JAVADA情報マガジン7月号 キャリアに関する研究者からの提言【キャリアナウ】

2014年7月号

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JABEE教育へのキャリア教育の導入を目指して(1)~模索~

鹿児島大学 工学部化学生命工学科 学科長・JABEEプログラム責任者
  教授 肥後 盛秀 氏 《プロフィール

1. はじめに

技術者教育に携わっておられる工業高等専門学校や大学の工学系の教員の先生方は、日本技術者教育認定機構(JABEE)とこの教育制度について、ご存知だと思います。JABEEは高等教育機関において実施されている技術者育成の教育制度ですが、技術者教育の世界以外のほとんどの方々には馴染みのない制度ではないかと思います。私の所属する鹿児島大学工学部化学生命工学科においても、教育水準の維持と向上、また外部評価の観点から、このJABEEによる工学教育を実施しています。これから3回の連載において、本学科におけるJABEE教育の紹介と、新しい取り組みとして、JABEE教育へのキャリア教育の導入について、私の考えていることを書いてみたいと思います。

 

2. 技術者教育を掲げる鹿児島大学工学部と化学生命工学科の紹介

鹿児島大学は学問の自由と多様性を堅持しつつ、自主自律と進取の精神を尊重し、地域と共に社会の発展に貢献する総合大学を目指して、昭和24年に第七高等学校を含む五つの学校が母体となり誕生しました。現在、学部生約9000名、大学院生約1600名、教職員約2500名の総合大学として、地域に根ざした教育と研究を行っています。工学部のある郡元キャンパスは路面電車で鹿児島中央駅から10分の便利な場所にあり、機械工学科、電気電子工学科、建築学科、環境化学プロセス工学科、海洋土木工学科、情報生体システム工学科、化学生命工学科の7学科と理工学研究科における6専攻から構成されています。学部生約2000名と大学院生約600名が在籍しており、鹿児島独特の大らかな雰囲気も相まって、学生達は伸び伸びと勉学と学生生活を送っています。

私の所属する化学生命工学科は平成21年4月に、旧応用化学工学科の応用化学コースと旧生体工学科の生体機能材料工学コースを統合し、物理化学から遺伝子工学までの幅広い分野の化学の教育と研究を行う学科として誕生しました。私の研究室は「化学を理解するためには、その根底にある物理学を理解しなければならない。」という信念の下に研究活動を続けており、環境化学、高分子化学、生化学を主とする化学生命工学科の中で唯一物理化学を研究の中心としています。ほかの研究室とは一線を画した雰囲気となっており、配属された学生達は想像していた化学系研究室との違いに戸惑いますが、しだいに研究内容を理解し、最終的には基礎化学以外に機器分析化学や化学計測、真空技術や金属薄膜、電子回路や情報処理などの広い知識と技術を身に付けて卒業していきます。卒業生の就職先のほとんどが電気電子や金属材料、計測機器やシステムエンジニアリング関係であることが、本研究室の特色を物語っています。鹿児島大学工学部と化学生命工学科、また私の研究室の詳細については、以下の引用文献やホームページをご覧下さい。

鹿児島大学郡元キャンパス
鹿児島大学郡元キャンパス

 

3. 技術者教育としてのJABEE教育プログラムの導入

JABEEは技術者教育の振興と国際的に通用する技術者の育成を目的として、平成11年の秋に設立されました。高等専門学校や大学などの高等教育機関で実施されている技術者教育プログラムが、社会の要求水準を満たしているかどうかをJABEEが公平に審査し、要求水準を満たしている教育プログラムを認定します。ここで、教育プログラムとはカリキュラムや教育方法、教員と学生、また設備や環境など教育に関する総てのことです。JABEE認定プログラムの修了生には、技術士の第一次試験が免除され、技術士補の資格をもらうことができます。JABEEとは、理工農系の高等教育機関がその認定プログラムに則って教育を行い、修了生が医師・弁護士・公認会計士などと並ぶ屈指の国家資格のひとつである技術士への登竜門である技術士補になることができる教育制度のことです。JABEEプログラムは将来の工学系の技術者の育成のため、文部科学省と一般社団法人日本技術者教育認定機構(JABEE)が推進しています。現在、全国のほとんどの工業高等専門学校と大学の工学系学部がこの教育制度を導入しています。

