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こんにちは。今回で3回目,とうとう最後の回になってしまいましたが,今月もよろしくお付き合いの程,お願いいたします。前回,前々回では,心理学がいかに我々の生活と密着した学問であるか,そしてそのことを,特に心理学を学び始めた大学生さん達に伝えるための授業,「心理学の現場」について,その内容をお話しさせていただきました。今回はこうした我々の取り組みについて,あらためて振り返り,今後の方向性について考えてみたいと思います。
大学におけるキャリア教育とは
繰り返しになりますが,心理学の具体的な応用が息づいている“現場”の空気を,その空気ごと持ってきて,心理学の初学者である大学生さん達に提示するために,様々な“現場”で心理学を活かして活躍されている人,をゲスト・スピーカーとしてお招きし,1コマ(90分)の講義をやっていただく授業,これが本学の「心理学の現場」です。心理学を学ぶ大学生さん達のキャリア形成に,この授業がどのように役立っているのか,ということについて考えてみたいと思います。
ここではまずキャリアとは,ということについて,1人の心理学者として意見を述べさせていただきます。キャリアとは,人生において,先を見据え,先につながることを見据え,そして「今,何をするべきか」を考えることであり,言い換えれば,「自分の人生の位相に存在する点と点をつなぐことである」と考えています。したがって,大学で学ぶ学生さん達にとって,大学で過ごす4年間が,とりもなおさず彼女らのキャリアそのものであり,大学というキャリアを彼女たちが人生の中にどう位置付けるのかが,もっとも大切なことであると言えます。そもそも大学とは,専門(高等)教育機関であり,いわゆる専門知識を身につけさせることを目的としたところであるのは論を待ちません。しかしながら,この専門知識を何のために身につけるのかと言えば,これは「社会で生きていくため」であり,身につけられるべき専門知識は「社会で活かされるもの」でなければならないのもまた自明です。専門知識は,多くの場合,それ自体がそのままの形で社会の中で活きるとは限りません。大学で学ぶ専門知識を,社会の中で活かすためには,知識を組合せ,うまく活用するための知恵が不可欠です。つまり,大学において行うことのできるキャリア教育とは,人生を考えさせること,自分の人生を考える力を育てること,そして,人生を通じて役に立つ知恵を育てることだと考えられます。
知識の見方を変えること
知識を活かすための知恵は,専門知識に対する“見方”を変えることをトレーニングすれば,養うことができると考えられます。そして,具体の知識が,具体の現場でどのように活用されているのかについて知ることが,そのトレーニングになり得ます。
見方を変える,というのは,実は案外簡単なことのはずです。発達についての知識は,たとえば子育ての場面でも必要になります。言ってみれば当たり前のことですが,発達心理学上の知識として学んでいる「子どもの発達のプロセス」は,自分の子ども,あるいは自分の周囲に居る子どもの発達のプロセスに他なりません。また教育というのは,いわゆる教育現場だけで行われている営みだと考えられがちですが,コミュニケーションの1つの形態としての「教える」営みは日常生活の中のさまざまな場面で見られます。前回のお話の中で例を挙げるなら,ビジネスの現場,として分類していたような「新入社員に仕事を教える」といった場面であるとか,新製品のマニュアルを作成する場面,あるいは,本当に日常的な,親として子どもに何かを教えるといった場面は,すべて教育心理学で学習する知識が活用できるフィールドであるわけです。大学で教えられる心理学という学問が,これを学ぶ学生さん達の“キャリア”を形成するものになるためには,心理学を学生さん達の生活とつないであげること,つないだ形を見せてあげることが重要です。
こういった,ある意味では“当たり前”のことを,「心理学の現場」ではやろうとしています。そのために,これまた繰り返しになりますが,“現場”の空気を,その空気ごと持ってきて,それぞれの専門領域の,“先輩方”に語っていただいているわけです。
「心理学の現場」の先に見えるもの
こうして,実際に成果をあげている「心理学の現場」ですが,実は川上自身は,少し釈然としない部分を抱えてもいます。それは,“ウチ”と“ソト”との問題です。
たとえば,本学に限らず,多くの学生さん達は,大学が企業等と提携して行う「インターンシップ」という営みに参加し,大きく成長しています。本学のインターンシップは「学生提案型インターンシップ」と銘打って,かなりユニークな取り組みを行っているのですが,それは本日の話題からは逸れるので,またいずれ,ということにしまして,このインターンシップという取り組みについてです。大学から,社会へ出かけていくインターンシップに参加した学生さん達は,さまざまな企業等の現場という“ソト”で,大きく成長して大学に帰ってきます。彼女らが自分自身の声で,自分自身の成長を語ってくれるのを非常に嬉しく聴くことができます。
彼女らは,“ソト”である提携企業各社の重要な経営戦略の一端に携わる非常に厳しい状況の中で,「やり遂げる」ことを学んできてくれたのだと思えます。これは非常に嬉しいことです。そして,これを,少し“ひっくり返し”て,現場の方から,大学に来ていただいて…という営みが,本学の「心理学の現場」なのです。
インターンシップにしろ,「心理学の現場」にしろ,川上が少し釈然としないと捉えている部分は,なぜこれが大学という“ウチ”ではやれないのだろうか,ということです。もちろん,“現場”というものの持っている意味の大きさや,作り物ではない“本物”の持つ意味の大きさはわかっているつもりです。しかしそれでもなお,彼女らにおける“ウチ”と“ソト”の感覚を,今一度,“ひっくり返してやる”ことができないかな,というのが現在考えるべきことなのだと思っています。なぜなら,本来的な意味での心理学の教育は,心理学の知識を,現場につなぐことまでを大学の“ウチ”として包含しているべきであると考えるからです。我々大学の専任教員が,心理学について,こうしたリアリティ,現場の空気感を持って学生さん達に語れるようになることこそが,最終的な理想型だと考えられます。「心理学の現場」は,現状で考え得る非常に“贅沢な”授業です。この授業が,学内に存在する“点”と,社会の中に存在する“点”とをつなぐ形で,心理学を学ぶ大学生さんのキャリアを形成する大きな役割を果たしていることは間違いありません。しかしながら,これはあくまでも“アウトソーシング”とでも言うべき授業であるのもまた事実ではないでしょうか。
今のところは,「心理学の現場」は,現場であり本物である,ゲスト・スピーカーの先生方に全面的に依存した授業形態になっています。しかし,これをソトからウチに取り込むこと,真の意味での大学の教育力の中に位置付けることが今後の課題です。知識の見方を変えるためには知識の教え方を変えないといけないのです。言い方を変えれば,現在,大学で展開されているすべての授業が,大学生さん達のキャリアとして位置付けられているのか,ということ事態が,あらためて問われないといけないのかもしれません。大学における全ての授業を,彼女らの心理学のキャリアを構成する一つ一つの点として位置付け,そのつながった星座が,彼女らの未来につながっていくことを願って,本稿を閉じさせていただくことにします。3ヵ月のお付き合い,誠にありがとうございました。
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