JAVADA情報マガジン10月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2015年10月号

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企業経営における人事マネジメントの位置づけと役割(1)
『伸びる中小企業の人材戦略』

株式会社パーソネル・ブレイン 代表取締役 二宮 孝 氏 《プロフィール

四分の一世紀を超える人事コンサルタントとしての経験から、あらためて中小企業経営について考えてみたいと思います。これまで100社を超える企業、団体にご協力してきました。とはいっても、多種多様千差万別です。製造業とIT産業、大手グループ企業とオーナー企業、東京都と地方などいくつもの要因が重なりあってまさに多種多様です。その中で伸びている企業で共通していえるのはシステムに依存しすぎず、環境変化の先読みを行って迅速な判断を行う柔軟性ということではないでしょうか。
 さて、3回シリーズの初回は、人事の基本、入り口ともいえる人材戦略とくに採用戦略を中心に取り上げてみます。

 

1.中小企業における人材戦略のベース

人事の共通項として真っ先にいえるのは、「能力主義」です。コンサルティングを通じてその企業独自の能力主義を感じます。面白いもので家族的で年功的な会社であったとしてもしかりです。それは、コンサルが進んでいくなかで経営トップとの雑談のなかでひいきにしている若い○○君(さん)と名なしで何度も繰り返しでてくることでわかります。だいたいが30代ですが、幹部候補として期待されていることに気づく場面でもあります。
 社歴の長い企業などは、安定した基盤を大事にしており、働きやすい職場であることに配慮し工夫しています。例えば子育てや介護に追われるようになった正社員を一時的にパートに転換したかと思えば、逆に夫が急に亡くなり寡婦となったパートを正社員に登用するなどの温情措置をとったりしています。一方で大胆な抜擢人事も行っています。まず仕事の方から与え、次に役職に付け、最後にこれに見合う賃金水準を考えるといったふうに時間差を伴っています。周囲の目を気にしながらつぶされないようにコストはかけず、その人向けの動機付けは社長を始め経営トップ自らしっかりとやっているというしたたかさを感じます。我々人事コンサルタントが行うのは、これらのメリットを最大限生かしつつ、最低限の制度として体系的に整備していくことだといえます。

 

2.若年社員の採用戦略

若手を対象とした採用戦略について考えてみましょう。
 中小企業の場合、定期的な新卒(とくに大卒や院卒)採用を開始するまでは高いハードルがあります。とくに昨今の求人難ではなおさらです。あるメーカーでは技術系社員の採用にあたって、個人の人脈を駆使しながら大学(ゼミ教授)とのパイプを何とか持とうとして役員を中心に入社して2年目の社員に至るまで総動員体制で四苦八苦していました。
 地方大学卒にねらいを定めたり、逆に転勤を条件とせずまた女性を主対象とするなどいろいろな工夫を試みています。また最近では、中小企業であっても東南アジア出身などの国籍を超えての採用を行っている企業も珍しくありません。さらに一般的な新卒が難しい場合には、大学の卒業年次でいうとあえて3年遅れの採用を行ったり、第二新卒などの採用を意欲的に行ったりしている企業も少なからずあります。
 ただ、採用活動に熱心な経営トップもいますが、残念ながら多くの中小企業では必ずしもそうとはいえません。コンサルタントとして伝えたいのは、経営トップ自らがもっと積極的に関わるべきだということです。考えてみれば、3億円の機械を購入する際に社長が決定に関与しない企業はありません。一方で"ヒト"になると必ずしもそうではありません。採用は現場に任せきりという企業も少なくありません。生涯賃金ベースで考えると金額的にみても大きな額となり、また人は磨けば光るととらえるとそれ以上の大きな潜在価値を持つ投資的買い物となるということに気づいてもらいたいと思います。社長じきじきに企業理念を伝え、おめがねにかなうかどうかを自らが見極めるというのは大変重要なことです。
 地方事業所での採用の場合などどうしても面接が難しい場合には、少なくても人事のスタッフに立ち会わせるべきです。未だに若手の採用戦略を誤っているケースは多くあり、入社後半年経過した頃には半分が退職したということも残念ながらあります。募集から始まって関連する経費も相当かかっていることをその時にはもう頭にはないわけです。説明不足と人を見る目、さらに早期の育成を誤ったことを棚にあげて最近の若い人はとなじっても始まりません。人事は基本と入口が肝心だとつくづく感じます。

 

3.管理職候補の採用戦略

次に、中堅から管理職候補としてのキャリア採用を中心とする戦略についてみてみましょう。中小企業にとって中途採用は、経営戦略上きわめて重要な位置づけとなります。中途採用によって大企業での経験のある優秀な血を投入し、井の中の蛙意識から脱却することも可能となります。一方、採用される側にとってみれば、自分の将来をかけてみたいという企業の将来性とともに経営トップの人格そのものにも魅力を感じてもらうことが避けられません。その際に人事コンサルタントとして側面からアドバイスすることがあります。それは、大企業経験者の採用時などに当社の賃金制度ではとてもその水準は支払えないとの相談を受けたときのことです。先に賃金のことで心配する必要はないと伝えるようにしています。例えば、暫定的な年俸制として前職の年収水準をまずは保証するという方法もあり、また一度限りの転職準備金を支給するという方法も考えられます。千載一遇のチャンスを逃さないというときに問われるのは、経営トップのこの人に託したいという"ヒト"を見抜く先眼力です。ただし、一方では年収を保障するときは一定の期間限定付きという前提にしておくことも押さえて置くポイントです。

 

4.高齢者の採用戦略

次に他の企業で定年を迎えた者または早期退職者などをターゲットした戦略についてはどうでしょうか。このような高年齢層は、概して子供の手は離れ、住宅ローンも完済しているなど経済的な面での不安は少なくなってきています。また60歳以上となれば、在職老齢年金や高年齢雇用継続給付金の対象にもなりうるという賃金コスト上のメリットも挙げられます。部長級経験者も含めて企業人としてはまさに人材の宝庫ともいえます。さらに個々の状況によっては、健康面なども配慮したうえでパートタイム的労働や非常勤などの雇用形態も選択肢として考えられ、お互いの自由な意思に基づいて契約できるという他の階層にはない開かれた雇用市場としてみることもできます。
 以上、管理候補及び高齢者のキャリア採用にあたって会社側として注意する点は、組織風土になじむかどうかということです。私の経験からすれば、大企業に多く見受けられるような組織依存型は向きません。例えば、優秀ではあっても刑事ドラマのボスのように本社の部長机にデンと座り、電話等で一方的に指示を出すタイプや慎重居士で指示を待つまで動かないタイプはなじまないといえます。営業部長であれば、自ら率先して部下をすぐさま引き連れて取引先にかけつけるといった機動的即応タイプが好まれます。よく言われるたとえ話ですが、「管理職を長くやってきたので部下がいれば期待に応えられます」というのは要注意です。また性格面からいうと、前職での経験をひらかさず、柔軟性を持ち、苦労を厭わないタイプが臨まれるところです。

 

5.まとめ~採用からの人材戦略のポイント

以上のことから総合的に考えてみると、当たり前のことですが場当たり的な採用でうまくいくはずはありません。採用後1年間くらいは事実上の試行、育成及び評価期間と位置付けることは避けられません。また、OJTを中心とした教育研修体制を整備することも必要です。そのことを押さえたうえで、経営トップとしての採用の決断にあたっては、それぞれの人材の持つ長所にまず注目し、これをフルに活かせることにかけられるかどうかが決め手になるかと思います。

 

 

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