JAVADA情報マガジン8月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2015年8月号

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職場のメンタルヘルスと法(2)

近畿大学 法学部 教授 
  一社)産業保健法学研究会 理事 三柴 丈典 氏 《プロフィール

4.設問への解答例

今号では、前号で示した設問への解答を試みます。

もっとも、法律論に絶対はないため、あくまで解答例としてご理解下さい。

(1)XがYを相手方として訴訟を提起するとすれば、どのような請求が考えられるでしょうか。また、どのような判決を招くでしょうか。

端的にいえば、①Yによる退職措置を不服とし、自分はまだYの従業員だとの確認を求める「雇用契約上の地位の確認請求」、②Yによる退職措置は無効なので、その後も賃金を得られていたはずとの考えに基づく「退職後の賃金の請求」、③本件でXがり患した精神障害はYの過失によるので、元気ならば得られたはずの契約上の賃金満額を求める「休職期間中ないし半休職期間中の差額賃金の請求」、④Yによる過失による精神障害の発症や退職措置などの違法行為により精神的にショックを受けたとの理由に基づく「慰謝料請求」の4種類になると思われる。
 裁判所でも、結論的におおむね認められる可能性が高いと解される。

 

(2)事例中の下線部に法律上の問題があるか否かについて、理由と共に述べて下さい。

①Yが採用時に体力測定や心理検査を含む一般職業適性検査を実施したこと。

応募者の人格を傷つけるような検査方法を採れば違法性を生じ得るが、一般的に法的問題はない。三菱樹脂事件最高裁大法廷判決昭和48年12月12日でも、企業の採用の自由やその際の調査は広範に認められている。
 もっとも、応募者のプライバシー保護の必要もあるため、基本的に調査対象を職務に関連する内容に制限することが求められる。

②Yで勤務する社外カウンセラーが、H総務課長より、同人が持つXの個人履歴情報を提供するよう要請を受け、本人同意なく産業医Iに伝達したこと。

特に問題はない。産業医は医師として刑法上の守秘義務を負っているため、同人への伝達が直ちに漏洩に繋がるおそれは少ないうえ、その企業や労働者に関する事情を知る医師としての専門的判断により、組織内の適当な人物への情報提供の可否や方法を考えてくれると考えられるため。
 カウンセラーは法律上守秘義務を課されていないこともあり、医師との連携により、職務の独立性を保つ必要が生じる場合もあるように思われる。

③上司B課長が、飲み会や休憩の時間に、Xに対して「組織になじめない奴には辞めてもらった方が良い」、「こんな奴と結婚する女の気がしれない」などの発言をしたこと。

内容的に失当であるばかりか、人格否定的であり、直截であり、上司の立場にあり、その後も同旨の発言が繰り返されており、違法性が強く、少なくとも民事上、不法行為に該当すると解される。公然性が充たされれば(多くの者の前で発言した等の条件を充たせば)、刑事上、侮辱罪に該当する可能性もある。

④上司B課長が、A+4年12月の人事評価会議で、「うちのためにならないので、XやC課員にはなるべく早く辞めてもらいたい」などの発言を繰り返したこと。

人事評価会議という限られたメンバーが参加する場での業務に関わる発言である以上、直ちに違法とは言えないが、この場面以外でも人格否定的発言を繰り返していたこととの関係で、そうした場面内外を通じたB課長の加害意思を裏付ける事情にはなり得る。

⑤上司B課長が、定例の昇進時期が近づいた頃、団体幹部や、Xの人事に関わる人物に対して、業務上の態度やミス、本人の女性関係の噂などに関する悪評を個別に伝達していったこと。

いっけん法的には違法でないかに見えるが、少なくとも職場環境整備義務違反の評価を受けると思われる。すなわち、「労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務」(福岡Q企画出版社SH事件福岡地判平成4年4月16日労判607号6頁)に違反する。また、自由な人間関係を形成する自由(関西電力事件最3小判平成7年9月5日労判680号28頁)を侵すと評価される可能性もある。
 これらの義務は法人に課されるものなので、その任を受けた上司の違反は基本的に法人の責任を導く。もっとも、上司の害意がうかがわれ、公然性も、社会的評価の低下も充たされるため、彼個人の不法行為責任を導く可能性もある。

