」制度を人事制度の中に組み込んで運用していますが、エンプロイヤビリティ向上はその重要な狙いの一つとなります。ビジネス・キャリア検定制度は、職務遂行を通してあるいは標準テキストや通信教育講座によって習得した自身の能力を確認するツールとなります。ホワイトカラー層を対象とした全職務領域に及ぶ能力試験としては我が国唯一であることから、試験にチャレンジすることによって、他企業の同種の職務を遂行する社員と「他流試合」ができることになり、相対的な自身のポジションを確認することができます。そして、不足している知識があれば更なる学習へと行動を促すことになるため、自律的な自己啓発意欲の喚起という点でも効果が期待できます。つまり、自分自身の現状の能力レベルを客観的に把握し、その後の行動変容を必然化していくという点で、エンプロイヤビリティ向上の蓋然性が高まることになるわけです。

しかし、汎用的な専門能力は、ビジネス・キャリア検定の枠組みの中でのみ習得できるものではありません。当社では、職務遂行上必要となる、あるいは明らかにプラスとなる公的資格を指定し、その取得を支援しています。支援方法は様々ですが、たとえば法令上取得が義務付けられる資格には、その取得のための学習費用を支給する、取得は任意であるものの、取得することによって職務遂行の質的向上が期待できるような資格には取得祝い金や資格手当を支給するというように、目的に応じて支援の形式を可変しています。そして、ビジネス・キャリア検定試験の合格も含め、こうした指定資格取得者には、昇格判定の第2次要件となる「昇格累積持ち点」に加点する優遇措置を講じています。

こうした人事制度へのビルトインは、ともすれば「やらされ感」や「義務感」といった後ろ向きの感情を誘発するリスクを伴います。現に公言する社員がいるのも現実です。しかし、「他社でも通用する人材の育成」という目標は、社員の自主性を尊重する、能動的な啓発姿勢に委ねるといった消極的なスタンスでは到底実現には及びません。経営トップの明確なメッセージと具体的な施策の融合、そして人事制度の理念共有と、社員の自己啓発意欲の喚起といった複合的な要素が相互に作用して、徐々に効果を発揮していくものと考えます。

 

【配置転換とビジネス・キャリア検定】

ビジネス・キャリア検定の効果的な活用法としては、前述した汎用的専門知識の醸成に加え、配置転換者に対する基礎知識習得の機会提供が挙げられます。たとえば営業部門から経理部門に配置転換した社員の場合、異動直後は、経理業務を遂行するための知識を持ち合わせていません。多くの場合、上司や先輩社員がOJTにより指導していく形式になります。しかし、ここで問題となるのは、指導者の力量差、つまり指導能力の優劣に起因する配置転換者の成長格差です。もちろん指導力の跛行性だけが社員の成長度を決してしまうものではありませんが、特に職業経験の浅い若年層社員には大きな影響を及ぼすことになります。

このように、異動先部署による育成能力格差を補完するため、配置転換直後の社員に対し、標準テキストや通信教育講座の受講を奨励し、体系的な基礎教育を行うことが効果的であると思います。自社固有のローカルルールや、単なるハウトゥを無秩序に注入される危険性のあるOJTの前に、当該職務に求められる基本的な知識を体系的に学んでおくことは、その社員のその後の成長に少なからず影響を与えるものと思われます。このことは、配置転換者のみならず、新入社員の育成にも当てはまります。

ビジネス・キャリア検定制度は、凡そ考えられるホワイトカラー層の職務領域をほぼすべてカバーしています。また、これだけの学習ツールを自社で内製していくのは不可能だと考えられますので、人材育成を進めるうえでの有効な社外リソースとして、当社は積極的に活用を図っている状況にあります。

 

 

 

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