JAVADA情報マガジン9月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2014年9月号

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JABEE教育へのキャリア教育の導入を目指して(3)~展望~

鹿児島大学 工学部化学生命工学科 学科長・JABEEプログラム責任者
  教授 肥後 盛秀 氏 《プロフィール

1. はじめに

本連載の第2回目の8月号では、鹿児島大学工学部化学生命工学科の日本技術者教育認定機構(JABEE)に基づく教育プログラムにおいて、私の目指す真の技術者教育に近づけるために、これまでに取り組んできたこと、特に就職支援セミナーにおけるキャリア教育の専門家であるASキャリアの瀬谷俊宏氏と浅田実果氏との出会いについて書きました。今回は、この出会いが切っ掛けとなり、先日開催することになりました「JABEE教育とキャリア教育の接点」の講演会とセミナーについて紹介し、本連載の最後のまとめとしてJABEE教育へのキャリア教育の導入とその統合について、私の考えていることを書いてみたいと思います。JABEE、鹿児島大学と工学部、化学生命工学科、また私の研究室については、以下のホームページや引用文献をご覧下さい。

 

2. 「JABEE教育とキャリア教育の接点」の講演会とセミナー

4月18日(金)の標記の講演会に引き続いて、4月19日(土)と20日(日)に本学科の学部3年生と大学院1年生を対象にしたセミナーを開催しました。セミナーの最初のオリエンテーションとして、私の本学科のJABEE教育プログラムの説明に引き続いて、ASキャリアの瀬谷氏と浅田氏による講義が始まりました。導入として、来年度からの就職活動に関する動向の予測や企業が学生に求める人物像などの就職活動の要点の説明が行われました。本編として、産業組織や労働市場に関する概説と共に、社会福祉、労働関係法規、心理学など多様な学問分野と関連させたキャリア教育の実践的な内容の講義が行われました。長年の就職支援の実績に基づくお二人のお話は、工学部の学生にはめったに聞くことのない内容であり、就職活動を控えた学生にとって貴重な講義でした。

講義後の最初のグループワークでは、学生は5人1組になって「新聞紙3枚で高い塔を作ろう。」の課題に取り組みました。メンバーが討論を通して各人の役割分担を決めながら所定の時間内に新聞紙の塔を製作します。完成後に高さを計った後に、再度検討して更に高い塔の完成を目指すと共に、グループ内における各人の役割を理解する演習です。この製作プロセスでは立案(Plan)、実行(Do)、検討(Check)、改善(Action)のPDCAサイクルを何度も回しながら、その能力が試される課題です。ものづくりを得意とする本学科の学生にとっては適切な課題であり、活き活きとして取り組んでいました。この後も次のグループワークがありましたが、参加した学生は日頃の学科の専門の講義とは一味も二味も違うキャリア教育に基づく本セミナーを真剣に、そして楽しそうに受講していました。

鹿児島大学工学部化学生命工学科主催の「JABEE教育とキャリア教育の接点」のセミナー1
鹿児島大学工学部化学生命工学科主催の「JABEE教育とキャリア教育の接点」のセミナー2

鹿児島大学工学部化学生命工学科主催の「JABEE教育とキャリア教育の接点」のセミナー
(平成26年4月19~20日開催、写真提供:株式会社ASキャリア)

 

3. キャリア教育の導入によるデザイン能力の強化

大学におけるキャリア教育の重要性が指摘されていますが、理系の教育プログラムにおいて新たにキャリア教育を導入するにはどうすれば良いのか難しい問題です。理系の学部生・大学院生には日々継続的な専門科目の学習と共に実験・実習や研究が要求されています。JABEE教育プログラムを実施している教育課程においては、学習・教育目標との整合性を十分に考慮してキャリア科目を新設しなければなりませんが、キャリア教育を表面的に捉えてしまうと、学生の勉学の負担を増してしまいます。そもそもキャリア教育導入の本来の目的は、大学全入時代を迎えて将来へのビジョンを持たずに入学する、または高等学校までの教育課程の中で十分に考え抜く力を醸成できていない学生が増えたこと、更に長引く景気の低迷により総じて就職内定率が低下したことに端を発しています。したがって、このような就職難の問題のみの対策として画一的なキャリア教育科目を導入するよりもむしろ、それぞれの教育課程の事情に応じた柔軟なキャリア教育の導入による教育課程の構築が必要だと思います。本学部を始めとするJABEE教育プログラムを導入している全国の大学の日本及び国際社会に貢献できる学部生・大学院生の人財輩出に期待するところが大きいことを鑑みれば、既に導入されているJABEE教育プログラム内のキャリア教育に該当する関連項目を補強し充実させることが現実的であり効果的です。