認定審査は書類審査と実地審査によって行われます。平成18年の秋に旧応用化学工学科の応用化学コースにおいて、最初の認定審査を「化学および化学関連分野」の「応用化学コース」で受けました。教育プログラムについて六つの基準(学習・教育目標の設定と公開、学習・教育の量、教育手段、教育環境、学習・教育目標の達成、教育改善)においてまとめた自己点検書と引用・裏付資料として学科の全科目の教科書やプリントなどの教材や学生の毎回の講義の出席と試験の成績、また関連する教務資料などを提出しました。実地審査では、大学と企業の関係者からなる審査チームが、2泊3日の日程で我々の教育プログラム全般に対する質疑討論や、教員・学生との面接、授業参観や施設見学を行い、各基準とその審査項目の評価を行いました。一つでも欠陥(Defect)があればその教育プログラムは認定されず、弱点(Weak)については2年後の中間審査において、改善がなされたかどうかの審査が行われます。全力で取り組みましたが、初めての認定審査でしたから、要領を得ない事項や不備な記述が多く説明に苦労しましたが、何とか認定をもらい、2年後の中間審査において平成22年までの認定となりました。その後、平成23年に本学科への継続審査を受け、今度はめでたく平成28年までの認定を勝ち取ることができました。次回の平成29年の認定審査においては、基準の変更により四つの基準(学習・教育到達目標の設定と公開、教育手段、学習・教育到達目標の達成、教育改善)で審査されることになっています。

JABEEの認定審査により、本学科の教育プログラムが改善され、しっかりしたものになりました。また教員間の教育に関する情報交換が盛んになり、学科内の教育プログラムの改善と検討を行う教育プログラム改善検討委員会が活動を始めました。以前から本学部におけるFaculty Development (FD)として実施されていた学生の授業評価とこれに対する授業改善計画書が有効に機能し始めました。授業公開と教員間の参観も実施しています。15回の講義と、試験成績の開示も義務付けられています。本学科のJABEE認定教育プログラムにおいて、以上のような改善がなされたことを実感しており、JABEEの認定審査を受けなければ、このような改善はなされなかったと思います。我々の学科の教育プログラムを修了した学生諸君は、社会の要求する応用化学の技術者としての水準を満たしていると信じています。

2013年3月JABEE認定証と修了証
JABEE認定証と修了証

 

4. JABEE教育プログラムを学んだ若き技術者への私の思い

私は大学生・大学院生・助手・助教授時代に日本の最先端技術を支えてきた恩師に出会いました。また米国の州立大学で1年間研究に専念することができました。その思いを30年以上経った今でも、研究者・教育者である私の原点として大切にしています。すばらしい恩師や研究者との出会いが、今の私の研究者・教育者のスピリットとして脈々と流れており、そのお陰で今の私がいるのだと信じています。私の学生時代を思い出しながら、そのスピリットを今の学生へも伝承していきたいと思って日々、学部生・大学院生と過ごしています。また、私自身も研究活動を精力的にこなしています。

学部4年間あるいは大学院生であれば6年間の研究活動と、彼らの研究テーマが社会でどのように繋がっているのかをしっかりと意識してもらうように、様々なカリキュラムを考えています。チームで作業する能力やコミュニケーション力の重要性を理解してもらうために、研究と関連する会社の工場を訪問し、企業における工業製品の生産と研究開発の現場を彼らに見せています。研究室の卒業・修了生が勤めている会社様にお願いしており、お忙しい中お引き受けいただき感謝しています。毎年学会に学生諸君と一緒に出かけて、全国の専門の先生方の前で彼らの研究成果を発表させており、研究室の楽しくまた充実した修学旅行となっています。

学生諸君は、日本の、いや世界の宝だと思っています。彼らが大学・大学院を卒業して、学んだ知識とテクニック、そしてそれらの原動力となる技術者のスピリッツが花開いて、実社会で逞しく生きる雄姿をいつも願っています。まさに鹿児島大学の学章そのものだと気付きました。それと共に、現在のJABEE教育においては、エンジニアリングデザインやコミュニケーション能力、またチームで作業する能力の養成を重視しますが、残念ながらこれらは知識や技術的な面に偏っていると思います。工学教育において専門的なテクニックを身につけることは大前提であることは言うまでもありませんが、今社会が期待する理系学生はテクニックと人間性の両面を兼ね備えた人財だと思います。我々のJABEE教育プログラムに、人間としての逞しさや辛抱強さといった精神的な教育や豊かな人間性を育成する重要性を感じています。

次の8月号では、私の目指す真の技術者教育に近づけるために、これまでに取り組んできたことについて書いてみたいと思います。

鹿児島大学の学章
鹿児島大学の学章

KAGOSHIMAの「K」に飛び立とうしている鳳(おおとり)の姿を重ねたもの。
鹿児島大学の卒業生が世界に飛び立ち、世界を舞台に翔けようとしている雄姿のシンボルです。

 


引用文献と資料

 

 

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