JAVADA情報マガジン2月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2016年2月号

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『製造業活性化と人材育成の課題』
第2回 雇用流動化と製造業活性化

株式会社日本総合研究所 調査部長 山田 久 氏 《プロフィール

賛否両論の雇用流動化論

前回は経済グローバル化と製造業活性化の関係について考察を行った。2回目である今回は、雇用流動化と製造業活性化というテーマを扱いたい。雇用の流動化が産業活性化に結びつくかどうかについては賛否両論がある。90年代以降、わが国産業の低迷が続く中、わが国雇用システムの硬直性にその原因を求める主張が聞かれるようになった。
 解雇の難しいわが国では、不採算事業の整理が難しく、ヒト・カネの有効活用が出来ずに経済の停滞が続いてきたというわけである。そうした主張の場合、手本とすべきは米国とされることが多い。同国では、雇用契約は「Employment at will(随意雇用原則)」に基づき、経営上の理由に基づく解雇は有効であり、それを保証するフレクシブルな労働市場が経済活性化を可能にしてきたというわけである。
 そうした見方からすれば、解雇を容易にして雇用の流動化を進め、ヒト・カネを衰退事業分野から成長事業分野にシフトすれば、製造業を含む日本産業は再活性化するという主張になる。
 これに対し、長期継続雇用こそがわが国産業の競争力の源泉である組織能力の蓄積を可能にしてきたとして、安易な雇用流動化論への警鐘を鳴らす声も多い。実際、流動化論が勢いを得ていた90年代終わりから2000年代前半にかけて、日本企業の教育訓練費は減少し、わが国企業の強みとされてきた人材育成機能が低下した。
 とりわけ、90年代末から2000年代初めにかけて大規模な人員リストラが少なからず行われたエレクトロニクス産業では、国際競争力の低下が顕著にみられた。働き方の柔軟性向上を根拠に進められてきた非正規労働者の増加が、多くの未熟練労働者を増やし、日本社会全体としての職業能力の低下を招いたとの批判もある。

 

重要なのは流動化のタイミング

もっとも、エレクトロニクス産業の競争力低下は雇用流動化が進んだからという結論を導くことは早計である。「毎月勤労統計調査」により、事業所ベースの離職率と入職率の合計として得られる「労働移動率」の推移をみれば、2000年代前半期にその上昇がみられたが、同産業が高パフォーマンスをみせた80年代の水準をむしろやや下回る程度である。加えて指摘しておきたいのは、長期継続雇用の典型とされ、国際競争力が今も維持されている自動車産業における労働移動率とエレクトロニクス産業の労働移動率は、さほど大きく違わないことである(「図表」参照)。
 自動車産業とエレクトロニクス産業の対比からすれば、注目すべきは流動化のタイミングである。エレクトロニクス産業では、景気後退期に労働移動率が高まっている一方、自動車産業では景気拡大期にそれが高まる傾向がある。そもそも労働移動には2つのタイプがある。一つは「コスト削減先導型」であり、具体的には、不採算分野のリストラのための人員削減が増えることや、人件費抑制のために流動性の高い非正規雇用比率を高めることで労働移動率が高まる場合である。
 もう一つは「労働需要先導型」であり、成長分野が担い手を増やすために求人を増やし結果として労働移動率が高まるケースである。このうち「コスト削減先導型」は景気後退期に増加し、「労働需要先導型」は景気拡大期に増えやすいといえる。自動車産業は「労働需要先導型」の労働移動が多く、エレクトロニクス産業は「コスト削減先導型」が多かったということであろう。
 すなわち、雇用流動化そのものが産業活性化にとってプラスかマイナスかを問うことはあまり意味がなく、どういったタイミングでどういう理由で流動化が行われるのかが重要といえる。端的には、労働移動の理由からすれば、成長事業に雇用がシフトする労働移動を増やすことが重要であり、人件費削減のための労働移動は少ないほど良い。またタイミングについては、好況期こそ事業が成長しやすいため、同じ人件費削減のための労働移動を増やすにしても好況期が望ましい。

 

「雇用維持」にも良し悪し

「流動化」に良し悪しがあるように、企業が雇用維持を行うかどうかにも良し悪しがある。将来性のある成長分野での雇用確保は「良い雇用維持」といえる。時代が必要とする将来性のある事業で雇用が維持され、能力開発が行われれば働き手がその事業を一段と発展させ、事業の将来性を高めるという好循環が働く。一方、将来性の乏しい不採算事業での雇用確保は「悪い雇用維持」であろう。市場が先細っていく事業では十分な収益が得られずに人材育成を行う余裕がなく、事業の競争力も失われていく。人件費削減でしか雇用維持はできず、事業もそこで働く人も座して死を待つ状況であり、早めに事業を整理し、違う可能性にチャレンジした方が良い。
 結局重要なのは、同じ職場で働き続けるにせよ職場を変わるにせよ、働く人々が世の中に求められる技能・スキルを形成する機会を得ているかであり、雇用維持か雇用流動化かは二次的な話である。わが国の場合、これまで人材育成の役割を果たしてきたのは主に企業であり、それゆえ雇用維持が優先されるべき理由があったといえる。流動化により人材育成の十分な機会が得られにくいのならば、「悪い雇用維持」でも雇用維持の方がましだということになる。しかし、企業にはかつてほど人材投資を行う余裕がなくなり、連続的なイノベーションのみならず、革新的なイノベーションの重要性が高まる中、外部の人材を受け入れることの重要性が高まっている。ここで重要なのは、企業間の労働移動を前提として能力が形成される仕組みが整備されることである。そうした状況が整うことで、わが国でも悪い雇用維持を減らして良い労働移動が増える状況が増えていくことになろう。

 

  • 1 米国では「期間の定めのある契約ではない被用者は、いかなる理由によっても、あるいはなんらの理由なくして解雇されうる」という、「随意雇用原則(at-will employment doctrine)」にもとづき、解雇は基本的に自由である(労働政策研究・研修機構(2005)『諸外国の労働契約法制に関する調査研究・報告書』263頁)。

 

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