キャリア教育は予測できない事態に直面した時、その状況を好機に変えることのできる知恵と工夫、すなわち考え方や意思決定のための「枠組み」を教えることだと思います。これはJABEE教育の基幹である「デザイン能力」の養成に対応します。「デザイン能力」とは、与えられた研究課題の解答が明確ではない場合、あるいは複数の解答があると考えられる場合において、各人がそれぞれの得意とする方法や手段を用いて適切な解答に辿り着く能力のことです。理系学生の最大の強みは、卒論や修論において論理的な思考力を身につける訓練の機会に恵まれていることです。したがって、学生が学業や彼らの行っている研究とその発表のプロセスにおいて、身に付けた基礎及び専門知識を最大限に活用してPDCAサイクルを駆使していけば、研究課題の解決と同様に就職や進路などの人生上の問題も乗り越えられるはずです。このことに私たち教員が意識して、日々学生に専門教育を行っていくことが大切だと思います。キャリア教育においては、自分のあるべき理想の姿に向かって、今の自分の諸特性と能力・テクニックを理解して「どうすればあるべき姿により近づけることができるのか?どうすれば効果的な方法を導き出して行動することができるか?」と同じ思考と行動のプロセスを訓練します。JABEE教育においてもキャリア教育においても、教育の根底において目指しているものは同一であると思います。

 

4.JABEE教育とキャリア教育の統合

ASキャリアの瀬谷氏と浅田氏がJABEE教育へのキャリア教育の導入のために調査したところ、JABEEプログラム修了者への技術士業界の見る目は厳しい現状をお話し下さいました。一般的に技術士のもとで実務経験や様々な業界の方々との交渉・調整の経験を積み重ねた技術士補の方々と、JABEE修了後に技術士補の資格を付与された卒業・修了生との社会的評価には相当な開きがあるのは歴然であると思います。前者は技術士業界の厳しい荒波の中で辛抱強さと逞しさを身につける「機会」を有しており、その環境下で技術士業界の方々との交流を通して刺激を受けて、より明確なビジョンを描けるプロになる過程を経ていくと思います。後者は前者とのギャップにいち早く気づき、彼ら自身の技術者としての具体的な将来展望と向き合っていかなければなりません。後者のどうしても埋められない前者との壁として「機会」があります。

周知の通り、技術士は日本における5大国家資格の一つであり、単なる技術者ではなく公益を確保するための高い技術者倫理を備えた専門技能職集団です。私は、JABEEプログラム修了者が技術士補となり、その存在の重要性が社会的に認められ広く受け入れられていくためには、技術者としての高度なテクニックとそれを支える人間性が芽生える素地を準備することが高等教育機関には必要だと思います。しかし、現在のJABEE教育においては、エンジニアリングデザイン能力やコミュニケーション能力、またチームで作業する能力の養成を重視しますが、残念ながらこれらは知識や技術的な面に偏っていると思います。工学教育において専門的なテクニックを身につけることは大前提であることは言うまでもありませんが、今社会が期待する理系学生はテクニックと人間性の両面を兼ね備えた人財だと思います。我々のJABEE教育プログラムに、キャリア教育の導入と共に、人間としての逞しさや辛抱強さといった精神的な教育や豊かな人間性を養成する重要性を切実に感じています。

私は大学の専門教育において「人間としての逞しさや辛抱強さなどの人間性については、教育や訓練の過程で学生自信が学び取るものである。」という信念を持っています。専門教育においては、高い精神性や豊かな人間性を直接に養成することはできませんが、私たち教員は学生に切っ掛けを与えることはできると思います。それは、彼らが人間性を磨いていくための技術者・研究者としての良き師です。本連載の第1回目の7月号に書きましたが、私は良き恩師や研究者に出会い、そのテクニックや人間性に憧れ、今日までやってきました。したがって、今度は私が学生の良き師にならなければなりません。そう考えると、私の目指す技術者教育とは「研究者あるいは技術者として、また人間としての良き師になる。」ことが一番大切だと思います。

 

5.最後に

鹿児島大学工学部におけるJABEE教育プログラムの導入は、これまでの本学部の教育・研究体制に一石を投じたものだと思います。教育現場での学業や研究において「諦めない、粘り強く」を学部生・大学院生に求めている私自身が、実社会の要請に柔軟に応える技術者教育を行わなければならないと身の引き締まる思いです。将来の日本を託す若い技術者を養成する私たち教育者・研究者の大きな役割として、学生に社会人としてまた技術者としての人間性と技術を身に着けさせることに留まらず、国際社会に貢献できる人財を育成することが大切です。そのためには、自分の技術やアイデアを売り込む力と守る力、自分から周囲に働きかけ、またはネットワークを駆使してより良い研究開発の環境を創り出す力を身に付けさせることで、社会や企業から必要とされる人財になれるのです。キャリア教育の良さを本学科のJABEE教育プログラムに取り入れて、魅力あるすばらしい教育課程にしていきたいと思います。

ASキャリアのお二人との出会いが切っ掛けとなり、JABEE教育へのキャリア教育の導入と統合について真剣に考えるようになりました。その結論として、今私達が取り組んでいるJABEEの技術者教育には、技術者として決定的に強化・補強すべき教育プログラムとして「実社会に出てから発揮される人間性の養成が、私のイメージするJABEE教育とキャリア教育との統合による技術者教育である。」との思いに至りました。

この3回の連載をお読みいただきました読者の皆様には、私の試みと取り組み、また考えや思いが少しでもお役に立ちましたら大変うれしく思います。

 


引用文献と資料

 

 

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