⑥YのF理事長が、積極的な対応をとらなかったこと。

E部長らから事情を概ね聞き知っていたこと、(a)最高レベルを示すストレスチェックの結果、(b)人事評価会議でのB課長の発言など、具体的かつ直接的に状況をうかがい知る素材があったこと、理事長の立場にあったことなどから、たとえ民法第709条の不法行為に当たらないとしても、民法第715条第2項に定める「使用者に代わって事業を監督する者」に当たり、職場環境整備のための内部体制を構築するなどの適切な対応を行うべきであったと判断される可能性が高い。この論理立てが成り立てば、F理事長個人が賠償責任を負うことになるが、そうでなくても、Y独自の過失責任か使用者責任は免れないであろう。

⑦A+5年3月、Yが、職場秩序違反と病気療養の必要を根拠にXに休職を命じたこと。

以下の理由から、違法とされる可能性が高い。
 「職場秩序を乱した」については、内容が抽象的にすぎるうえ、仮に仕事上のミスの繰り返しや、職場の女性とのトラブルが問題となるとしても、職場秩序を乱したとまで認められないか、先行事情(B課長によるハラスメントなど)から、処分の相当性がないとされる可能性がある。
 「病気療養の必要性」については、主治医にせよ、産業医にせよ、医師の診断自体を経ていない点で、合理性を欠くとされる可能性が高い。

⑧A+6年2月、主治医の復職可の診断と本人希望を斥けて、産業医Iの判断により復職を拒否したこと。

合法と判断されると思われる。
 診断でYへの不満が多かったことはやむを得ないとしても、(a)(内容によるが、)復職への不安の愁訴があったこと、(b)結果的に2か月後には(条件付きながら)復職させていること、(c)主治医のG医師の診断が総じてややX寄りであり、復職判断も本人希望を重視していると考えられること等から、このケースでは、G医師の臨床医としての見解を的確に踏まえる限り、臨床医より本人の職務や職場を知る(はずの)産業医の判断を優先させても合理的であり合法と判断されると解される。

⑨A+6年4月頃、YがXの復職を認めつつ、向こう3カ月間は所定時間の半分の軽減勤務として、その間の業務内容は軽作業、賃金は半額とし、休職期間が半分進行する扱いとしたこと。

結論的に、業務内容を軽作業とした点に法的問題はないが、賃金減額と休職期間の進行(≒自然退職の接近)については、そもそも精神障害の発症が業務上であるため、認められないとされる可能性が高い。私傷病と仮定すれば、就業規則の根拠規定があるため、合法とされる可能性が高いが、「復職の方法」を法人が定めるとの規定の解釈が問題とされ、賃金処遇の決定までは含まれないと解される可能性もある。

⑩A+6年7月、Yが本人同意なくXの軽減勤務期間を2か月延長し、休職期間(のカウント)を進行させたこと。

休職期間の延長は、ほんらい解雇の猶予であって、使用者側が自由に決定できるが、このケースでは、いわば「半休職」であって労働者側に不利益な面もあるため、疾病性と労務遂行能力の両面で、完全就労可能状態にあったか否かの問題になる。
 主治医はその5か月前、産業医は3か月前に復職可と診断し、現に復職後3か月経過しているので、作業への適応に必要な期間は徒過しているが、軽減勤務期間中、受験勉強ばかりしていた以上、就労能力の見極めが困難なため、延長措置は合理的と解される可能性もある。なお、勤務時間中の許可のない受験勉強は、債務不履行(雇用契約違反)であり、職場秩序違反ともいえるため、制裁として休職処分を下すことも不可能ではないが、制裁の事由と内容に関する就業規則等の根拠規定が必要となる。

⑪Xの転職希望先が行った身辺調査に際して、同僚Jが、秩序違反と病気療養のため休職中である旨を調査担当者に伝えたこと。

同僚Jは1個人であり、過去半年間に5000人分以上の個人情報をデータベース化して業として取り扱ったとも考えられないので、個人情報保護法の適用を受ける個人情報取扱い事業者には当たらず、したがって同法違反には当たらないが、現に決まりかけていた採用が反故となった結果や、公益性がないことなどからも、プライバシー権侵害と評価され、僅かながら慰謝料の支払いが命じられる可能性はある。もっとも、人の生命・身体・財産の保護を目的とする情報提供であれば正当化される場合もあり、転職希望先の財産保護が正当化事由とされる余地もある。その決着は、具体的な事実の認定によることとなろう。

