JAVADA情報マガジン3月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2016年3月号

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『製造業活性化と人材育成の課題』
第3回 製造業発展のための人づくり

株式会社日本総合研究所 調査部長 山田 久 氏 《プロフィール

これまで2回にわたって、「グローバル化」と「雇用流動化」という、わが国製造業における雇用の今後の在り方を大きく左右する重要論点について考察した。その要点は、①事業をグローバル規模で展開すると同時に内外での有機的な連関を構築することが、産業の活力を維持し雇用も確保する道であること、②働く人々が世の中に求められる技能・スキルを形成する機会を得ているかが重要で、企業間の労働移動を前提として能力が形成される仕組みが整備されることが必要、ということであった。この2点を踏まえ、最終回となる今回は、グローバル化・雇用流動化時代の製造業・人材育成の在り方を考えたい。

 

「雇用ポートフォリオ」の副作用

言うまでもないが、人材育成の重要性は強調しても強調し過ぎることはない。しかし、企業はあくまで収益を上げるのが大前提であり、人への投資もそのリターンに見合ったものでなければ持続できない。とりわけ、平成バブルの崩壊以降、経済停滞が長期化する中、内外競争の激化や株式市場からの圧力の高まりもあり、企業は人件費抑制スタンスを強め、人材育成のためのコストも効率化しようとした。そうした文脈のもとで注目されたのは、「雇用ポートフォリオ」あるいは「人材ポートフォリオ」というコンセプトである。
 この発想に基づいて、90年代半ばには日経連(日本経営者団体連盟)から人材を3つのタイプの分ける人事管理の在り方が提唱された 。それは、今後の雇用形態として、従来タイプの「長期蓄積能力活用型」に加え、「高度専門能力活用型」と「雇用柔軟型」を明示的に提示するものであった。「長期蓄積能力活用型」は長期継続雇用の前提に立って従来通り人材育成に強くコミットするが、残り2つのグループは有期雇用契約が想定されており、明示されてはいないにしても、個別企業としての教育コストは相対的に減ることが想定されていたと考えられる。
 こうした取り組み自体は、個別企業の観点からは合理的なことであったが、長期的・マクロ的な観点からは問題を引き起こすことになった。「高度専門能力活用型」はほとんど増えず、「雇用柔軟型」が大きく増え、いわゆる正規・非正規の二極化問題が深刻になった。なかでも若い世代を中心に未熟練労働者が増加したことが大きな社会的な問題となったが、非正規といっても企業活動にとって重要な労働力であることに変わりはなく、現場労働者のスキルやモラールの低下は製品・サービスの品質の劣化の一因になった。一方、正社員の人材育成面にもマイナスに作用した。かつてはコンスタントに若手が職場に配属されたため、勤続年数を重ねるにつれて仕事内容が高度化して相応のスキルが身についたが、特定の世代が欠けることで、仕事が固定化したり、部下・後輩を差配する経験も積めなくなった。結果として現場力は低下することになったが、このことは近年にみられるわが国製造業の競争力低下と無関係ではないだろう。
 もっとも、ここ数年は企業の財務体質も改善され、景気の悪化にも歯止めが掛かる中、一定数の新卒定期採用の復活、非正規従業員の正規化などの動きもみられる。しかし、80年代以前と比べてわが国製造業を巡る環境は大きく変わっており、「長期蓄積能力活用型」グループのウェイトを大きく高めることは現実的ではない。
 非正規労働者の存在を前提に、彼らの人材育成の仕組みを考えることが不可欠になる。それは第1義的には政府の役割となるが、企業の積極的な関与が欠かせない。公共職業訓練施設における座学・実習と企業での実習を組み合わせた「日本版デュアルシステム」の取り組みなども行われているが、短期雇用が前提の非正規労働者といえども、現場労働者のスキルこそがモノづくりの基礎を支えるとの発想で、企業の積極的な関与が重要である。

 

「高度専門能力活用型」をどう育てるか

もう一つ重要なのは、「高度専門能力活用型」を育てることである。藤本隆宏東京大学教授は「強い現場・弱い本社」との問題提起をしているが 、「本社」に代表されるホワイトカラー部門の競争力を支えるのは、新しい発想を持ち込んで仕組み改革を起こすプロフェッショナル人材であろう。そうしたプロフェッショナル人材は元来、社内で蓄積された知見やノウハウのみを習得しても十分な役割を果たせない。むしろ社外で得た知識やスキルを持ち込み、旧来のあり方を変えていくことが重要である。この意味で、外部人材を活用することは重要であり、そうした観点からすれば、有期雇用が基本の「高度専門能力活用型」グループが想定されたのは納得できることである。
 しかし、問題はそうした高度専門能力を持つ人材を誰がどのように育てるか、という点である。わが国では、職業能力の習得は企業の中でのOJTが基本であり、仕事のやり方も企業によって大きく異なる。基本的に一企業での内部昇進を想定した「長期蓄積能力活用型」の育成には優れているが、特定分野のプロを想定した「高度専門能力活用型」の育成には適していない。
 一方、欧米では、米国のプロフェッショナルスクールやフランスのグランゼコール、ドイツの専門大学など、実践的な職業能力を育成する高等教育機関が存在し、社会横断的な職業能力認定資格も充実している。加えて重要なのは、専門職団体のような同じ職種で企業を跨ぐ形で人的ネットワークが形成されていることだ。この結果、転職しながら特定職業の能力を形成していく仕組みが出来上がっている。わが国ではそうした仕組みが未成熟であり、結局は「高度専門能力活用型」の人材はあまり存在しない。
 つまり、わが国で「高度専門能力活用型」の人材を増やすには、職業教育機関の整備に加え、同じ職種で企業横断的に人的なネットワークが形成される仕掛けを創出する必要がある。
 もっとも、日本の製造業の強さの源泉はチームワークや組織力にあり、「高度専門能力活用型」人材でも、チームワーク力や組織コミットメント力が求められるべきである。その意味で、最初からキャリアコースを「長期蓄積能力活用型」と「高度専門能力活用型」に完全に分けるのではなく、30歳代ごろまでは「長期蓄積能力活用型」として処遇すべきであろう。そのうえで、40歳代の早い段階で人材タイプを分け、その後は欧米タイプの無期雇用(職務限定正社員)の形で「高度専門能力活用型」として処遇するのがよい。その際、業界が連携して職種別の企業横断的な人材交流の機会を作り、切磋琢磨できる環境を整備することが前提になる。こうした提案に対しては、人材や個社のノウハウの流出を懸念する声があるだろうが、今やグローバル競争が激化し、「オール・ニッポン」で競争力を底上げすべき時代にあることを直視し、新たな発想で取り組むことが求められている。

(図表)グループ別にみた処遇の主な関係

 

  • 1 日本経営者団体連盟(1995)『新時代の「日本的経営」―挑戦すべき方向とその具体策』
  • 2 例えば、藤本隆弘(2004)『日本のもの造り哲学』日本経済新聞社。

 

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