|
こんにちは。2回目のお話になります。前回は,心理学がいかに我々の生活と密着した学問であるか,そしてそのことが一般の人,特に高校生さんや,心理学を学び始めた大学生さん達に伝わっていないか,ということについてお話しさせていただきました。
心理学教育として何を呈示するか
では,心理学について,誤解を持ったままであるかもしれない心理学初学者に対して,我々大学教員はどのような学びを提供すればよいのでしょうか。
心理学を学び始めた大学生さん達に,モチベーションを持って心理学を学んでもらうためには,「心理学は役に立つのか」あるいは「心理学はどのように役立っているのか」を,具体性を持って呈示することが必要です。この点については,前回も"基礎"と"応用"という文脈で話をさせていただきましたが,心理学の初学者に対して,具体的な応用の部分を見せていく(魅せていく)ことが心理学の教育としては,有効だと考えられます。そして,具体的な応用が息づいている"現場"の空気を,その空気ごと持ってきて,心理学の初学者である大学生さん達に呈示するためには,"現場"で活躍している方々に直接大学に来ていただくことがベストでしょう。そこで,(1)大学時代に心理学を学んでいて,(2)それを様々な"現場"で活かして活躍されている人,をゲスト・スピーカーとしてお招きし,それぞれのゲストに1コマ(90分)の講義をやっていただく,という授業を企画することにしました。これが本学の授業「心理学の現場」です。
心理学を活用できる3つのフィールド
当初は,本学の3人の教員がコーディネータ役として授業に参加し,それぞれのツテを頼って,できるだけいろいろな現場から,講演に来ていただける方を探しました。
当初,担当教員が3人であったことには実は意味があります。現在は違いますが,当時,本学の心理学部は臨床心理学科,発達教育心理学科,ビジネス心理学科の3学科構成となっており,それぞれの学科から1人ずつの教員が集まって「心理学の現場」を担当していたのです。そして,当時の本学の学科構成そのものは,「心理学をどのようなフィールド,すなわち現場で活用しようと考えるか」によって,学科選択を行ってもらえるようにと考えられたものでした。すなわち,臨床心理学,福祉,医療看護を中心に学び,援助を必要とする人の生活や心のケア,対人援助のスキルを身につけて,いわゆる臨床の現場で活躍する人材を育てる臨床心理学科,発達心理学や教育心理学を学び,乳幼児期から老年期までのさまざまな課題を理解し,それに対処する力を身につけ,主に教育や,発達の過程にかかわる現場で活躍する人材を育てる発達教育心理学科,消費者の心理,広告の心理,社会と組織の心理,産業カウンセリングなどについて学び,企業で活躍できる力を身につけ,主にビジネスの現場で活躍する人材を育てるビジネス心理学科,の3学科体制をとっていたのです。つまり,当時の本学の学科構成は,臨床領域,教育領域,ビジネス領域の3つの領域を,社会の中で心理学を活かすべきフィールドとして捉えていました。なので,それぞれのフィールドからできるだけ多様な活躍をしている,心理学を学んだ"先輩"の姿を目の当たりにして欲しいというのが,この「心理学の現場」だったわけです。
臨床のフィールド
たとえば臨床の現場。これが,一番「心理学の現場」というワードからイメージされる内容に近いと思います。心理学を学ぶことによって,人の心に寄り添うための知識や技能は習得できたとしても,それらの知識や技能が,社会の中でどのように活用されているのか,そしてそれを活用して,実際に社会の中で働いている人達(いわゆるカウンセラーさん)は,何を感じ,何を考えて仕事をしているのかについて知ることは,大学にいる間にはなかなかに難しいことです。そこで「心理学の現場」では,実際にスクール・カウンセラーとして,中学校で活躍している方,精神保健福祉士として精神科病院で仕事をしている方,あるいは,家庭裁判所調査官として活躍されている方,などをゲストとしてお招きし,現場で何が起きているのか,どのような気持ちで仕事をしているのかについて講演いただきました。
こうした領域では,本学の卒業生(本学の学部を卒業した人や本学の大学院を修了した人)にゲスト・スピーカーとして来校してもらうことができました。このことは実は大きなことであったと考えています。本学の卒業生が自らの言葉で語ってくれる講演は,聴講している大学生さん達にとっては,自らのロールモデルとしての意味もあったのではないかと思っているからです。
教育・発達のフィールド
あるいは教育や発達の現場。高校で英語を教えておられる先生や情緒障害児短期治療施設でお仕事をしている方をお招きしました。発達に関わる場面では,心理学で学んだ知識が有効です。また,教育のフィールドは,本当に総合的なフィールドと呼ぶべきで,生徒の発達に寄り添ったり,臨床的な相談に乗ったりする,あるいは生徒の学習を支える,生徒のグループ活動を支える,など,心理学的な知識や技能の活躍の場は枚挙にいとまがありません。
現役の高校の先生のお話の中には,「どうやったら記憶が定着するか?」といった,記憶術についてのティップスなどもありました。もちろん我々教員としても,記憶に関する心理学の授業の中で,そうした話はしているのですが,やはり実際に高校生を指導しておられる現役の先生の話ということになると,聴講している大学生さん達の聴き方も違ってくるようで,ふんふんと,初めて聴くように頷いていました。我々としてはちょっと残念な感じもありますけれど,やはりこれも現場の空気をそのまま持ち込んだ授業の効果だと考えています。
また,ちょっと変わったところでは,大学でスポーツ心理学を教えておられる他大学の先生をお招きし,スポーツ・メンタル・トレーニングに関するお話をしてもらったこともあります。"緊張"や"あがり"といった,誰もが経験する日常的なことがらに,心理学がどのようにメスを入れ,さらに,その知識が,スポーツの現場でどのように活用されているのかについてお話を聴かせていただきました。こうした講演は,聴講している大学生さん達に,「あぁ,そんなところでも心理学が活用されているのか」といった気づきを促したようです。
ビジネスのフィールド
そしてビジネスの現場。たとえば,企業における製品開発の現場では,心理学的な知識や手法が活用されています。こうしたお仕事をしている方にもお話をいただきました。製品を開発することそのものは,多くの場合,いわゆる"理系"の仕事になるかと思いますが,「今,世の中では,どのような製品が必要とされているのか,ニーズがあるのか」を調べたり,開発した製品が「ユーザーにどのように受け止められるのか」を調べたりするのは,心理学の領域の仕事になるからです。このためには,いわゆる"心理測定"あるいは"心理統計"が非常に有効なツールになります。こうしたことを現場の方の口から語っていただくことにより,大学生さん達にとって「なんで文系の心理学科を選んだのに計算ばっかりの統計を勉強しないといけないの?」といった「ありがちな」疑問に答えることになるようです。これも,もちろん授業の中で我々教員としては伝えているつもりなのですが,やはり現場の空気効果は大きいようです。
あるいは企業の人事を担当しておられる方,キャリア・カウンセラーのお仕事をされている方にもご講演いただきました。ここでもやはり現場の空気効果を実感します。もちろん大学の教員である我々自身が,多くの場合,"大学"という現場しか知らずに,学生に向けての教育を行っているわけですから,現場の空気効果はもっともなことだと痛感します。
以上,「心理学の現場」で何が行われているか,まさしく「心理学の現場」の現場についてご報告させていただきました。現場の空気が伝わっていれば幸いです。来月は,「心理学の現場」の先に見えるものを考えてみたいと思います。今月のところはここまでに。
|