⑫A+7年1月頃、産業医IからX本人の同意なく直接G医師に連絡したところ、同医師が、「会社の対応の問題で精神疾患が発症し、快復に向かっていたのに悪化した。・・・診断名は、不安障害、うつ病である」旨を回答したこと。

Gが医師であるため、刑法第134条の定める守秘義務違反かが問われ得るが、産業医も医師であって守秘義務を負っており、(措置の合法性はともかく、)本人の退職時期が迫っていたこと、従前から一定の情報交換は行われていたこと等から、同条にいう正当事由があるともいえ、違法とまでは評価されないように思われる。

⑬同じく、産業医IがG医師に対して、その後の連携と情報交換を求めたところ、同医師が、本人同意がないことと法律上の守秘義務を理由に(全面的に)拒否したこと。

刑法上、医師に守秘義務が課されていることも本人同意がないことも事実であり、結論的に、違法とまでは評価されないだろうが、本件のようなケースでは、刑法規定上の正当事由と評価され得るし、⑫の通り、直前に診断名や発症理由に関する評価を伝えていながら(同じく守秘義務を課された)医師である産業医Iとの連携を拒否するのは矛盾しており、職域との連携の欠如が健康被害を招いたと認定されれば、僅かながら民事上損害賠償を命じられる可能性も残る。

 

(3)XがYの退職後に利用できる可能性のある社会保障・福祉制度には、どのようなものがあるでしょうか。

①精神障害者保健福祉手帳の取得により、税制上の優遇や、後述する自立支援医療費給付の受給手続きの簡素化等、様々な優遇措置を受けられる。

②国民年金保険法、厚生年金保険法等に基づき、初診日(A+5年10月)から1年半を経過した以上、障害年金の受給資格が生じ得る。

③「離職の日以前の2年間」において、「被保険者期間」が「12ヶ月以上ある」こと(雇用保険法第13条)との要件は満たしているので、雇用保険の受給資格が発生し得る。また、精神障碍者保健福祉手帳の取得により、就職困難者と認定されれば、受給期間が通常より延長される可能性もある。

④本件では、精神障害の発症、再発共に業務上と解され得るため、労災保険の適用も考えられる。労災保険の受給資格は、退職後も失われない。

⑤障害者総合支援法に基づき、外来通院で利用できる自立支援医療の受給資格が生じ得る(*原則として本人1割負担となる。申請は市町村に行う)。

⑥障害者総合支援法第5条等に基づき、日常生活、服薬などの管理のために実施される精神科訪問看護指導(*有償だが諸種の保険適用範囲)。

⑦就業面と生活面の一体的支援を目的として、独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構傘下の障害者職業支援センターが実施する職業準備支援、ジョブコーチ支援事業など。

⑧障害者総合支援法に基づく、就業困難な障害者の日中の活動をサポートする福祉施設 である地域活動支援センターのフリースペース(*生活リズムの安定化による服薬管理、社会性の維持等に役立つ可能性がある)。

⑨障害者総合支援法に基づく就労移行支援、就労継続支援A型・B型などの制度による福祉的事業所等での就労訓練。

⑩ハローワークで実施されているトライアル雇用、ステップアップ雇用、ジョブコーチ支援などの雇用支援施策。

⑪要件は厳しいが、最終的には生活保護の活用も考えられる。

⑫仮に発達障害であれば、発達障害者支援センターも利用可能だが、地域によりサービス内容にばらつきがある。

⑬公的制度ではないが、精神科外来集団精神療法や、リワーク・デイケアを利用できれば、認知行動療法などが行われていることも多く、再発再燃防止効果が見込まれる。

⑭アルコール依存があれば、公的制度ではないが、AA(Alcoholics Anonymous)などの自助グループの利用も考えられる。

⑮その他、り患及び快復経験者によるピア・サポートも考えられる。

 

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