JAVADA情報マガジン1月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2016年1月号

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『製造業活性化と人材育成の課題』
第1回 グローバル化と製造業活性化

株式会社日本総合研究所 調査部長 山田 久 氏 《プロフィール

本シリーズの問題意識

製造業がわが国経済に占める地位は傾向的に低下している。国内総生産(付加価値額)におけるシェアでは、1995年には22.2%あったものが2013年には18.5%まで低下し、就業者数では同じ期間において20.4%から15.1%まで低下した(内閣府「国民経済計算」)。このように「量的」にはプレゼンスが低下しているとはいえ、依然として製造業が日本経済で果たす「質的」な役割は大きい。
 例えば、社内で行う研究開発費のうち88.7%は製造業が占めている(2013年度、総務省「科学技術研究調査」)。つまり、製造業はわが国産業全体のイノベーションをリードしている存在であり、その付加価値労働生産性(就業者一人当たりGDP)は産業平均を2割以上上回る。その意味で、製造業が持続的発展を遂げていくことは、日本経済の将来にとって引き続き重要であることに変わりはない。さらに、「ものづくりはひとづくり」と言われてきた通り、鉱物資源に恵まれないわが国にとって、これまで製造業の発展を支え、今後も最も重要な柱となるのは人材育成である。
 しかし、近年、わが国の製造業をめぐる環境は大きく変化し、先行きに対する懸念も高まっている。韓国・中国をはじめとしたアジア新興国のキャッチアップが著しいなか、世界市場に占めるわが国製品のシェア低下がみられている。一方、デジタル経済の進展により、ものづくりの在り方が大きく変わり始めており、これまでの日本式のやり方では市場の変化についていけないのではないか、との心配の声も聞かれる。
 以上の認識に立って、この連載では3回にわたって、取り巻く環境変化に対して製造業が活力を保持していくにはどう対処すべきか、そのための人材育成の在り方はどうあるべきか、を考えていく。第1回目である今回は、「進展する経済グローバル化のなかで、いかにしてわが国製造業の発展をはかっていくか」というテーマで考える。

 

製造基盤縮小の背景

すでに指摘したように、わが国経済に占める製造業のシェアは、付加価値額ベースでも就業者ベースでも低下しているが、より問題なのはいずれのベースでも絶対額で低下していることである。付加価値額ベースでは、2013年度はピークであった1997年度の77%水準に縮小しており、この間に就業者数は3割近く減少した。こうした製造基盤縮小の要因としては、①円高の持続的な進行、および②アジア新興国の躍進を指摘できる。
 90年代以降、アベノミクスが開始される数年前まで、円は実効レートで持続的に上昇しており、この間、韓国・台湾・中国をはじめとしたアジア新興国のキャッチアップは著しかった。韓国企業は半導体分野での積極投資戦略で市場獲得を成功させ、AV機器市場では新興国市場を積極的に開拓して、急速にプレゼンスを向上させた。台湾企業はエレクトロニクス機器の受託生産を行うEMS分野で世界シェアを獲得した。最近では中国企業が新興国市場で存在感を増し始めている。
 円高の進行自体は必ずしもわが国製造業の競争力低下をもたらすわけではなく、80年代には円高下でも日本企業は高い成長を維持できた。しかし、過去20年においてはアジア新興国の産業競争力の向上が顕著に見られ、エレクトロニクス分野を中心に競合する製品分野が増え、円高による日本製品の価格競争力低下が販売シェア低下に直結する状況が広がったのである。

 

自動車とエレクトロニクスの対比に見るグローバル化への処し方

もっとも、看過してはならないのは、そうした状況でわが国製造業のすべてが産業基盤の縮小を経験したわけではない点である。競争力低下が顕著にみられたセクターと、競争力を維持してきたセクターの二極化現象が見られたのである。とりわけ興味深いのは、80年代にはともにわが国のリーディングセクターの役割を果たし、2000年代以降のパフォーマンスが明暗を分けた、自動車産業とエレクトロニクス産業のコントラストである。2つのセクターの売上高営業利益率を見ると、自動車産業では景気によって大きく振れつつも一定の水準を維持する一方、エレクトロニクス産業では傾向的に低下している(図表1)。
 この基本的な背景として、製品設計における「モジュール化」の浸透が、自動車産業よりもエレクトロニクス産業において急速であったことが指摘できる。元来日本企業は「インテグラル型」を得意としてきたため、両産業は明暗を分けることになったと説明できるのである(注)
 その上、グローバル化に対する両産業の対応の違いも無視できない。それは、海外生産比率の違いである(図表2)。自動車産業は、90年代に国内設備投資を抑制し、海外事業展開を積極化させ、2000年代にはグローバルな売上げを大きく伸ばすことに成功した。
 一方、エレクトロニクス産業は、90年代に国内設備投資を積極化させ、国内での過当競争を招いて収益体質の低下をもたらし、海外事業展開に遅れて世界市場での敗退を許すこととなった。この間、雇用についても自動車産業ではほぼ一定数を維持したが、エレクトロニクス産業では大規模なリストラが繰り替えされ、大幅な減少が見られた。
 ここでの教訓は、いわば「グローバル化の逆説」である。海外生産シフトは国内産業の空洞化につながるとの懸念の声をよく聞くが、両産業の例はむしろ逆であることを示唆している。人口減少で国内市場に縮小圧力がかかるなか、国内に固執して投資を積極化すれば過当競争を起こして収益が悪化、産業基盤の低下を招いて、むしろ海外製品の流入を許してしまう。
 一方、海外事業展開を積極化させ、海外での収益の一部を国内に還流して新製品開発に投入すれば、競争力は維持され、海外製品と伍していくことができる。つまり、グローバル化は不可避な流れとしてそれに積極的に対応し、事業をグローバル規模で展開すると同時に内外での有機的な連関を構築することが、産業の活力を維持し雇用も確保する道といえよう。

 

  • (注)「モジュール化」とは、「一つの複雑なシステムまたはプロセスを一定の連結ルールに基づいて、独立に設計されうる半自律的なサブシステムに分解すること」(青木昌彦「産業アーキテクチャのモジュール化」(青木昌彦・安藤晴彦編著『モジュール化』東洋経済新報社)、2002年、6頁)といい、それぞれの部品がモジュールとして自己完結的な機能を持ち、あらかじめ別々に設計しておいた部品を事後的に寄せ集めて製品をつくる設計思想(アーキテクチャ)を「モジュラー型」という。
     これに対して、ある製品のために特別に最適設計された部品を微妙に相互調整しないとトータルなシステムとしての機能が発揮されないような製品の設計思想を「インテグラル型」という(藤本隆宏『日本のもの造り哲学』日本経済新聞社、2004年、p128、p17)。元橋一之『日はまた高く 産業競争力の再生』(日本経済新聞出版社、2014年)は、「インテグラル型の大型計算機からモジュール型のPCに業界構造において日本企業の競争力は大きく低下した。一方で、インテグラル型の自動車産業においては引き続き高い競争力を維持している」(p125)と述べている。

 

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